Netflixオリジナルドラマ『ヴィンチェンツォ』が人気だ。『愛の不時着』などを手がけた韓国のスタジオドラゴンによって制作された連続ドラマで、何ヶ月にもわたって日本のNetflix人気ランキングの上位をキープしている。

『ヴィンチェンツォ』は、イタリアのマフィアの「コンシリエーレ(顧問弁護士)」であるヴィンチェンツォが、不正をおこなう大企業や弁護士、検察を悪で裁く法廷ブラックコメディ。これまでの韓流ドラマのイメージと異なりシリアスで残酷なシーンも多く、法廷が舞台ということで法律の専門用語が出てくることもしばしばある。

今回は、そんな『ヴィンチェンツォ』に登場する法曹界への疑問を、元特捜部主任検事で現在はYahoo!ニュース個人のオーサーも務める前田恒彦氏にお伺いしてみた。

現在の日本にはコンシリエーレにあたる弁護士はいない

- 今回は『ヴィンチェンツォ』というNetflixオリジナルドラマについてお聞きしたいと考えています。まず、検事の方も普段こういった「法律ドラマ」を観られているのでしょうか?

Netflix『ヴィンチェンツォ』紹介ページより
Netflix『ヴィンチェンツォ』紹介ページより

そうですね。2001年に放送された検事を主人公とするドラマ『HERO』などは、実際の検事にもかなり人気がありました。

特に支部長検事が弁護士に「人ひとりが死んでいるのに、どこがつまらない事件ですか!」と啖呵を切るシーンは多くの検事に支持されています。

- そうなんですね!法律もののドラマを観ていて、違和感をおぼえたりはしないのでしょうか?

フィクションとして観ているので、細かいところは気にしていません。

よくある典型的な間違いを挙げるなら、法廷で裁判官が木づちをコンコンと叩き「静粛に!」と叫ぶシーンです。実際の日本の裁判官は木づちを持っていませんからね。

- ちょっとショックな事実ですね...!ではここから本題に入っていきたいのですが、Netflixドラマ『ヴィンチェンツォ』は「コンシリエーレ」というイタリア・マフィアの顧問弁護士を主人公としたドラマです。

この「コンシリエーレ」というのは実際の法律家にもよく知られた存在なのでしょうか?

映画『ゴッドファーザー』シリーズを観ている方であればご存じでしょうが、映画を観ていなければ法律家でも知らない方が多いでしょう。

日本で「コンシリエーレ」というと、組織暴力団の顧問弁護士があてはまると思います。ただ最近は暴力団排除が進んでいるので、「コンシリエーレ」のように弁護士が暴力団専属の顧問を務めるようなことはありません。

過去に「コンシリエーレ」のような形で暴力団の顧問弁護士を務めていた人物も、弁護士会から「暴力団の顧問は弁護士の品位を害する」という理由で懲戒処分を受け、その後、自らも刑事事件を起こして弁護士資格を失っています。

- 実際にそういった論議があったんですね...!ドラマの中で、国家機関の人物が「本物のコンシリエーレに会えた!」と感動するコミカルなシーンがあるのですが、実際にもそういったことはあるのでしょうか?

ひと昔前の自分の体験ですが、ある暴力団員の公判を担当したとき、その暴力団の顧問弁護士に直接お会いしたことがあります。

検察の間では「暴力団の片棒をかつぐとんでもない弁護士」ということで有名だったので感動こそしませんでしたが、「彼があの暴力団の顧問弁護士か」と身がまえました。

ただ、実際にやり取りをしてみると、物腰やわらかで非常に丁寧な方でした。結局その事件は被告も弁護士も争わず、有罪判決が出て終わっています。


- 迫力のあるエピソードですね。続いて、ドラマではイタリアでマフィアのコンシリエーレとして働いていた主人公が故郷の韓国に帰国するところから物語が始まるのですが、そもそもマフィアのコンシリエーレは他国に入国することができるのでしょうか?

イタリアの法律に違反しているからといって、他の国で逮捕・起訴できるわけではありません。

それに、「証人にウソの証言をさせた」「証拠を隠した」といったことがあれば犯罪ですが、弁護士としてマフィアの顧問となり、法的助言をしたというだけでは犯罪は成立しないんです。

- なるほど。仮に日本にマフィアのコンシリエーレが入国しようとした場合、どういう対処になるのでしょうか?

イタリアなど他の国から「指名手配に伴う身柄確保の協力要請」などが出ていなければ、そのまま入国を認めます。

- 認められるんですね...!

国際手配は行方を探すだけでも大変ですし、法律の制限や時間・費用の問題もあります。

ただ、もちろん国際手配だとしても検察が最後まであきらめず、30年にわたって被告を追い続けた事例もあります。

- 検察の仕事が想像以上にハードなもので驚きます。ドラマではコンシリエーレの主人公が検察に脅しをかけたりするシーンがありますが、実際にこういったことは起きているのでしょうか?

