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ECBが量的緩和を導入した意味

久保田博幸金融アナリスト

1月22日のECB理事会では、FRBやイングランド銀行、日銀と同様の国債買い入れ型の量的緩和策の実施を決定した。ECBの指揮によりユーロ圏の各国中銀が2015年3月から国債を含めて毎月600億ユーロの資産を買い入れ、それを2016年の9月まで続け、買い入れ総額は1兆ユーロを超す見通し。

毎月の買入額を決めて国債等を買い入れる形式はFRBと同様である。イングランド銀行は買い入れる全体の額をターゲットとしており、日銀はマネタリーベースの規模そのものをターゲットとして、国債については日銀の保有残高や買い入れる国債の平均残存年数も示していた。毎月の国債買入はそこから逆算し、償還分などを含めて決められる。

ECBの買い取りの対象はユーロ圏の政府債のほか、欧州連合関連の国際機関が発行するユーロ建て債券となる。これまでに実施した資産担保証券(ABS)などの買い取りも続ける。対象となるユーロ圏の国債にはギリシャの国債は含まれていないが、財政再建の公約を守る点などを条件に、今後対象に加えることも示唆している。これは25日のギリシャの選挙も睨んだものと言えよう。

ドラギ総裁は会見で「2%に近い中期的な物価上昇率の目標」に改めて触れており、達成が見通せるまで必要なら量的緩和を続ける考えを示唆した。つまり、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、量的・質的金融緩和を継続する」とした日銀のコピーともいえる。

なぜこのタイミングでのECBの量的緩和の導入となったのか。元々、ドラギ総裁はFRBのような国債買入による量的緩和導入を熱望していた。しかし、ドイツなどの反対により実現がかなわず、そのため利下げという形式での追加緩和を実施せざるをえなかった(今回もドイツ、オランダ、オーストリア、エストニアなどの反対はあったが、原油安によるCPIの前年比マイナスなどを理由に政治的な根回しも完了し押し切った格好か)。そのECBの利下げにより政策金利の下限がマイナスとなっている。

2014年6月のECB理事会で政策金利は0.1%引き下げられ、リファイナンス金利が0.25%から0.15%となった。コリドーとよばれる政策金利の上限と下限については、上限金利が0.4%%に引き下げられ、注目された下限金利であるところの中銀預金金利(預金ファシリティ金利)はマイナス0.1%となった。ECBの発表した声明文によると、マイナス金利は預金ファシリティ金利だけでなく「超過準備」や政府預金などを含めてユーロシステム内にある同様の預金に関して適用されるとある。

この超過準備などの金利がマイナスとなっているということは、民間金融機関が保有する国債を中央銀行に売却し、その資金を置く場所の金利がマイナスとなっているということになる。そうなれば当然そこに残したくはない。他の運用先がさらなるマイナスでない限り、金利がプラスの運用先にある程度流れることが予想される。

日銀はこの超過準備の金利をプラス0.1%にしているため、民間金融機関が国債売却で得た資金は日銀の当座預金に残り、それによりマネタリーベースが増加していく仕組みとなっている。ECBはここをマイナスのまま量的緩和に踏み切った。これはマネタリーベースの規模を大きくさせにくくするのではなかろうか。ただし、今回のECBの量的緩和であげたターゲットは買い入れる国債などの資産の規模であり、日銀のようなマネタリーベースとはなっていない。

日銀はマネタリーベースを思い切って大きくすれば、インフレ期待が強まり、それで2%の物価目標が達成できるとした。その意味では超過準備の0.1%の付利を残した意味はある。しかし、ECBはマイナスのままとしたのは、ECBの量的緩和の目的が、国債買入により通貨ユーロの下落を誘い、それによって物価の下落を食い止めるというものであったのかもしれない。

通貨高を止めようとしたスイス中央銀行がこのECBの量的緩和を睨んで、スイスフランの上限を撤廃し、スイスフランは急騰した。無制限介入ですら通貨安を招くことは難しい。

日銀とECBは結果として、国債利回りの低下を促すような格好となったが、国債の利回りも市場で決定されるものである。しかも、その金利はマイナスという異常な状況に入り込んでおり、金利低下による影響については限定的とみられる。

日銀がどれだけ国債を買い入れようと物価は上がらず、原油価格の動向に左右されてしまうことを日銀は認めてしまった。イングランド銀行とFRBは大規模な国債買入からは手を引いたが、日銀は大胆な国債買入を継続させ、そこにECBも加わった。これが何を招くのか。中央銀行の買入による国債バブルという、かつてない状況は結果として何を引き起こすのか。相場である以上、いずれ想像できない格好でその反動がくるであろうことも予想される。そのリスクをECBはさらに高めさせたともいえるのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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