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日銀が国債の利回りを操作しようとしている理由

久保田博幸金融アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 どうやら日銀は国債のイールドカーブのコントロールにチャレンジしているように思われる。その兆候となったのが8月30日の国債買入において、残存期間5年超10年以下のオファーを前回23日の4500億円から今回は4000億円と500億円減額したことである。

 8月29日に10年債利回りはマイナス0.290%まで低下し、マイナス0.3%に迫った。ここでいったんブレーキを掛けようとの意図があったのではなかろうか。今回の減額が300億円ではなく500億円と比較的多かったことからもそれが窺える。加えて、ここにきてのリスク回避の動きのなかで、それほど円高圧力が強まらなかったことも、今回の大幅な減額を可能にさせたともいえる。

 9月2日の国債買入にて、残存10年超25年以下のオファー額を前回の1400億円と前回の1600億円から200億円減額させてきた。ここにきての金利低下を睨んで、まさに日銀は攻めてきているようにみえた。

 4日には10年国債の利回りがマイナス0.295%まで低下し、2016年7月8日につけた過去最低のマイナス0.300%に迫っていた。

 12日にECBは利下げを含む包括的な緩和策を決定。ただし、これにより追加緩和余地が狭まったほか、財政拡大策の可能性も高まったとの見方も出ていたようで、13日の日本の債券市場は大きく崩れていた。

 18日のFOMCでは予想された通り、政策金利を0.25%引き下げた。19日の日銀の金融政策決定会合で金融政策は現状維持とした。日銀は動かないという選択肢をとった。

 そして翌20日、国債買入において、残存期間5年超10年以下を前回の4000億円から3800億円に減額、残存期間10年超25年以下も同1400億円から1200億円に、残存期間25年超も400億円から300億円に減額した。

 減額予想はあったが、3本とも減額するというのは想定外。19日の会見で黒田総裁が、イールドカーブはもう少し立った方が好ましいと言及していたが、日銀はこれ以上の長い期間の国債利回りの低下は望まない姿勢を鮮明にさせてきた。

 それでも債券先物は上昇し、25日に155円48銭まで上昇して最高値を更新した。

 26日の国債買入で日銀は、残存5年超10年以下のオファー額を3500億円とし、前回の3800億円から300億円減額した。

 30日の日銀の国債買入では、残存1年超3年以下のオファー額を4200億円と前回の4000億円から200億円増額した反面、残存3年超5年以下のオファー額は3400億円と前回の3600億円から200億円減額した。2年債と5年債の逆イールドなど意識した調節とみられる。

 そして30日の夕方に公表した「当面の長期国債等の買入れの運営について」では、1年超から25年超のいわゆる長期国債の買入について、すべてレンジを下方に修正した。9月の月内に減額が行われており、それに合わせたものといえる。その結果として25年超のレンジの下限がゼロとなった。

 さらに買入頻度の文面が変更された。前回は「イールドカーブの水準が大きく変動した場合など、必要に応じて随時、買入れを実施する。」としなっていたが、今回は「現時点で予定している買入れの日程は、別紙のとおり。ただし、必要に応じて回数を変更することがある。」となった。これまでは長期金利の上昇抑制のための買入回数の増加を意識していたものが、どちらにも対応というか、回数を減らすことも意識した表現に変更されている。

 これが8月末から9月末にむけた日銀の一連の動きである。この日銀の動きの背景は何なのか。追加利下げとして短期の政策金利の引き下げの可能性があるが、その副作用を考慮してイールドカーブのスティープニングを意図したものとの見方が最も素直かもしれないが、単純に行き過ぎた超長期の利回り低下にブレーキを掛けようとしたものとの見方もできる。

 19日の記者会見において、黒田総裁は下記のように述べ、2016年9月の日銀による「総括的な検証」について触れている。

 「イールドカーブの点については、「総括的な検証」で、実体経済に大きな影響があるのは短期から中期の金利であり、他方で超長期の金利が下がり過ぎると年金とか生保の運用利回りが下がるのではないかということで消費者のマインドに影響があり得るということを申し上げています。それはその通りだと思いますので、イールドカーブはもう少し立った方が好ましいと思っています。」

 2016年9月の日銀による「総括的な検証」に対しては、リフレ政策が効かなかったことの言い訳が羅列されているだけとみていて、個人的にはさほど重視していなかった、しかし注意すべき箇所もあった。

 マイナス金利の金融機関への影響として、総括では下記の指摘があった。

 「預金金利の低下幅は小さい一方で、貸出金利が大きく低下しているということは、その間で金融機関収益は小さくなっていることを意味します。」

 「貸出金利は、金融機関間の競争が厳しい中でトレンドとして低下してきましたが、マイナス金利の導入後、低下の角度が急になっています。預金金利も低下していますが、その幅は貸出金利より小幅です」

 「保険や年金などの運用利回りの低下などの影響も出ています。直接的なマクロ経済への影響はそれほど大きなものではないと考えられますが、マインド面などを通じて経済活動に影響する可能性があります」

 黒田総裁の上記のコメントは、「日本銀行としては常に申し上げているように4つのオプションとその組み合わせで、金融緩和の余地は十分あると考えています」との発言のあとのものであったことで、追加緩和のセットとの認識かもしれないが、本当に追加緩和ありきでの、ここにきての調整であったのか。「総括的な検証」をベースとしての副作用を少しでも抑えるためのものとの見方もできるのではなかろうか。

 本当に日銀がイールドカーブをコントロールできるのかという点については、個人的には難しいと思ってはいるが、少なくとも利回りを抑え込むことには成功していた。それに対して無理に引き上げるのはなかなか難しい。それでも国債買入での減額やスキップ(予定されていた買入をしない)である程度、超長期の利回りを調整するのはできることは示された。日銀には国債の売りオペという最終兵器も残っている(使うにはかなりハードルが高いが)。

 それでも海外情勢の変化により、日本の国債利回りに低下圧力が強まることも避けられないことも確かである。長期金利はやはり市場で決定されるべきものであるといまでも思っている。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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