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新型コロナは一過性の男性不妊の原因になるのか 回復後に精子が減少するという海外の報告

忽那賢志感染症専門医
(提供:アフロ)

海外から、新型コロナから回復した男性の精子が減少するという報告が複数出ており注目されています。

現時点での新型コロナと精子に関する知見をまとめました。

流行初期から男性患者の精液中に新型コロナウイルスは検出されていた

1年前の時点で、精液から新型コロナウイルスが見つかった、という報告はありました。

中国の河南省商丘市の市立病院からの報告で、新型コロナウイルス感染症と診断された男性患者38人(うち急性期症状のある患者が15人、すでに回復していた患者が23人)から精液を回収し新型コロナウイルスの有無を検査したところ6人(うち急性期患者4人、回復期2人)の精液からPCRで新型コロナウイルスが検出されたというものです。

しかし、感染者の精液からウイルスが検出されることは他の感染症でも報告があり、また性感染症として伝播する事例もないことから、この時点では精液から新型コロナウイルスが検出されることの意義については十分に分かっていませんでした。

つまり、単に「精液の中にウイルスの残骸が見つかっただけ」であり、悪さをしているかどうかは分かっていなかった、というわけです。

また、精液から新型コロナウイルスが検出される頻度が決して高いわけではなく、「PCRを行ったが精液中に新型コロナウイルスは検出されなかった」とする報告も複数あります。

精巣の新型コロナウイルス感染と精子形成の障害が剖検により明らかに

新型コロナで死亡した患者の精巣の電子顕微鏡写真。矢印は新型コロナウイルス(Cellular & Molecular Immunology volume 18, pages487–489 (2021))
新型コロナで死亡した患者の精巣の電子顕微鏡写真。矢印は新型コロナウイルス(Cellular & Molecular Immunology volume 18, pages487–489 (2021))

新型コロナで亡くなった5名と、新型コロナ以外の原因で亡くなった3名の剖検(死亡後に組織を取って顕微鏡で詳しく調べること)をしたところ、新型コロナに感染した5名では、

・精巣におけるACE2(新型コロナウイルスが感染する受容体)の発現が増加していた

・精巣組織から新型コロナウイルスが見つかった

・精子の形成障害が見られた

という結果でした。

つまり、新型コロナウイルスは精液の中にいるだけではなく、精巣に感染し、精子の形成障害を起こすことがあるということが明らかになりました。

新型コロナ患者の精子が減少しているという複数の報告

実際に精巣に新型コロナウイルスが感染し得るということ、また精子に影響を与え得るということが前述の剖検例から明らかになりましたが、実際に精子にどのような影響を与えるのかについても徐々に明らかになってきています。

イタリアで行われた研究では、18歳から65歳の新型コロナウイルス感染症患者43人(入院なし12人、ICU以外の入院26人、ICU入室5人)の評価が行われました。

新型コロナから回復した平均30日後に採取された精液の分析の結果、8名(18.6%)が無精子症、3名が200万/mL以下(7.0%)の乏精子症で、全体では25.6%の患者が乏精子症でした。

無精子症の発生は、新型コロナの重症度と大きく関連しており、ICUに入室した患者5人のうち4人、入院した26人のうち3人、非入院の12人のうち1人だけが無精子症でした。

この研究では精液中のIL-8というサイトカインが測定されており、特に重症度が高い症例ほどこのIL-8が高かったことから、精巣に障害を及ぼしていることが示唆される、と考察しています。

ドイツにおける新型コロナ患者と健常者との精子数の比較(https://doi.org/10.1530/REP-20-0382)
ドイツにおける新型コロナ患者と健常者との精子数の比較(https://doi.org/10.1530/REP-20-0382)

ドイツで行われた研究では、新型コロナと診断された男性患者84人と比較対象となる健常者105人を対象に、精液中のACE2活性、炎症および酸化ストレスのマーカー、精液の品質を10日間隔で評価し、最大で60日間の追跡調査を行いました。

新型コロナ患者では、精液中のACE2活性、炎症および酸化ストレスのマーカーが明らかに高く、精液量、運動性、精子濃度、精子数が低下していました。

またその影響は採取開始から60日後まで続いており、長期に続く可能性が示唆されています。

精子は約60日サイクルで作られることから、これが一過性に起こる現象なのか、あるいはより長期に続く現象なのかについて、より長期に観察された研究が待たれます。

新型コロナは男性不妊の原因になり得るのか?

感染症による男性不妊の原因としては、おたふくかぜが知られています。

成人男性がおたふくかぜに罹ると精巣炎を起こすことがあり、稀に男性不妊の原因となることがあります。

またインフルエンザなどの発熱疾患が精子の減少に関与するという報告もあります。

新型コロナも男性不妊の原因になるのか、については現時点では十分には分かっておらず、また精子数の減少などについても、

・どれくらいの頻度で起こるのか?

・どれくらいの期間続くのか?

・実際に男性不妊と関連するのか?

についてより大規模な研究で明らかにする必要があります。

しかし、まだ分かっていない部分が多いからこそ、新型コロナに感染しないために十分な予防策を取ることが重要です。

特に緊急事態宣言が出ている現状においては、

・できる限り外出を控える

・屋内ではマスクを装着する

・3密を避ける

・こまめに手洗いをする

といった基本的な感染対策を個人個人がより一層遵守するようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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