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ポーランドの独立メディア「ガゼタ・ヴィボルチャ」を訪ねる 「使命」として、発行し続ける

小林恭子ジャーナリスト
キオスクに並べられた、「ガゼタ・ビボルチャ」紙(筆者撮影)

 2022年2月末に始まったウクライナ戦争で、すぐに支援の手を差し伸べたのが隣国ポーランドだった。ウクライナからの避難民を最も受け入れた国である。12月中旬までに約180万人が滞在中と推測されている。

 欧州および北米の 30ヵ国が加盟する政治・ 軍事同盟「北西洋条約機構(NATO」加盟国の一員であるポーランドは、NATOと非加盟国ウクライナの架け橋的存在として国際的に重要な位置にいる。

 同年12月末、ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアによる侵攻後初外遊として米国を電撃訪問したが、その帰途に立ち寄った国はポーランドだった。ウクライナとポーランドはウクライナの防衛力の強化や難民の支援について協議し、今後の協力についても確認し合ったという。

 侵攻直前まで、欧州連合(EU)から「法の支配」やメディア統制について批判を受け、強権政治が続くハンガリーとともにEUの中の「鬼っ子」的存在だったポーランドのイメージは消えたかのようだ。

 しかし、こうした流れの背後で、国内で起きている状況も見逃すべきではないだろう。

 独立系新聞「ガゼタ・ヴィボルチャ」は、2015年、愛国的政党「法と正義(PiS)」が単独政権を発足させて以来、様々な圧力を受けてきた。与党関連からの訴訟件数は100件近い。

 2022年10月末、ガゼタ・ヴィボルチャのワルシャワ本社を訪ね、ガゼタ・ヴィボルチャ財団のメディア・アドバイザーで元副編集長のピオトロ・スタシンスキー氏とバルトス・ビエリンスキ―現副編集長に話を聞いた。

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政権からの通告

 ビエリンスキ―副編集長:2015年、PiSが政権を取ると、すぐに政府省庁、国営企業とのつながりが切られてしまった。「もうあなたの新聞とは働かない」、と言われた。

 私たちは全国紙であり、例えば誰かががん撲滅や環境問題についてキャンペーンを行う時、通常は私たちにアプローチするものだ。

 スタシンスキー氏:国内には33の支局があり、新聞を印刷すると同時にオンラインでもニュースを発信している。

 ビエリンスキ―副編集長:月間、3000万人が私たちの記事を読んでいる。有料購読者は30万人だ。それでも、政府は関係を切ってきた。政府は私たちが敵だと思っているのだろう。政府からの収入で運営されている、と思ったのかもしれないが、それは当たっていない。政府としては、関係を切って、政府からの収入がなくなって、私たちが静かに消えていけばいいと思ったのだろう。そんな風には物事は進まなかったが。

 そこで政府が取ったのは、法的手段だった。司法を使った嫌がらせだ。いわゆる「SLAPP(スラップ)」だ。私たちは約100件のSLAPP訴訟を抱えている。

SLAPP(スラップ)とは

「Strategic lawsuit against public participation」の略で、「市民運動封じ込め戦略的訴訟」。市民団体などの反対運動を封じ込めるために、敗訴が予想されても企業などが起こす恫喝的訴訟を指す。

 スタシンスキー氏:この約100件というのは、公的役職に就く人物、政府省庁、与党政治家や政府高官からの訴訟の件数だ。司法省からの訴訟は20件を超えている。国営企業や国営テレビからも訴えられている。

 ビエリンスキ―副編集長:私たちが国営テレビについて何かを出版する度に、少なくとも1件の訴訟がある。児童を性的に虐待する神父についての司法省の対応について書いたら、6件の訴訟だ。国営石油大手PKNオーレンのビジネスのいい加減さについて書いたら、オーレンのCEOから訴訟を起こされた。今は訴訟の手紙を送る封筒代を節約するためなのか、箱に入れてまとめて送ってくるようになった。(写真を筆者に見せてくれた。)