日本の暴力団に関していうと「検事を脅すと必ず逮捕・起訴され、厳罰に処される」ということを彼らも理解しています。だから取り調べや公判では驚くほど腰が低いですし、言葉づかいも丁寧です。

実際に自分も、暴力団の親分(現在は全国組織のトップ)の公判を担当したことがありますが、彼は入廷時と退廷時には必ず検察席に深々と一礼をしていました。

法廷で元配下の組員が不利な証言をしたときも、目を閉じて静かに聞いていましたね。

- ドラマなどで見かけることはありますが、実際に検事を務めていた方からお聞きすると重みのあるエピソードですね…!

逆に、暴力団員ではない方から脅されたり、切りつけられたりすることは実際にあります。感謝されるよりも恨まれることのほうが圧倒的に多いので、それもまた検察の仕事です。

不正を働いている政治家を挙げるのが検事の夢


- ここまでマフィア・暴力団についてお聞きしてきましたが、検察や弁護士に関するお話もお聞きしたいです。

ドラマでは韓国の「地検長」という地位をめぐった権力争いも描かれていますが、この「地検長」とはどの程度の地位なのでしょうか?

韓国の「地検長」は日本でいうところの地方検察庁のトップである「検事正」です。

地方検察庁は全国で50あり、東京・大阪・名古屋...といった形で規模の大小にあわせて序列があります。小さい規模の検事正でも、検事になってから28年ぐらいでようやくなれる地位です。

『ヴィンチェンツォ』に出てくる韓国の「南東地検長」は、日本の「東京地検の検事正」にあたると思われます。現在、東京地検の検事正を務めているのは特捜系検事のエース・山上秀明氏で、検事34年目の60歳の方ですね。

- ドラマを観ながら聞き流していた用語をあらためてご説明いただくと、よりストーリーが深く楽しめるのでありがたいです!

ドラマでは検察を辞めて弁護士として働き始める人物も出てきますが、実際にこういった「検察から弁護士への転身」というのはあるのでしょうか?

検事を辞めると、ほぼ全員が弁護士に転身します。法曹界では元検事の弁護士を「ヤメ検」と呼んでいます。

- そんな専門用語があるんですね。少し話が脱線するのですが、検察と弁護士の方って実際の仲はどうなのでしょうか…?

捜査や裁判など、事件を通じたやり取りしかしません。

検察は死刑制度に反対する「人権派弁護士」と呼ばれる弁護士や、何かと黙秘させたりムリな無罪主張をする弁護士のことをあまりよく思っていません。逆に、そうした弁護士の方も検察を敵視しているので、検察と弁護士の友好関係はありえません。

- なるほど...!『ヴィンチェンツォ』でもヒロインの父親が「人権派弁護士」として登場するのですが、検察の立場からお話を聞くと新しい見方が知れておもしろいです。

また、ドラマの第1話では「弁護士の父娘が法廷で争う」というエピソードがありますが、実際にもこういった家族どうしでの裁判はあるのでしょうか?

Netflix『ヴィンチェンツォ』紹介ページより
Netflix『ヴィンチェンツォ』紹介ページより

親子や兄弟の法曹関係者が法廷で争うことはありません。めぐり合うこと自体が奇跡的な確率ですし、勝っても負けても情が絡んだと見られるおそれがあるので、どちらかが担当を代わります。

ただ、顔見知りの方とめぐり合うことはたまにあります。日本だと、司法試験に合格したあとに司法修習を経て、それぞれ裁判官・検事・弁護士の道に進むのですが、その修習で同じクラスだった旧友と法廷で出会ったことは私もあります。

そのときはあいさつぐらいはしましたが、かといって裁判で手を抜くようなことはしませんね。

- なるほど。ドラマでは敗訴した法曹関係者が激怒するシーンもありますが、実際に裁判で敗訴したときはどう感じるのでしょうか?

検事の場合、裁判が進むにつれて、裁判官の態度などから「これは無罪が出そうだな」というのがわかってきます。

そのため、実際に無罪判決が出ても驚きませんし、淡々と受け止めるだけで感情的にもなりません。

ただ、「これは無罪が出るかもな」と覚悟していたときに、予想に反して有罪判決が出たときは別です。法廷では能面のような顔をしていますが、心の中は喜色満面ですね。

- 検事ならではのご感想ですね…!ドラマでは「この企業の不正を絶対に追いかけたい」と語る検事も登場しますが、現実でも「この事件を担当したい」という願望は持たれているものなのでしょうか?

特捜部だと常に「水面下で不正を働いている政治家を挙げたい」と思いながら捜査を進めています。

一般的に検事は「正義感の塊」なので、被害者の無念を晴らすような事件を担当したいと考えていますね。

- なるほど。検事はドラマなどでは馴染みのあるお仕事ですが、実際にお話を聞く機会は少ないので、大変おもしろかったです。どうもありがとうございました!

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】