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貧しい母娘が忽然と消えた北朝鮮「恐怖スポット」の向こう側

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮北東部の山間地で、貧しい暮らしを送っていた母子が忽然と姿を消す事件が起きた。事件から1ヶ月以上経った時点でも、母子の安否は確認されていない。

事件が起きたのは、中国との国境に面した咸鏡北道(ハムギョンブクト)の穏城(オンソン)だ。現地のデイリーNK内部情報筋は、4月20日ごろに、郡内の倉坪(チャンピョン)労働者区に住んでいた母子2人が姿を消したと伝えた。

2人は倉坪協同農場で働いていたが、収穫物の分配を受け取れず、非常に苦しい暮らしを強いられていた。母子は3ヶ月前に家を売り、山の中に入って木と土で建てた掘っ立て小屋に住んでいた。おそらく、当局からの勤労動員や、事実上の税金の徴収に耐えかねてのことだろう。

2人は山奥に入って山菜を採って生計を立てていた。他の村人も同じように山に入っていたが、母子は他の人が行かないところまで入って山菜採りをしていた。

山には鉄柵が張られ、その奥は立ち入り禁止になっているが、母子だけは警備の兵士に通してもらえていたのだ。村人の噂では、娘と兵士が付き合っていたからだという。

ところが、2人はある日突然忽然と姿を消した。この鉄柵の向こう側には、以前は管理所(政治犯収容所)――つまりは公開処刑や虐待が横行する、この世に実在する「地獄の一丁目」があったのだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

2人の住んでいた農場から南に数キロのところに、900メートル級の山が連なっている。その山の向こうには、2012年に閉鎖された22号管理所があり、その事実は村人たちも認識していた。

最大で5万人が収容されていたと伝えられる、一度入れられたら絶対に釈放されない「完全統制区域の収容所」だったが、2012年に閉鎖された。管理所長の運転手と平壌から来た女性収監者が脱走した上に、すぐそばを流れる豆満江を渡って脱北する事件が起きたことが、閉鎖のきっかけという説がある。

(参考記事:「死刑囚は体が半分なくなった」北朝鮮、公開処刑の生々しい実態

なお、米フォーブス誌は2013年10月、米NGOの北朝鮮人権委員会の報告書をもとに、収容所にいたはずの収容者のうち2万人が姿を消したと指摘、虐殺された可能性があると報じている。

(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

村人は、元収容所だった敷地を兵士が警備をしていることは知っていたが、今は軍事施設になっていることは知らず、2人は不法侵入で逮捕されたとの噂が立ち上っている。

収容所に関連するとあって、噂を聞いた村人は不安に震えている。つまり、処刑を含む極刑に処された可能性を考えているということだろう。様々な話が飛び交っているが、いずれも噂に過ぎず、2人がなぜ姿を消したのかわかっていない。さらに、場所が場所だけあって2人が脱北したのではないかという話も浮上している。

情報筋は「いつも腹をすかせていて生活が苦しかったので山に入ったのだろうが、忽然と姿を消してしまったことに住民は心を痛めている」と語っている。

(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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