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荻原重秀によるデフレ対策

久保田博幸金融アナリスト

9月25日の日経新聞朝刊の特集「物価考」では、荻原重秀と高橋是清が取り上げられていた。高橋是清の政策については、拙著「聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓」(すばる舎)に詳しく書いたので、こちらをご覧いただきたい。荻原重秀については、過去にこのコラムでも解説したが、リフレ政策のリスクを認識するために、あらためて確認してみたい。

1639年に幕府はポルトガル船の入港を禁止し、いわゆる鎖国に入ったが、これにより日本の貿易高は減るどころかむしろ増加した。ポルトガルは日本の銀を介在してのアジアでの三角貿易を行っていたが、オランダも同様に中国で購入した生糸などを日本に持ち込み、それを銀と交換したのである。これにより大量の生糸が日本に流入するとともに、大量の銀が海外に流出した。またオランダはインドとの貿易に金を使っていたことで、オランダ経由で大量の金も流出していたのである。

幕府は金銀の流出を防ぐために、金や銀の輸出禁止などの政策を打ち出すものの、国内に生糸や砂糖などの輸入品への需要が強く国産品では対応できなかったことで、結局、その対価として金銀が用いられたことにより、解禁せざるを得なくなり、金銀は流出し続けた。

金銀の海外流出とともに日本国内の金銀の産出量が低下した。米の生産高の向上や流通機構の整備などにより、国内経済が発展し貨幣需要が強まったものの、通貨供給量が増えなかったこともあり、米価は上昇せずデフレ圧力が強まることになる。

五代将軍綱吉は豪奢な生活を送っていたことに加え、寺社や湯島聖堂などを建立するとともに、明暦の大火や各地で発生した風水害などにより、慢性的な赤字を続けていた財政がさらに厳しくなり、幕府は1695年に貨幣の改鋳に踏み切った。

将軍綱吉は勘定吟味役の荻原重秀に幕府の財政の立直しを命じ、荻原重秀はそれまで流通していた慶長小判(金の含有率84-87%)から、大きさこそ変わらないものの金の含有率を約57%に引き下げた元禄小判を発行したのである。銀貨の品位も80%から64%に引き下げた。

金銀貨の品位引き下げが均衡を欠いていたことから、銀貨の対金貨相場が高騰し、一般物価も上昇した。このため1706年以降、銀貨が4回に渡り改鋳され、1711年の改鋳により銀貨の品位は20%と元禄銀貨の3分の1にまで引き下げられたのである。金貨については1710年以降、品位を84%に引き上げたものの量目を約2分の1にとどめ、純金含有量が元禄小判をさらに下回る宝永小判を発行した。

これらの改鋳により幕府の財政は潤ったものの、これにより通貨の混乱とともに物価の急騰を招き、庶民の生活にも影響が出た。荻原重秀の政策に関してはデフレ経済の脱却を成功させ元禄時代の好景気を迎えたとの見方もある一方、インフレを引き起こしたといった批判も強い。

荻原重秀は著作を残していないが「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以てこれに代えるといえども、まさに行うべし」と述べたとも伝えられている。現在の管理通貨制度の本質を当時すでに見抜いていた人物でもあったと言える。

荻原重秀は、結果的に通貨価値を引下げ信用度を低下させ、インフレを招くことによるデフレ対策を行った。荻原重秀の財政金融政策はその後、新井白石などにより修正を余儀なくされる。しかし、幕府の財政はむしろ危機的状況に陥ることになる。一度信用を失ったものを立て直すことが難しいことはその後の歴史を見ると確認できる。

高橋是清による高橋財政も金輸出禁止が政策の柱にあった。金本位制から脱することにより、金の流出を防ぐための円高政策や、金融引き締め、緊縮財政等を無理に行う必要がなくなった。このため円安政策・金融緩和政策・財政政策が可能となったのである。財政政策のために必要な国債発行は日銀の引受方式で行った。その政策が結果として何を招いたのか。

リフレ政策は一時的なユーフォリアを招く。だからこそ出口政策を困難にさせる。その政策は結果として政府の信用を毀損させることになる。現在の金融システム上では、政府とともに中央銀行に対する信認も失うことになる。つまり通貨や国債への信認低下を招く。ここに大きな問題が存在することを歴史は示しているのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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