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『ウマ娘』はファンと馬の関係、馬の育成が忠実に再現されている? JRA持乗調教助手が解説

まいしろエンタメ分析家
(写真:アフロ)

ゲーム『ウマ娘 プリティダービー』が大人気だ。ゲーム内では、G1レースなどで活躍した名馬をモデルにしたキャラクターが出ていたり、名物レースをモチーフにしたイベントが実施されたりなど、実際の競馬を忠実に再現した部分も多い。ゲームファン、競馬ファンの双方から支持を集めている。

12月26日に開催を控える中央競馬の1年を締めくくる大レース・有馬記念は、もちろんゲーム内でもビッグイベントだ。

さて、そんなウマ娘だが、実際の競馬の調教師からはどう見えているのだろうか?

今回は現役の持乗調教助手として、先日のG1レース・ジャパンカップにも出場した「マカヒキ」などの馬を担当しているJRA栗東トレーニングセンター・友道康夫厩舎の大江祐輔さんに、ウマ娘の魅力や実際の調教の仕事について聞いてみた。

大江祐輔(友道康夫厩舎)プロフィール

実家が生産牧場であったことから、常に馬と接する機会が多く、幼少期からJRA厩舎スタッフを将来の職業選択の一つとして考える。高校・大学では馬術部に所属し、大学卒業後、牧場や海外の厩舎での研修等、様々な経験を通して、競馬の現場に改めて魅力を感じ、競馬学校厩務員課程を経て、2010年からJRA厩舎スタッフとなる。

人気の馬にはファンレターが送られてくる

ーー大江さん自身はウマ娘を楽しんでらっしゃいますか?

僕は週刊ヤングジャンプに連載中の漫画『ウマ娘 シンデレラグレイ』を読んでます。最近はゲームをはじめ漫画やテレビなどで目にする機会も増えましたし、切り口が非常におもしろいなと思っています。

実際の馬、ファンと馬の関係、馬の育成が忠実に再現されていて、「よく調べられているな」と感じますね。

ーープロの方から見ても非常に作り込まれているコンテンツなんですね!現場で「ウマ娘」の影響を感じることはありますか?

感じますね。

「ウマ娘」で競馬ファンになられた方も実際に周りにいますし、厩舎(きゅうしゃ:競走馬の調教や管理をするところ)にウマ娘についてのファンレターをいただいたりもしています。

ーー厩舎にファンレターが来るんですね。

そうですね。厩舎や調教師に対するメッセージももらいますし、馬宛てにもいただきます。

「馬の走りを見て感動しました」「感動をありがとう」といったものが多いんですが、そのなかに「ウマ娘」の話を書いてくださったりしていますね。

ーー現場の方々はそういった形で「ウマ娘」の人気を感じているんですね。

競走馬は血統が非常に大事

ーーそれでは、本題の「ウマ娘」あるあるについてお聞きしたいです。ゲームではそれなりに順調にウマ娘を育成できますが、実際の調教はいかがでしょうか?

写真:satoshi_0_0v/イメージマート

そこはやっぱり現実とゲームで違うところだと思っています。実際の馬はアクシデントがありますし、人が乗れるようになるまでの苦労もあるので、期間も個体差が大きいです。

ーー実際はデビューまでどれくらい時間がかかるのでしょうか?

馬は1月から6月ぐらいまでにどんどん生まれてくるんですけど、早い馬だとそこから1年後の7〜10月には、人が乗るための準備に入ります。

具体的には、鞍をつける練習をしたり、ハミ(手綱を操作するための金具)を付ける練習などですね。日本の場合はデビュー戦がある程度決まっているので、そこに向けて準備をします。

ーー遅い馬の場合はどうなるのでしょうか?

遅い馬の場合、体勢が整った時点でレースを迎えることになりますが、中にはデビューすることができない馬もいます。

アスリートになれなかったということですね。

ーーシビアな世界ですね…! ゲームではウマの特性にあわせて育成をしていきますが、実際の調教でもそういったことをされるのでしょうか?

そうですね。乗る前であれば、血統・体つき・動きなどを見て馬の特徴を想像します。

ーー血統は非常に重要なんですね。

重要ですね。馬のオーナーの方は(親となる馬の)お互いの長所を伸ばす、短所を補うようにパートナーを決めていきます。

「父の特性がよく出る馬」「母の特性がよく出る馬」というのもあるので、そこも考えて行います。

ーー血統以外では、たとえばどういうところから馬の特徴を見極めるのでしょうか?

その馬の雰囲気や気性、実際の走りを見たり、乗ったりした感触で判断していきます。

たとえば、ストライド(歩幅)が大きい馬は、長い距離を走れることが多いです。逆に、ピッチ走法(小さい歩幅で走ること)の馬は、ダートや短距離が得意なことがありますね。

ダートを走る馬。
ダートを走る馬。写真:Paylessimages/イメージマート

これはかなりざっくりした説明ですが、基本的にはこういったことを走りを見ながら見抜いていきます。

ーーゲームでは、ダートと芝のどちらも走れるウマ娘は貴重な存在ですが、実際ではいかがでしょうか?

これは実際でも貴重ですね。ほとんどいないし、ゲームの方がまだいるんじゃないかと思います。

ーーゲームでは、スピード・スタミナ・パワー・根性・賢さなどが要素として準備されています。現実の調教ではいかがでしょうか?

この5つは、実際の調教でも非常に重要な要素です。こういう素質をつぶさないこと、伸ばすことは普段からかなり気をつけています。

加えていうなら、「落ち着き」も重要ですね。気持ちが高ぶりすぎないことも競走馬には大事な要素だと思います。

ーー「ウマ娘」と同じところ、異なるところが知れて大変おもしろいです!

