狼は意外なところからやってくる
期待と不安は裏返しではあるが、実は相場にとっては同じものとなる。「恐怖指数」なるものが存在するが、これはオプションのボラティリティ・インデックスであり、相場の不安定さを数値化したもので、投資家が今後の相場に対して過度の不安とともに期待を抱いているときに数値が大きくなる。
いったんポジションを抱えると相場下落に対する不安に怯える。先物などのデリバティブは本来ヘッジ目的で作られたものであり、売りが容易である。つまりショートと呼ばれるカラ売りのポジションを作れば、こちらは相場上昇への不安を抱えることになる。
相場参加者の期待と不安が交錯しすることで値動きが生まれる。大きな材料が出ると、その材料に対してネガティブなポジションを抱えている参加者は、そのポジションをどうするのか迷う。人によって相場に対する行動パターンも異なり、ポジションを抱えている状況によっても、その判断は異なってくる。いち早く利益の臭いを嗅ぎ取ったいわゆる足の早い投資家は、新規の仕掛を含めて大きなポジションを作る。その過程で相場は変動し、それにより恐怖指数は上昇し、ロスカットと呼ばれる動きが、さらに相場の動きを加速させる。これにより相場が急低下すると暴落、急上昇すると暴騰となる。
現在の日本の債券相場は、10年債利回りで0.6%近辺での膠着状態が続いている。この0.6%と言う長期金利はコストや昨年4月の異次元緩和前の水準などを考慮すると、それ以下ではあまり買いたくないという水準とみられ、その意味では実質的な最低水準に近いところで張り付いているかのようである。
債券相場の動きが封じられているのは、期待も不安もほとんど生じていないと言うことになる。需給だけでみれば日銀が国債を買い支えている格好であり、業者は卸売業化し、財務省から入札で購入した国債を日銀に流し、一部を投資家に販売する。利ざやは薄くても在庫を抱えるリスクはほとんどない状態にある。相場変動が抑えられている分、投資家も運用益は限られるが、価格変動リスクはあまり意識する必要がなくなっている。
それではどのようなタイミング、何がきっかけで債券市場に再び期待や不安が渦巻くことが起こりえるのか。ファンダメンタルズからみて乖離しているかにみえる長期金利が修正されることがあるのか。それとも下限と意識されている0.6%という水準を再度、大きく割り込むことはあるのか。
この水準で長期金利が上がるか下がるかの賭けをするとなれば、低下幅はあと0.6%しかないのに比べて、上昇方向はほぼ無限大に近い。当然ながら金利上昇に賭けるほうが分がありそうだが、ここ15年程度は金利上昇に賭けてもほとんど負けている状態にある。国債暴落を唱える者は狼少年と称されてきた。その状態はいつまで続くのか。
現在の債券市場参加者には、2%の物価上昇への期待などよりも、将来にわたっての長期金利の低位安定との期待が強く蔓延している。相場下落の不安がないため、長期金利は低位で張り付いている。その構図が崩れることはあるのか。
動かない状態が続けば続くほどマグマが蓄積されている可能性はある。国債である以上、日本の財政そのものへのリスク、さらに長期金利を抑制しているとされる日銀の金融政策に対するリスク、これらが何かしらのかたちで市場参加者に不安を生じさせたときに、相場は大きく動く可能性を秘めている。いまのところそのリスクが顕在化するような気配はない。それでも大地震への備えと同様に国債市場の急変動を想定した心の準備をしておく必要はある。相場の世界では狼は意外なところからやってくる。