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金融政策が実態経済に影響するまでに要する時間

久保田博幸金融アナリスト

12月25日の日経新聞の経済教室は「『レジーム転換』が効果発揮」と題されたもので、岩田規久男日銀副総裁が執筆していたが、なかなか興味深い記述がいくつかあった。そのひとつが、「金融政策が実態経済に影響するまでの時間がかかる」と言っておきながら、消費者物価指数(除く生鮮)の前年同月比は、量的・質的緩和の導入直前から2014年2月までの間に2.0ポイントも上昇したとも書いてあった。

コアCPIは異次元緩和を決定したタイミングでマイナスからプラスに転じ、前年比でプラス1.5%に達した。金融政策が実態経済に影響するまでの時間がかかるとしておきながら、コアCPIは即座に反応したかのようなコメントである。これは矛盾してはいないだろか。

いや、すでに日銀の踏み込んだ金融緩和は2012年11月の安倍自民党総裁の発言で市場の期待感が強まり、それがおよそ半年後に影響を与えたとの都合の良い解釈もできるかもれない。しかし、金融政策の影響が出るのは2年程度との見方をしていたのではなかろうか。だから2年後に2.0%の物価目標が達成できるとしていたはずである。もし2年程度の期間が必要なのであれば、2013年4月あたりからのコアCPIの上昇は、2011年の日銀の金融緩和が効いたという計算になる。別に異次元緩和などしなくてもコアCPIは上昇していたという結論になるのではなかろうか。

しかも、2年で2%の物価目標を達成できるとしながら、コアCPIは前年比プラス1.5%をつけてからは、前年比のプラス幅は低下し1%を割り込んでいる。その間、日銀による局額の国債買入は継続しており、日銀のバランスシートも膨らんでいるが、何故、コアCPIのプラス幅は縮小し、そのために追加緩和策を講じなくてはいけなかったのか。

これについて黒田日銀総裁は「夏場以降、消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動きや原油価格の大幅な下落が物価の下押し要因として働くもとで、消費者物価の前年比はプラス幅を縮小し、10月には+0.9%となりました」と言い訳をしている。消費増税引き上げは予定のことであり、さらに原油価格の下落とは関係なく、物価は日銀の積極的な金融緩和によるだけで可能ではなかったのか。もしそうではないとなれば、国債のリスクを増加させてまで行った異次元緩和の必要性に対して、根本から前提条件に間違いがあるということになるのではなかろうか。

「日本銀行は、デフレマインドの転換が遅延するリスクを未然に防止し、好転している期待形成のモメンタムを維持するため、10月末に「量的・質的金融緩和」の拡大を決定した」と黒田総裁は指摘したが、訳がわからない。そもそも異次元か縄でレジームチェンジが起きて、デフレマインドは転換したというのが前提にあったのではないのか。あれだけ無理矢理な緩和策を講じてもデフレマインドが転換しなかったというのであれば、金融政策ではそもそもマインド転換などできないことをむしろ証明したことになるのではないのか。

好転している期待形成のモメンタム、というのも何を示しているのかわからない。岩田副総裁が良く使うBEIは好転したような兆しは見せておらず、1%台前半で低迷したままである。結果をみるまで2年待ってくれというのであれば、なぜ中途半端な時期に追加緩和を決定したのか。それこそが矛盾である。

黒田総裁は「名目だけでなく、実質でみても、金融が緩和していると感じて頂ける状況が生まれているはずです」とも説明しているが、短い期間の金利はすでにマイナスとなり、長期金利も過去最低水準をつけている。金融が緩和しているとの実感は、名目だろうと実質だろうとあまり一般人には関係はない。実質金利がマイナスだから物を買おう、設備投資をしようとなるわけではない。それで景気が良くなりそうだから物を買おうとなるかもしれないが、実質や名目の金利低下だけでそのような行動が起きることはむしろ考えづらい。

金融政策が直接、実態経済や物価にどのような影響を与えるのか。実はこの検証は難しく、量的緩和の効果などについては具体的な検証結果が正式なものとして中央銀行から出ているものは見たことはなく、研究員のペーパーのような格好で発表されたものしかない。2年間という期間もその数字の具体的な背景があるわけではなく、漠然としたものである。

日銀による壮大な実験を行って1年と8か月が経過した。その間、米国経済の回復なども手伝い、円安ドル高と株高は進んでおり、これが日銀やアベノミクスにとっての最後の命綱となっている。肝心の物価は思ったように上昇していない。株価や為替をみて結果オーライではなく、国債の信用を毀損させかねない政策をとった結果、金融政策で物価は動かせないことがもし明らかになったのであれば、即座に現在の異常といえる国債買入は出口を模索する方向に変えて、日本国債がメルトダウンを起こす前に、デフレ脱却は別の手段に委ねるべきである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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