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「買収」は誤解?! SMエンタのお家騒動とHYBEとの未来は?

K-POPゆりこ韓国エンタメ・K-POPライター
(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

今年2月に入り、韓国の大手芸能事務所SMエンタテインメント(以下SMエンタ)の周辺でただならぬ動きが続発している。以下、2月10日(金)午後の時点で現地報道などをもとに、筆者のほうで解説していきたい。

まず2月3日に、SMエンタの共同代表理事が2名揃ってYouTube上で「SM3.0」という今年以降の計画発表が行われた。

その中には総括プロデューサーであり創業者のイ・スマン氏(以下スマン氏)との契約終了のお知らせもあったものの、すでに昨年発表されている内容であり、特に驚く内容ではなかった。名実ともにSM最大の権力者であった彼が退くにあたり、今後はレーベルを分けて各代表ディレクターに決定権限を渡し、IP制作のスピードアップを図るという引き継ぎ計画は至極真っ当で、自然な流れにも感じられた。

その時点ではスマン氏が最大株主であることは変わらず、彼の影響力はまだ残るものと予想した人が多かっただろう。円満かつ緩やかな“院政”が続くかと思われた。

ところが2月7日、SMエンタが突如大手IT企業Kakaoエンターテイメントと戦略的パートナーシップ契約を締結。株全体の約9%にあたる117億円相当の新株と111億円相当の転換社債(条件付きで株式に転換できる社債)を譲渡すると発表してから事態が急変する。

スマン氏が法廷代理人を通じて「商法と定款に反する違法行為」だと抗議したことで、SMエンタ内での実質的な経営権を巡る“お家騒動”が明るみになったのだ。

スマン氏がBTS所属の大手芸能事務所HYBEへ株を売却するのでは?という噂が流れると、翌日には「HYBEによるSM Entertainmentイ・スマン元総括プロデューサー持株買収・公開買付け着手のお知らせ」という公式リリースがHYBEより発表される。スマン氏が保有する18.5%のうち14.8%分の株を4228億ウォン(約440億円)で取得するという内容であった。

【参照】2月10日発表のリリース本文

これに対しSMエンタは側も経営陣を中心に25人の連名で「反対声明」を発表。現在、韓国でも多くのメディアが次々と続報をアップし、大きなイシューとなっている状況だ。SNS上の反応を見ても、K-POPファンにとってここ最近で最も胸がざわつくニュースだと言えよう。

以下、このニュースが日本のK-POPファンの間で懸念されている3つのポイントについて分析してみたい。

写真:Lee Jae-Won/アフロ

①韓国報道に出てきた「買収」という単語のインパクト

この件について韓国のニュースや記事を見るとタイトルに「買収」を意味する「インス」という文字が並ぶ。

日本でも翻訳された記事が拡散されたため、文字だけ見るとHYBEがSMエンタを買収し、完全に傘下に入れるのだと捉えてしまうだろう。ファンにとっては「買収」という言葉の持つインパクトは大きかったはずだ。

しかし実際にはHYBEの持ち株は約15%に過ぎず、「買収」とまでは言えない。ただ、現時点ですでにSMエンタの経営に対して大きな発言力を得ている状態であり

「HYBE は、少数株主の利益を向上させながら、SM Entertainmentの株式を取得する予定です。その取り組みの一環として、HYBEは筆頭株主と同じ価格で、小数株主に公開買付けを開始することを決定しました。公開買付けのための資金調達などの手続きはすでに完了しています」(※2月10日発表のリリースより引用)

と宣言している。今後、持ち株率をさらにUPさせていく可能性は高いと思われる。

②SMエンタの持つ独自性と世界観は今後も踏襲されるのか

今回のニュースで最も心が揺らいだのは、間違いなくSMエンタのファンだろう。所属アーティストのファンはもちろん、SMエンタがこれまで長年築きあげてきたブランド、世界観に対する支持者も多い。

