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コロナで困窮する観光地・七宝山でホテル従業員が栄養失調に

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の招待所で働く女性たち(平壌写真共同取材団)

日本ではあまり知られていないが、北朝鮮の観光地は昨年まで、中国やロシアの観光客でなかなかの賑わいを見せていた。ところが北朝鮮政府は、新型コロナウイルス対策で国境を封鎖。人影の絶えた観光地では、現地の人々が困窮を強いられ、一部は栄養失調に陥っているという。

食糧不足の伝えられる北朝鮮だが、それでも依然と比べれば供給量は大きく増え、深刻な栄養失調は貧困層や軍隊の一部、孤児院などに限られるようになっていた。いったい、北朝鮮の観光地で何が起きているのか。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

北朝鮮観光のゴールデンコースと言えば、丘の上で光り輝く金日成・金正日両氏の銅像、パリより大きいという凱旋門、地下宮殿のような地下鉄、世界各国の指導者・著名人から贈られた贈り物が展示されている妙香山(ミョヒャンサン)の国際親善展示館など、プロパガンダ臭がプンプンする観光スポットをめぐるものだ。

もちろんそれ以外にも、様々な名所旧跡が存在する。中国人観光客の安・近・短スポットとして人気のある新義州(シニジュ)日帰り観光、東林(トンリム)瀑布などがある一方で、金剛山(クムガンサン)、九月山(クウォルサン)などと言った名山も人気が高い。

そんな名山の一つ、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の七宝山(チルボサン)には、地理的に近い中国の吉林省、ロシアの沿海州から多くの観光客が訪れていたが、新型コロナウイルスの世界的感染拡大を受けて北朝鮮が国境を閉鎖。観光客が全く来なくなった。

現地のデイリーNK内部情報筋は、七宝山で観光業に従事していた人たちの困窮ぶりを伝えている。

ホテルなど観光施設で働く人々は、月給を受け取っていた。その内訳は、遊園地の管理所長と、朝鮮労働党の委員長が6000北朝鮮ウォン(約72円)、副所長や課長クラスが5000北朝鮮ウォン(約60円)、部員3800が北朝鮮ウォン(約46円)、講師(観光ガイド)が2800北朝鮮ウォン(約34円)、一般労働者が2400北朝鮮ウォン(約29円)だ。

平均的な4人家族の1ヶ月の生活費が50万北朝鮮ウォン(約6000円)であることを考えると「雀の涙」ほどのものに過ぎないが、食糧や生活必需品の配給や、外国人観光客からのチップなど様々な副収入があり、それなりに安定した暮らしを営めていた。

ところが、1月から外国人観光客が全く来なくなり、4月からは月給も支給されなくなり、配給まで止まった。当局は、給与明細書だけを配り、支給できるようになるまで待ってほしいとの弁明を繰り返すばかりだ。

「月給も配給もなく、出勤せずに商売でもしたいというのが従業員らの本心だが、無断欠勤をすれば労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)送りになる」(情報筋)

行政処罰法90条は、「正当な理由なく、6ヶ月以上派遣された職場に出勤しなかったり、1ヶ月以上離脱した者は、3ヶ月以下の労働教養をさせる」と定めている。出勤しないだけで、犯罪者扱いになるのだ。それだけでは済まない。

この地域で無断欠勤すると「国家への反抗」と見なされ、安全部(警察署)や保衛部(秘密警察)に連行されてしまうというのだ。

上役にワイロを掴ませれば出勤扱いにしてもらえるが、そんな経済的余裕はなく、そこまでして商売をしたところでコロナ不況の今、大した儲けにならないだろう。

「連行されるのが恐ろしく、まともに食事を取れないまま、体がぶよぶよにむくんだ状態で出勤を続けている」(情報筋)

むくみは栄養失調の典型的な症状の一つだ。現地の食糧事情がいかに深刻を示している。

出勤したところで仕事といえば、誰もいない登山道に積もった落ち葉を掃き集めたり、道路を整備したりすることくらいだ。働く人の間からは、こんな不満と嘆きの声が聞かれるという。

「生活費すらくれないから国が止まってしまった」

「家族に粥でもいいから心置きなく食べさせたい」

「組織生活(出勤、思想学習)の時間を少し減らして、商売できるようにしてほしい」

そんな中で、咸鏡北道外貨稼ぎ事業所のイルクン(幹部)が、観光客のいなくなったホテルを貸し切り、美女をはべらせて、どんちゃん騒ぎを繰り返していたことが明るみに出た。栄養失調に苦しむ人々にとって、はらわたが煮えくり返るようなひどい話だ。

まさに「暗闇」の中にある七宝山だが、変化の兆しも現れつつある。

北朝鮮観光業の一番の上客である中国では、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着きを見せている。デイリーNKの対北朝鮮筋は、北朝鮮と中国が今月30日から国際列車の運行と、中国人観光客の受け入れを再開することで合意したと伝えた。

ただ、受け入れが再開されたとしても、まずは平壌と金剛山(クムガンサン)の2ヶ所に訪問地が限られ、七宝山に観光客が戻ってくるのはかなり先のことになりそうだ。感染状況によっては話がチャラになる可能性もある。ぬか喜びにならないことを祈るばかりだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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