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見えない見せ玉で国債先物を相場操縦

久保田博幸金融アナリスト

9月6日付けの日経新聞によると、証券取引等監視委員会は5日に、コンピューターを通じた自動売買システムを使って長期国債先物を相場操縦したとして、海外の個人投資家に課徴金納付命令を出すよう金融庁に正式に勧告したそうである。

この売買は2013年6月26日の午前9時33分に実施された。この日の債券先物は前日の米債安から前日比17銭安の142円07銭と売りが先行して寄り付いた。その後は小動きとなり、方向感に乏しい動きとなっていた。

いわゆる「見せ玉」とか「仕掛け」が入ったような相場ではなかった。しかも、9時33分ということは日銀の国債買入れのオファーも関係ない時間帯であり、むしろ閑散で動きもなさそうな時間帯に0.3秒間だけの見せ玉が入ったようである。

当然、人の目では確認できず、大きな値動きがあったわけでもないため、市場参加者の多くはこの見せ玉に気が付かなかったと思われる。ただし、この相場操縦の目的は人の目を晦ますのではなく、騙したのはアルゴと呼ばれる別の投資家の自動売買システムであった。その騙されたアルゴがどのようなものなのかは推測するほかないが、成り行きに近い注文ではなく、指値に反応するシステムであったようで、実際にシステム売買が稼働した。これで見せ玉を入れた投資家は1銭抜いて約3万円の利益を得ていたようである。これを1日に13回繰り返して約33万円を稼いだとされた。この相場操縦をした投資家はシンガポール在住の中国人の個人投資家だそうである。業者ではないので委託注文となり、このため手数料も発生しているはずで、実際の儲け額はその分少なくなる。

この相場操縦をした投資家は20代で投資運用会社の役員だとか。自ら自動売買のプログラムを相場操縦に使えるよう書き換えたとされるが、そもそも取引所のシステムに繋がる業者のシステムに、どのような格好でこの個人投資家のシステムが繋がっているのかも気になるところ。投資運用会社の役員というあたり、会社のシステムを個人でも使っていた可能性もある。

今回の相場操縦を最初に見つけたのは日本取引所自主規制法人だったそうであるが、日本取引所と監視委が協力して相場操縦を認定したのは今回1日のみだったとか。商いが薄かった日本国債先物であったからこそ、これが発覚したとも言えるのかもしれない。ただし、本当にこの日1日だけであったのであろうか。

債券先物と呼ばれる大阪取引所に上場している長期国債先物は、株の先物などに比べて、アルゴと呼ばれるシステム売買は比較的少ないとされている。しかし、それでもこのようなことが起きていた。

今回のシステム売買はHFTと呼ばれるフラッシュ・ボーイズで指摘されたものであろう。コンピュータ・システムを使って価格や注文情報を「いち早く」取引に生かし、マイクロ秒単位のようなわずかな時間差を利用して人間が行っている売買の隙を捉えて、細かく稼ぎ、それが積み上がって利益を得るというものである。

過去の相場操縦とか見せ玉と呼ばれるものは、一時的に相場を大きく動かして値ざや稼ぎをしようとするものであった。しかしHFTは0.3秒間の見せ玉で、最低単位の1銭だけ動かして細かな利益稼ぎをしようとしている。これは相場が膠着状態のほうがむしろ仕掛けやすいのかもしれない。さらに通常の投資家はこのような見せ玉と相場操縦があったことすらわからない。

金融市場がシステム化し、そのコンピュータの売買システムの隙をついたような手法で稼いでいる投資家がいるとすれば、その分、割りを食っている投資家もいるはずである。システム売買同士であれば、問題はそれほど大きなものではないかもしれないが、このようなシステム売買が入れば入るほど、相場のかく乱要因にもなりかねない。動かない相場であればよいが、予想外に大きな動きをするとそれが加速される可能性もある。

そもそも人の目に入らず、機械同士での売買が頻繁に行われる相場が、相場と言えるのであろうか。場の相手は機械ではなく人間でなければ相場とは言えない。たとえそのプログラムを書いたのが人間であろうと、そこに勘や経験や恐れや喜びはない。そろそろ相場を機械中心から、もっと人の手に戻させることも考えたほうが良いのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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