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東倉里「打ち上げ」よりはるかに深刻な北朝鮮「新型潜水艦」

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
北朝鮮のSLBM「北極星1」発射実験

発覚したSLBM(潜水艦発射式弾道ミサイル)搭載の新型潜水艦建造

 4月5日、韓国紙「朝鮮日報」が「北朝鮮に新型弾道ミサイル潜水艦建造の動き」との記事を発表した。北朝鮮が東海岸の新浦造船所で、SLBM(潜水艦発射式弾道ミサイル)を搭載する3000トン級の新型潜水艦の建造を本格化したというのである。

同紙によると、建造に必要とみられる資材が大量に運び込まれたとのこと。この3000トン級の新型潜水艦は、SLBMを3~4基搭載するものとみられる。これはかなり警戒すべき情報である。

じつは、これまでも密かに続けられていた新型潜水艦の開発

 北朝鮮のSLBM搭載潜水艦は現在、2015~2016年のSLBM発射実験でその姿を見せた「コレ級」潜水艦が1隻だけ存在する。これは93~94年にロシアから「スクラップ」として入手した旧ソ連製ゴルフ級潜水艦の技術を研究し、改良して製造した潜水艦とみられる。

「コレ級」は排水量約1500トンで、おそらくSLBM1基を搭載可能とみられる。だが、こちらは船体サイズなどからみても、長時間・長距離の運用に耐えられるものではなく、あくまで実験用とみられる。

 北朝鮮がさらに大型の新型潜水艦の開発・建造に乗り出しているのではないかという疑惑は、2016年9月、北朝鮮分析サイト「38ノース」が衛星写真の分析により、「新浦造船所で大型の新型潜水艦を建造中の可能性がある」と発表。翌2017年10月には、米外交専門誌「ディプロマット」も「米情報機関に新浦C級と呼ばれる排水量2000トン以上の新型潜水艦が新浦造船所で開発中」と報じたことで注目された。

 ただし、新浦C級というのは北朝鮮の正式名称ではなく、名称はいまだ不明である。また、その後、大きさについても3000トン級との見方が出てきて、現在に至っている。

 周知のように北朝鮮は、2018年1月から対南・対米融和路線に転じ、同年6月にはシンガポールで米朝首脳会談までこぎつけていたが、その後も新型潜水艦の開発は進めていたものとみられる。例えば、同年8月にも「38ノース」が、新浦造船所の活動が依然として活発であるとの分析を発表している。今回の報道は、新型潜水艦開発に新たに「着手」したわけではなく、建造が「本格化」したということになる。

謎の新型SLBM「北極星3」

 この3000トン級新型潜水艦の完成と実戦配備がいつになるか不明だが、それほど遠い将来とも言い切れない。完成した場合、搭載されるSLBMは「北極星1」もしくは「北極星3」が見込まれる。

「北極星1」は、すでに2016年8月の発射実験で、約500kmの飛翔距離を実証している。高いロフテッド軌道をとっていたので、最大射程に換算した場合、1000km以上と推定されている。

 他方、「北極星3」については、性能はまったく不明である。2017年8月23日付「労働新聞」が、金正恩委員長による国防科学院化学材料研究所視察の様子を報じたが、その記事の写真の中に「水中戦略弾道ミサイル『北極星3』」と書かれたミサイル略図が映っていただけだ。ただの対外牽制用のブラフかもしれないが、もし実際に「北極星3」の開発が進んでいた場合、おそらく射程1000km超の「北極星1」を大きく超える射程のSLBMとなるだろう。

大きく増す「日本への脅威」

 いずれにせよ、これまでの事実上の実験用潜水艦だった「コレ級」に代わり、3000トン級新型潜水艦が実戦配備されれば、少なくとも射程1000km超のSLBM配備が実現する。実戦用潜水艦とはいえ、米海軍や海上自衛隊の警戒網を越えて太平洋深くまで進出して作戦行動するというのは考えにくいから、あくまで日本海周辺での運用になるだろうが、それでも在日米軍、在韓米軍は余裕で核脅威下に入ることになる。日本への脅威がいっきに増すことは当然で、さらには非核化交渉が停滞するなか、北朝鮮はいっきに対米核戦力を強化することになるわけだ。

 現在、北朝鮮は対米緊張度がレッドラインを超えることを回避するため、ICBMの実戦配備までは至っておらず、中距離核戦力の保持に留めている。しかし、SLBMの運用となれば、対米抑止力は数段強化される。北朝鮮としては当然、そこまでは到達しておきたいはずで、外交上の非核化交渉で駆け引きしながらも、こちらは着実に進めていくことが予想される。

東倉里の動向よりも深刻な新型潜水艦

 なお、過去に北朝鮮がテポドンを使って衛星を打ち上げてきた西海岸の東倉里の「西海衛星発射場」では、部分的に撤去されていた装備の再整備が注目されてきたが、この3月29日には韓国の徐薫・国家情報院長が「2月に復旧工事に着手し、ほぼ完了した」と発言。韓国紙「中央日報」も4月2日、韓国政府当局者が「ミサイル発射場の整備を事実上終えた」「北朝鮮指導部が決心すれば、いつでも発射可能」と断言したと報じている。

 また、それに連動して、米軍もミサイル実験観測機「RC-135Sコブラボール」を3月30日にインド洋のディエゴガルシア基地から沖縄・嘉手納基地に配置させており、東倉里での発射の有無に注目が集まっている。

 今後、もしここを北朝鮮が使うとすれば、おそらく「軍事ではなく平和利用」名目での衛星打ち上げとなるだろう。それも国連安保理決議違反であり、アメリカはじめ国際社会の反発は必至だが、そちらはどちらかというと、北朝鮮側による駆け引きという側面が強い。衛星打ち上げなら、これまでのように地上据え置き式の大型ロケットを、大型発射台から打ち上げることになるだろうが、それは実戦的な車載式のICBMとは直接は関係がない。

 北朝鮮の軍事的脅威ということでは、そちらよりも、新浦造船所での新型潜水艦の建造のほうがはるかに深刻である。新浦造船所に関する追加情報には、今後とも注意していく必要がある。

※追記 上記「朝鮮日報」記事には、さらに「SLBM試験発射のため、フローティングドック(浮きドック)を沖に移す動きも捕捉された」との記述があり、SLBM発射試験の準備が進んでいる可能性があることにも触れられていますが、その後、その情報部分は正確でないことが判明しました。本記事の文中より、当情報に言及した部分を削除します。

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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