ーこれはすごい。

 ビエリンスキ―副編集長:このように扱われても、私たちは成長を続けている。まだメディアとして存在している。破産するわけでもないのだ、もちろん。

―訴訟にはどうやって対応しているのか。

 スタシンスキー氏:社内の弁護士2人が対応しているが、外部から人材を入れることもある。訴訟の大部分は2015年以降のもので、結果はこちらの勝訴だ。司法の場に行けば、勝てないことを知っていて、訴訟を起こしている。勝つためにではなく、こちらを消耗させ、威嚇するためにやっている。勝訴しても、こちらはひどく疲れる作業になる。ジャーナリストや弁護士などの大量の時間、資金、エネルギーを使うことになる。

 ビエリンスキ―副編集長:目的は、こちらのジャーナリストが記事を書く時に二の足を踏むようにさせることだ。

 スタシンスキー氏:事態はさらに悪化している。弁護士たちによると、私が違法と思う全国裁判所評議会が親政権の裁判官をどんどん任命している。

全国裁判所評議会とは

ポーランドの裁判官は、全国裁判所評議会の要請に基づき、大統領によって任期の指定なく任命される。評議会の委員25人のうち、裁判官15人、残りが上下議員。司法の独立性を守るための構成だった。2017年、政府は裁判官委員15人を国会が選択するように仕組みを変更した。政権に近い裁判官委員が送り込まれるようになった。裁判官の懲戒手続きを行う懲戒院も最高裁に設置した。(参考: ポーランドの全国裁判所評議会)

 「ワルシャワ巡回裁判所」という重要な裁判所がある。ここが新聞法、メディア法についての大部分の訴訟を扱う。裁判長はこの全国裁判所評議会が選んだ人物だ。今までの訴訟は勝ってきたけれども、今後は敗訴が増えるのではないかという懸念がある。

独立メディアの抗議運動

 ビエリンスキ―副編集長:昨年、政府はメディアを攻撃する新たな道を見つけた。広告に対する追加の税金を導入する、という。収入にはすでに税金が課されているが、この上に、広告収入自体にも最大で15%の税金を課す。

―全てのメディア企業に?

 ビエリンスキ―副編集長:公共メディアをのぞく全てのメディア企業だ。二重課税になる。この新聞だけではなくすべての民間メディア企業。

 また、質の高い記事を書くジャーナリストを助けるための基金も設置した。もちろん、これが誰になるかは想像がつくだろうと思う。プロパガンダを行う人々だ。

 2021年2月10日、ポーランドの独立メディアは広告収入への課税に対する抗議のため、一斉に活動を停止した

ポーランド・メディアの抗議運動

 ポーランドの民間メディアは、政府が導入を計画している広告税に反対し、24時間ニュース番組を停止するなどの抗議活動を展開した。メディア側は新たな課税の導入が民間メディア企業の編集の独立性を奪うものとして批判した。モラヴィエツキ首相は新たな税金収入によって、国営のヘルスケア体制や文化・自由なメディアを支援すると述べている。(参考「NNA Europe」ほか)

各サイトは画面を黒くして、抗議を表明した(ウェブサイト「Emgerginf Europe」からキャプチャー)
各サイトは画面を黒くして、抗議を表明した(ウェブサイト「Emgerginf Europe」からキャプチャー)

 スタシンスキー氏:私たちは「ブラック・ページ・デー」と呼んだ。ウェブサイトは空白になった。メディアの抗議運動だった。

 政府は驚いた。まさかメディア同士が協力してこのようなことをやるとは思わなかったのだ。メディアは互いに競争しているものだから、と。

 ビエリンスキ―副編集長:(世界金融危機のあおりを受けて)2008年にポーランドのメディア市場は崩壊した。ビジネスがなくなってしまった。大きな投資も入ってこなくなった。

 どうするべきかと考えている中で、出てきたのがPiSだった。「私たちが買いますよ」と。こうして、地方メディア大手ポルスカ・プレスが国営の石油会社PKNオーレンに買収された。

 オーレンはなぜ、50もの日刊紙や週刊誌を欲しがったのか。当時はその理由は説明されなかった。しかしその目的は、地方紙を使って、プロパガンダをすることだった。

 買収後、最初に手をつけたのは粛清だった。編集幹部全員が外に出された。与党の一員だった幹部は、LGBTという言葉の使用をジャーナリストに禁じた。この略称を使ってはいけない、と。

