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本当にレムデシビルは新型コロナに効かないのか WHOの推奨の背景は?

忽那賢志感染症専門医
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

WHO(世界保健機関)が抗ウイルス薬であるレムデシビルの使用を推奨しないという推奨を出しました。

果たして本当にレムデシビルは新型コロナに無効なのでしょうか?

この推奨が出された背景についてご紹介致します。

WHOの治療ガイダンス

WHOによる新型コロナウイルス感染症の治療ガイダンスの要約(BMJ 2020;370:m3379)
WHOによる新型コロナウイルス感染症の治療ガイダンスの要約(BMJ 2020;370:m3379)

2020年11月19日にWHOは新型コロナウイルス感染症の治療ガイダンスをアップデートしました。

このガイダンスでは、アメリカや日本で新型コロナの治療薬として承認されている抗ウイルス薬であるレムデシビルの使用を「推奨しない」としたことで話題になりました。

レムデシビル WHO 入院患者への投与勧められないとの指針公表

レムデシビルは日本では5月に緊急承認されており、中等症・重症の症例で使用されています。

もし無効だとすると、不必要な治療が行われていることになります。

本当にレムデシビルは新型コロナに無効なのでしょうか。

新型コロナウイルス感染症の治療の考え方

新型コロナウイルス感染症の経過(https://doi.org/10.1136/bmj.m3862 に筆者加工)
新型コロナウイルス感染症の経過(https://doi.org/10.1136/bmj.m3862 に筆者加工)

新型コロナウイルス感染症の患者は、発症から1週間くらいはインフルエンザのような症状を呈します。

この時期には新型コロナウイルスが体内で増殖しています。

大半の人は、このようなインフルエンザ様症状の時期を終え自然に良くなりますが、一部の患者では発症から約7日目前後くらいから、ウイルス量は減少しているにもかかわらず、息切れなどの肺炎の症状が増悪し、さらに一部は重症となり集中治療室での治療が必要になることがあります。

この時期は、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因と考えられています。

新型コロナウイルス感染症の経過と治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)
新型コロナウイルス感染症の経過と治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)

こうした病態に基づいた治療として、

・ウイルスが増殖している発症早期に抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与する

・過剰な炎症反応が起こっている発症約7日目以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する

というのが現在の標準的な考え方となっており、国内で承認されているものとして前者はレムデシビルが、後者はデキサメタゾンなどのステロイドが使用されるのが標準治療になっています。

しかし、これらの薬剤も使えば必ず良くなるというものではないため、現在も「抗ウイルス作用を持つ治療薬」「抗炎症作用を持つ治療薬」それぞれの治療薬候補の開発・研究は続いています。

結局レムデシビルは効くのか?

レムデシビルは2020年5月に国内でも緊急承認を受け、中等症・重症例で使用可能となっています。

この承認は、レムデシビルが新型コロナウイルス感染症の臨床症状改善を短縮する、というランダム化比較試験の結果に基づいたものですが、その後も2つのランダム化比較試験が報告されています。

その中には、WHOが主導して行ったSOLIDARITY trialも含まれており、以下のように「ほとんど効果がなかった」という結果が発表されています。

レムデシビルの4つのランダム化比較試験の結果の概要(筆者作成)
レムデシビルの4つのランダム化比較試験の結果の概要(筆者作成)

これまでに4つのランダム化比較試験の結果が出ており、

・NCT04257656:有意差なし

・ACTT1:症状期間短縮

・NCT04292730:5日治療群は標準治療群に対して症状短縮効果あり 10日治療群は標準治療群に対して有意差なし

・SOLIDARITY trial:死亡率に有意差なし

という結果になっています。

同じランダム化比較試験なのになぜこれだけ異なる結果が出るのか不思議に思われるのではないでしょうか。

これは対象となった患者の

・重症度の違い

・人種の違い

・発症から投与された日までの時間

・プラセボ薬の有無

などによるものと考えられます。

レムデシビルの4つのRCTの登録患者を重症度別にまとめた死亡率のメタ解析(https://doi.org/10.1101/2020.10.15.20209817 を筆者加工)
レムデシビルの4つのRCTの登録患者を重症度別にまとめた死亡率のメタ解析(https://doi.org/10.1101/2020.10.15.20209817 を筆者加工)

実際にレムデシビルを使用している臨床医の実感としては、「効いてないことはないだろう」と思っていますし、これら4つのRCTの患者を全てまとめて解析をすると「人工呼吸器を使用していない患者」では有効性が示唆されています(厳密には95%信頼区間が1をギリギリまたいでいますが)。

抗ウイルス薬であるレムデシビルはウイルスの増殖を抑える薬ですので、理論的には発症からなるべく早い時期に投与することで最大限の効果が発揮される一方で、すでに重症化している患者ではウイルスの増殖よりも過剰な炎症反応が病態の主座であることから抗ウイルス薬の効果はあまり期待できない、ということになります。

いずれにしても劇的に効く治療薬というものではなく、重症化してしまう前になるべく早く投与すればある程度効果は期待できるものなのだろう、というところかと思います。

実際にNIH(アメリカ国立衛生研究所)は中等症および発症から時間があまり経っていない重症に対してレムデシビルを推奨する、という立場を取っています。

WHOのガイダンスもレムデシビルの不使用について「弱い推奨」なっており、まだ確たるエビデンスがあるわけではなく、今後のさらなる検証が待たれるところです。

個人的には、トランプ大統領にさんざんいじめられていたWHOがアメリカ企業であるギリアドに対して意趣返しした、というところもあるのではないかと思っています・・・。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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