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新型コロナウイルス禍をさまよう発熱外来難民が生まれている

幸田泉ジャーナリスト、作家
発熱した患者を診察する医療スタッフ=大阪府東大阪市の東大阪生協病院、筆者撮影

 新型コロナウイルスは感染者数が減少してきているとはいえ、医療機関には未だに大きな負担がかかっている。特に注目すべきは、新型コロナウイルスとは関係ない発熱患者への対応が遅れる事態が発生していることだ。多くの医療機関が、発熱など「新型コロナウイルスかもしれない」症状のある患者を門前払いしているため、このようなことが起こる。こうした医療現場の実情をSNSで発信している東大阪生協病院の橘田亜由美院長に取材した。

▼30軒もの医療機関で「診療拒否」される

発熱外来を行っている東大阪生協病院=大阪府東大阪市、筆者撮影
発熱外来を行っている東大阪生協病院=大阪府東大阪市、筆者撮影

 大阪府東大阪市の東大阪生協病院は4月8日から、救急患者用の入口を「発熱外来」の受付場所とし、正面入口から院内に入る一般の患者と動線が交錯しないようにした。「発熱外来」としているが、熱のあるなしにかかわらず、呼吸困難や倦怠感など新型コロナウイルスと共通する症状にはすべて対応している。診察は予約制で、肺炎かどうかを調べるCTスキャンを撮影するため、装置の消毒に時間がかかることから、診察人数はどうしても制限される。

 肺炎の画像で新型コロナウイルス感染が疑われる患者には、「帰国者・接触者相談センター」(保健所)を紹介していたが、1週間ぐらいの待機期間が生じるため、やむなくPCR検査を行うこととした。4月中に数人の感染者を診断した。幸い亡くなった人はおらず、症状が重い患者は入院中で、軽症者はホテルに宿泊している。

 橘田院長は「発熱など新型コロナウイルス感染の症状と似ている人は、かかりつけのクリニックや病院を含め様々な医療機関で診察を断られている」と話す。発熱、味覚障害、せきなどの症状を発症した40代女性は、保健所に連絡したところ「病院の紹介はできない」と、自分で探して受診するよう言われ、まず、既往症で通院している大阪市内の総合病院へ連絡したが診察を拒否された。その後、思いつく限り30軒もの医療機関に連絡してすべて断られ、発症から10日も経って東大阪生協病院にたどりついた。

 診察を受けた女性は「このまま死ぬのかと不安でたまらなかった。受け入れてもらえてうれしい」と涙を流していたという。診察の結果、新型コロナウイルスではなく細菌性肺炎と分かり、抗生物質を投与して治癒した。

▼医療機関を守るため「発熱外来難民」が生まれる

救急患者用の入口を「発熱外来」に変更し、感染防止対策をとる=東大阪生協病院で、筆者撮影
救急患者用の入口を「発熱外来」に変更し、感染防止対策をとる=東大阪生協病院で、筆者撮影

 「感染症対策がきちっとできる体制を平時から整えている病院はほとんどない。ましてや開業医のクリニックでは、大抵は入口が一つしかなく動線を分離することもできない。感染者の来院は、院内がクラスターになるリスクと隣り合わせ」と橘田院長は指摘する。このため、医療機関は「新型コロナウイルス感染の疑いのある患者は診ない」という圧倒的多数と、「急きょ対策を取って新型コロナウイルスに対応する」という少数に分かれた。

 東大阪生協病院の「発熱外来」は、屋外にテントを張って待合所にし、PCR検査も衝立で囲って屋外で実施。医師、看護師は手作りのフェイスシールドをかぶり、レインコートの上下を着て、足元は靴ごとビニールで厳重にくるんでいた。レインコートは、万一、ウイルスが付着していた場合、脱ぐ時に飛び散る可能性があるので、2人がかりでゆっくり脱がせる。レインコートもマスクも消毒して何度も使うという。

 何とか工夫して「新型コロナウイルスかもしれない」患者を診ている医療機関がどこにあるのか、患者には情報がない。行政の対応窓口である「帰国者・接触者相談センター」(保健所)に電話しても、「病院の紹介はできない。近所のかかりつけ医に行ってください」と言われ路頭に迷う患者が少なからずいると分かり、橘田院長は地元の保健所に「うちはコロナ疑いの患者を診ている」と伝えた。そこからは保健所の紹介で患者が来るようになった。「医療機関だって新型コロナウイルスは怖い。でもせめて、大きな病院は対応するべきではないか。開業医はクラスターを出してしまったら閉院に追い込まれるかもしれない。やはり大病院がやるしかない。今のままでは、新型コロナウイルス以外の病気の発見が遅れ、患者の命が救えない可能性がある」

▼感染防止措置による貧困の広がり

 経済的に困窮し、体調が悪くても医療が受けられない人も現れている。発熱が続き仕事を休まなくてはならなくなった人は「時給の雇用なのでもうお金がない」と診療予約をキャンセル。店舗の休業で仕事がなくなった警備員の男性は「非正規雇用で無収入になった。医療費が払えない」と訴えてきた。橘田院長は「コロナによる貧困の広がりを機敏にとらえ、援助することが今後、社会的、経済的なコロナ関連死を生まないために重要だ」と話す。東大阪生協病院では総合相談窓口を中心にして相談を受け付け、関係機関などと協力して経済的事情で医療が受けられない患者への対応を始めた。

▼医療従事者が「危険なボランティア」になっている

発熱した患者に付き添う家族と話す橘田亜由美院長=東大阪生協病院で、筆者撮影
発熱した患者に付き添う家族と話す橘田亜由美院長=東大阪生協病院で、筆者撮影

 新型コロナウイルスと闘う医療機関は、今のところその経費を持ち出ししている状態だ。綿棒、スピッツ(試験管)、検体の運搬費、それにかかる人件費等々。橘田院長は「PCR検査は行政検査なので、患者は検査料を負担する必要がないが、病院側は経費を負担している。検査の保険料が入る『帰国者・接触者外来』になっても、検査料や検体の輸送料で足が出る。こんな仕組みでは新型コロナウイルスに対応しようという医療機関が増えるわけがない」と嘆く。

 また、医療機関の経営悪化も深刻な問題だ。通院によってウイルス感染するのを恐れる心理から、病院の患者は約2割減った。そこに新型コロナウイルス対策による赤字が重なる。「このまま医療機関に経営支援などがなければ、経営が脆弱な病院は倒産することもあり得る」と橘田院長は警鐘を鳴らす。「新型コロナウイルス対策を頑張れば頑張るほど、病院の赤字が増える。病院の良心だけに頼るこの状況はどうなのか。医療従事者が『危険なボランティア』になってしまっている」

 2025年に大阪で開催される国際万国博覧会のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」である。果たして今、我が国の「医療現場」の取り扱いは、このテーマを掲げる資格があるだろうか。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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