人々の期待・予想とはいかなるものなのか
1月9日に日銀が発表した「生活意識に関するアンケート調査」の結果がなかなか面白かったので、ここであらためて紹介したい。対象は全国の満20歳以上の個人4000人だそうで、無作為に選出した人を対象とした世論調査である。
このなかで、「日本銀行が、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を掲げていることをご存知ですか」との質問があった。その回答は次の通り。
1 知っている 29.4 ( 36.9 ) 2 見聞きしたことはあるが、よく知らない 31.3 ( 40.7 ) 3 見聞きしたことがない 38.9 ( 21.7 )
括弧は9月調査のものであるが、日銀が消費者物価の前年比上昇率2%の目標を掲げていることを知っているとしている人は全体の3割に過ぎない。さらに見聞きしたことがないとの回答が4割近くいる。
2013年4月に日銀が決定した量的・質的金融緩和(QQE)により、日銀は消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するとしている。これは予想物価上昇率を上昇させることが大きな目的となっている。ところで予想物価上昇率とは何であろうか。
予想物価上昇率は期待インフレ率とも呼ばれるが、実はこの期待インフレ率こそくせ者である。実際に我々が将来の物価の行方をどのように判断しているのかを具体的に示す指標は存在しない。
ひとつの指標としては、この日銀のアンケート調査のようなものがある。今回の調査でも、 1年後の「物価」は、現在と比べるとどうなると思いますか、との質問項目がある。さらに1年後の「物価」は現在と比べ何%程度変わると思いますか、との質問もある。この数値に果たして何の意味があろうか。あなた自身、もしくは身内の人に1年後の物価の居所を予想している人が果たしているであろうか。
このため専門家の見方が集約するであろう物価連動国債の居所から将来の物価の居所を探ろうとすることもある。しかし、それもあくまで債券市場関係者の一部が売り買いしているものであり、需給要因など他の要因の影響も大きくなる。さらに市場関係者だからといって将来の物価を正確に見通すことなど不可能である。2013年初頭にストラテジストやエコノミストが1年後の株価や為替、債券の居所をどれだけ適切に見通していたであろうか。なかにはある程度予想通りの数字になった分析者がいたとしても、それは市場では「当たった」と表現する。
一般の人が日銀の金融政策のことを正確に理解しているのかどうかは、上記のアンケートからみても非常に不透明である。債券の専門家でも日銀が国債を大量に買えば物価が上がる理屈を適格に言えるものはいないはずである。異次元緩和を決定した日銀からもその経路について明確な説明は見たことがない。
アベノミクスと呼ばれるリフレ政策は世界的なリスク後退時にタイミング良く打ち出された。このため急速な円高調整が起きた。それにより株高も生じ、円安は実態経済にも影響を与え、物価上昇にも寄与した。このあたりの経路は明確である。しかし、円安の効果を取り除いてしまうと、あとは何か残るのか。景気回復については、世界的なリスク後退による欧米の景気回復の影響も寄与していることも考慮する必要がある。
そもそも一般消費者に対して、予想物価上昇に働きかけるものが金融政策なのであろうか。日銀が債券市場から国債を購入してもそれが何を意味するか、知っている人がどれだけいるのか。実体経済そのものが回復し、それが賃金に跳ね返ってこそ、将来の期待が強まる。円安や電気料金などの上昇により物価だけが上がってしまうと、それは期待より懸念を生みかねない。実体経済の回復にどのように寄与させるのか。それは国債を大量に買えば良いという問題ではないはずである。