見た目に特徴がある馬が人気になる

ーーキャラクターについてもお聞きしたいです。「ウマ娘」では多くのキャラクターが登場しますが、現実ではどういう馬が人気になることが多いのでしょうか?

かわいい模様がある馬、顔に特徴がある馬は人気が出やすいですね。

今だとソダシという馬が真っ白でインパクトがあって、しかも強いので人気があります。

ーー大江さんが特に好きな馬がいればお伺いしたいです。

僕が初めて好きになったのは、マヤノトップガンという馬ですね。

決して華々しい道を歩いてきた馬ではないんですけど、だんだんと力を付けていって、トップクラスにまでのぼり詰めた馬ですね。

(マヤノトップガンが現役だった頃に)生で見に行けなかったので、引退してから実際にも見に行きました。

ーーマヤノトップガンは「ウマ娘」にも登場していますね! 馬どうしの関係についてもお聞きしたいのですが、「馬どうしでライバル認定する」といったこともあるのでしょうか?

競馬場ではそういったことはないと思います。

ただ、上位のクラスだと何度も同じメンバーで走るので、毎回惜しい負け方をしていたらライバルのように思う馬もいなくはないかもしれません。

叶うなら馬に聞いてみたい話です。

ーーレースに負けて凹むということもあるのでしょうか?

ありますね。思うようなレースにならなかったときに、帰ってきてイライラしている馬もいます。

一着になりたいというよりも、「スムーズに走れたかどうか」が馬にとってはおそらく大きいと思います。

ーーゲームではウマ娘の「お休み」や「お出かけ」などのイベントもあります。

現実だと、調教メニューを軽くしたり、調教しない日を作ったりします。

また、人を乗せずに曳き馬や砂浴びをさせてリフレッシュさせたりもします。 

牧場だと放牧地で日光浴させたり、砂浴びさせたりもするんですが、厩舎はそういう場所がないので、メリーゴーランドみたいに馬を回して歩かせるウォーキングマシンなども使っていますね。

馬との信頼関係が大事

ーーここからは実際の馬の調教のお仕事についてお聞きしたいのですが、まず馬に関わる仕事は調教師の他に何があるのでしょうか?

調教師は厩舎のトップで、会社でいう「社長」ですね。その下に調教助手・厩務員というスタッフがいます。

調教助手には2つあって、持乗調教助手と攻馬専門助手がいます。

持乗調教助手は自分の担当している馬がいて、その調教がメインです。攻馬専門助手は基本的には担当の馬を持たず、たくさんの馬を調教します。

厩務員は、馬にあまり乗らずに、世話を専門にやることが多いですね。

ーーゲームの「ウマ娘」ではトレーナーとウマの絆が重要な要素ですが、実際でもそうなのでしょうか?

そうですね。人馬の信頼関係がないと、うまくいかないことは多いです。

普段の接し方や調教の取り組み方はレースに影響しますし、馬の精神状態によっては飼葉といわれるエサを食べれなくなったりします。

なので、本当に信頼関係というのは重要ですね。

ーー人と馬で信頼関係を築くために重要なことは何でしょうか?

「これが大事だ」というのは言いにくいですが、馬が安心して厩舎で過ごせているかというのは大きく影響があると思います。

あとは、やはり馬それぞれの個性というのもありますね。

ーーなるほど。実際の馬の場合、「いい調教師」というのはどういう調教師になるのでしょうか?

スタッフの僕が「いい調教師」を語るのは難しいのであくまで個人的な考えですが、「いいホースマン」とは、馬の現状を把握し、その馬が今後どういう成長をするかを想像しながら、その馬に合った目標を設定し、目の前の事と将来的な事に対して取り組める人だと思います。

ーー馬の調教をされている方にとって、最も嬉しいのはどういう時でしょうか?

勝ったときはもちろん嬉しいです!他にも、苦手なレースで頑張ってくれたり、成長を感じるレースだったり。無事に帰ってきてくれたときも嬉しいですね。

大江さんが担当している馬「マカヒキ(黒帽)」
大江さんが担当している馬「マカヒキ(黒帽)」写真:中原義史/アフロ

あとは、その馬にとってハードルの高いレースに出て「やっぱり厳しかったかな」と思っているときに、頑張って上位に入ってくれた時も感動します。

ーー大江さんが本当に馬が好きなのが伝わってきます。

はい。好きじゃないとできない仕事だと思います。

生き物をあつかっているのでカレンダーどおりの生活はできませんが、好きであるがゆえに続けていけるし、苦もなく取り組んでいけるのだと思います。

ーー最後に、「ウマ娘」きっかけで競馬に興味を持った方にメッセージがあればお願いします。

やっぱり「実際に生で見て欲しい」ということですね。競馬場に来て馬が走ってる姿を見たら、感じ方が違うと思います。馬を見て泣かれる方もいるんですよ。

多い時には約15万人のファンの方が来場します。

ぜひ競馬場で生のレースを見てその何万もの熱量や一体感を感じていただきたいです。

写真:アフロ

ーー本日はありがとうございました!

エンタメ分析家

エンタメ分析家。データ分析やインタビューを通して、なんでもないことを真剣に調べてみた記事をたくさん書いてます。よく書いているのはエキサイトニュース、デイリーポータルZなど。アート作品のマッスルを延々と解説する初書籍『アート筋トレでスリム美体に!』が発売中。漫画・アニメ・ゲームなどについても書きますが、音楽と映画が特に好き!

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