SMエンタの社名は創業者「スマン(Soo-Man)」のイニシャルからつけられているが、彼がK-POP全体に果たした功績は非常に大きい。90年代にH.O.Tというアイドルを世に出し一世を風靡したが、韓国のアイドル史はそこから本格的にスタートしたと言っても過言ではないだろう。その後、BoAや東方神起の日本進出成功を経て「K-POPが海外でも売れる」という自信とノウハウを積み重ねてきた。

SMエンタからは新しいグループや新曲が世に出るたび、ファンも戸惑うほどの斬新かつ大胆なコンセプトを披露しつつも、常に一貫した“SMカラー”が感じられるのが特徴だ。日本で「ジャニーズっぽさ」といえばパッとそれをイメージできるように、「SMっぽさ」というものが確かにある。言語化するのは難易だが、実力もルックスも整った“王道アイドル”の条件も兼ね備えつつ、同時に前衛的といったところだろうか。

多くのK-POPアイドル志望生にとって、SMエンタの練習生は狭き門だ。そこからデビューが叶う人は一握り。他社からデビューしたアイドルの中にも「元SM練習生」は多い。能力は大前提として、SMエンタの世界観にマッチするか否かという部分を重視して選抜していたのではないかと推測する。

さらに毎年所属アーティストだけが集結する「SM TOWN LIVE」を開催するなど、アーティスト同士の“ファミリー感” も強く、その中の複数グループを応援するファンが多いところも特徴的だ。そしてここ数年は、スマン氏が率先して「KWANGYA(日本語で「広野」の意)」という名の“仮想世界”を作るべく尽力していた。

ファンの間では、今回関連会社となったHYBEやKakaoがその独特の世界観を踏襲できるだろうかという声や、既存アーティストの方向性や扱いが改悪しないかという心配の声が上がっている。

筆者の見立てでは、完全な買収でない以上、当面の間は急激な変化や世界観の変更はないと思っている。しかし日本以上に変化の激しい韓国エンタメ業界のこと。過去にPLEDISエンターテインメント(SEVENTEENらが所属)がHYBE傘下に置かれた後、アーティストや楽曲への影響が見られた点を鑑みると、SMファンたちの懸念を「杞憂」とは言い切れないのも本音だ。

③買収しまくりHYBEによる「独占市場化」はどんな影響があるのか

BTSの世界的成功をベースに、HYBEの事業拡大は止まらない。SMエンタの件が報道される直前も、約314億円でアメリカのヒップホップレーベル・QC Media Holdingsを買収するなど、ここ最近の買収劇はコロナ禍前より活発な動きを見せている。

国内の競合であったSOURCE MUSIC、先述のPLEDISエンターテインメントなどを傘下に置いた後は、アメリカ音楽業界の大物スクーター・ブラウンが所有し、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデなども所属していたイサカ・ホールディングスを10億5,000万ドル(約1,160億円)で買収し、新設のHYBE AMERICAへ吸収合併している。さらに音楽関連以外にも、AIやメタバース関連企業などかなり広範囲にわたって手を広げている模様だ。

こうした恐るべき速さとスケールでの急成長の中で、HYBEは韓国内で唯一の対抗馬だったとも言える存在を味方陣営に引き入れた。名実ともに難攻不落・無敵のK-POP城の完成を目前に、業界の“独占市場化”を懸念する声も見受けられる。

常に激しい競争の中で切磋琢磨しながら発展してきたK-POP業界の成長が停滞する可能性、さらに資本力がモノをいう味気ない業界になってしまうのでは?という意見だ。

ただ一方で、世界市場で勝負する上ではHYBEの持つ資本力とBTSが培った功績と販路、SMエンタの持つ人材育成システムやノウハウ等が一体化することは、両社にとってメリットとなるはずだ。この動きが、K-POP全体をもう一段上のステージへと引き上げてくれる可能性もある。

いずれにしても現時点では不透明な部分が多く、ファンが過度に案じるのは時期尚早かもしれない。韓国では次の株主総会で詳細な発表があるものと報道されている。続報を待ちたい。

韓国エンタメ・K-POPライター

音楽・エンタメライター。専門はK-POPと韓国カルチャー全般。雑誌編集者を経て渡韓、1年半のソウル生活。現在は帰国し様々なメディアで執筆。

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