種苗法改正案の迷走 背景にある課題を農家の視点から考える 

国会でコロナ対策について答弁する江藤農相(写真:つのだよしお/アフロ)

 5月19日、江藤農林水産大臣(以後、江藤農相)が種苗法改正法案について今国会で審議を求める会見を行った。しかし20日、与党は改正法案の見送りを決定したと一部で報道されているが農林水産省(以下、農水省)は今国会での改正をいまだ目指す(※1)。

 見送りが決定の理由には基本審議時間の不足、野党共同会派の慎重・反対の姿勢や市民団体らの慎重審議要請や反対の声があるとされる。本記事ではその背景にある課題を、農家の視点として農家への情報の周知と法案に関わる農家の状況から考える。

 江藤農相の19日の会見の背景には、農家の負担が増える恐れがあるとして慎重な審議を求める声が出ていることがあった。江藤農相は19日、種苗法改正法案の慎重審議を求める声に応える形で「許諾が必要なのは登録品種のみで、例えばコメの品種の84%は制限のない一般品種だ。改正により、農家の負担が増え、生産が制限されることは想定されない」と述べ、「不要不急の法案という批判もあるが、海外への流出に歯止めをかけないと、農家の努力や利益は守れないので、国会で審議をしていただきたい」という審議を要望する会見を行った(※2)。

 農林水産省は、国内で登録された種苗の海外流出を防ぐため、種苗法改正を目指してきた。その一方で国内農家の自家増殖の制限強化や登録品種の許諾制導入も行われる予定で、関係者から慎重審議を求める声が出ていた。

 しかし一農家として違和感を覚えてきたのは、先送りになった改正案(以下、改正案)が農家に影響を与えるにもかかわらず、その内容が十分に周知されていなかった点にあった(改正案検討会でもその点は課題として上っていた)(※3)。

 更なる疑問は農水省自身が行った農家への自家増殖のアンケート結果(平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果(※4))が検討過程であまり取り上げられず改正原案が出てきた点にある。

 アンケート結果では、種苗法について作目や地域によっては農業者に十分に周知されていない現状が明らかになっていた。この現状をふまえれば、江藤農相の「農家を守る」という発言が「育種農家を守る」ことを意味し、農家全体を示していなかったことは指摘しておきたい。よって筆者も慎重審議の必要性を感じてきた。

 本記事では、改正案の課題を検討するため上記アンケート結果からいくつかの資料を紹介していく。

図 1 「平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果」農林水産省、2016年、10頁
図 1 「平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果」農林水産省、2016年、10頁

 まず農家が自家増殖を行う理由には、「生産に必要な量を確保するため」という答えに次いで「種苗購入費を削減するため」が上がっている(図1・参照)。今回の改正では、種苗費負担増加の懸念が指摘されてきたが、農水省はこうしたアンケート結果も紹介しながら懸念を払拭するべきではなかったか。

 さらなる課題は、種苗法改正の地域農業への影響が検討されてこなかった点だ。アンケートでは地域別の種苗法の認知度について調査されている(図2・参照)。改正で影響を受けることが予想されるサトウキビ栽培の中心地である沖縄では、自家増殖制度の認知度が低く、十分に生産者に周知されていない現状があった。改正においては、特に影響を受ける作物の生産者への周知と影響調査を行う必要があったのではないだろうか。

図2 「平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果」農林水産省、2016年、10頁
図2 「平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果」農林水産省、2016年、10頁

 改正案は、引き続き国会で議論され6月初めに採決する可能性がある。新型コロナによる影響が農業基盤にまで影響する中で、農家への情報の周知が十分でない改正内容については、慎重審議されるべきと考える。

(※1)5月21日朝5:00の時点では、時事通信・毎日新聞・日本農業新聞等が確報として流しているが、それ以外はまだであるため本記事では「見送りか」と表現している。しかし農水省が22日に開いた会見では引き続き審議する予定とされる。よって記事の題名を「種苗法改正見送りか」から「種苗法改正案の迷走」と変更した(5月23日06時00分)。

(※2)種苗法の改正「予定どおり今国会で審議を」江藤農相、NHK(WEB)2020年5月19日14時41分

「江藤農林水産大臣記者会見」2020年5月19日10時44分~11時00分、於:農林水産省7階講堂

動画「種苗法改正案について 江藤農林水産大臣記者会見(2020年5月19日)」農林水産省

https://www.youtube.com/watch?v=ymMenH6OZTE (2020年5月21日アクセス)

(※3)「検討会経過に出された意見」『優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会』(2019年11月15日)

では、「主要農作物種子法の廃止により、生産現場では大きな不安や混乱が起きている。農水省としても丁寧な説明や議論をすべき」と明記されている。

(※4)「平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果」『農業者の自家増殖検討会配付資料』農林水産省

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_syokubut/jikazou.html (2020年5月21日アクセス)

農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。

有料ニュースの定期購読

農家ジャーナリストが耕す「持続可能な食と農」の未来サンプル記事
月額550円(初月無料)
週1回程度
食べ物、生命の根幹である農の世界には、食と農の未来を考える上で宝物のようなアイデアが豊富にあります。本企画では農家ジャーナリストとして研究する立場から現代の農業の潮流や政策をとらえ食と農のこれからを考えます。世界で注目されている小農や家族農業、アグロエコロジー、SDGsも紹介し、持続可能な食と農のイメージをお伝えします。また食べ物の栽培や歴史から流通、農協改革や持続可能な観光まで幅広く取り上げます。

Facebookコメント

表示

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。

Yahoo! JAPAN 特設ページ