 スタシンスキー氏:買収によって、オーレンは1700万人もの読者情報を獲得した。選挙目的に使える情報だ。特に地方の選挙に使える。

 ビエリンスキ―副編集長:興味深いことに、この新聞の質は決して高くなかった。編集幹部らを粛清してしまったので、ページビューが20%も落ち込んだ。それでも、どんどんおカネをつぎ込んだ。

 スタシンスキー氏:オーレンには読者データがあり、全国に新聞を配る流通システムを持っている。「Ruch」という最大の物流会社の大半の株を所有しているからだ。

 PiSはオーレンを通じて今や新聞ばかりか、メディアのアウトレット、ウェブポータル、ウェブサイト、読者情報、流通網も手中にした。強大な力を持っている。

 ビエリンスキ―副編集長:問題は巨額をつぎ込んだ後で、果たして効果的だったかどうか、だ。日刊紙からの支援、巨大広告、ガス会社、銀行、政府あるいは保険会社の1面を使ったあるいは3面を使った広告が出る。しかし、巨額を費やしても国民にリーチしたわけではない。

 政府が支援をする日刊紙でも、その70%が編集室に戻ってくる。誰も読まないからだ。お金を無駄にしているだけだ。しかし、資金を出している人は非常に裕福なのだ。

 最も重要な問いは、このプロパガンダの機械がまだ機能するかどうか。

 現在の経済状況はかなり悪い。基本的な生活ニーズである暖房をどうするのかが国民の懸念だ。ポーランドにはもう石炭がない。ウクライナ戦争が始まってから、ポーランド政府はロシアに対して禁輸を宣言した。ロシアは石炭の主要輸入先だった。国民の生活に打撃だ。

 スタシンスキー氏:輸入石炭の方が安い。

 ビエリンスキ―副編集長:安いし、おそらくポーランドの石炭よりも質が高かった。石炭の一部は今占領されているウクライナの地区から来ていた。ドンバスだ。しかし、禁輸によってロシアから石炭は入ってこないし、ポーランドには石炭はない。

 政府はコロンビア、オーストラリア、インドネシアから石炭を輸入しようとしている。

 石炭不足は生活を直撃する。ガスや電気料金も高騰し、インフレ率も高い。

政権交代はあり得るか

―現政権の崩壊はあり得るのだろうか。共産主義時代よりは今の方がよい?

 スタシンスキー氏: もちろんだ。政権交代には革命が必要だ。革命が起きるとは思えない。

 ビエリンスキ―副編集長:革命はたぶんない。しかし、共産主義時代にも「革命は起きないだろう」が政権中心部の見方だった。国民もそう思っっていた。一旦革命が始まると、止めることは不可能だった。

ー世界はポーランドで革命が発生することを期待しているのかもしれない?

 ビエリンスキ―副編集長:その究極的な形がウクライナだ。国民の大規模な抗議運動が発生した。ポーランドでも同様の事態が起きうる。

 昨年1月、人工妊娠中絶をほぼ全面禁止する法律が施行され、大規模な抗議運動が発生した。抗議に参加したのは女性たちだけではなく、民主主義を支持する人々もいた。

 警察はデモ参加者を棍棒を使って叩いていた。極度の残酷さだった。政府はどうすることもできなかった。棍棒はもし打ちどころが悪ければ、人を殺すかもしれなかった。政府はデモ参加者に対して暴力を行使することを辞さなかった。

 経済も厳しい。PiSの支持者である高齢者世代や地方に住む人々がこの危機にあえいでいる。石炭はないし、肥料も欠乏し、価格が高騰している。利益を出しても、インフレ率が高いので、消えてしまう。リンゴ畑では誰もリンゴを取る人がいない。

 スタシンスキー氏:畑に落ちたリンゴが腐っている。

 ビエリンスキ―副編集長:リンゴを収穫する人の賃金が払えないからだ。小売価格が低すぎる。

 スタシンスキー氏:政府でさえ、今や私たちは金融危機に瀕していると言うようになった。

 ビエリンスキ―副編集長:プロパガンダとしては、すべて大丈夫だという。全てが素晴らしい状態だと。しかし、暖房不足、食物、お金と言った基本的なことに問題がある。だから、もはや政府を支持することができなくなる。

ーこれまでの支持者が支持をしなくなる?

 ビエリンスキ―副編集長:そうだ。でなければ、少なくとも来年秋の選挙の時に投票に行かず家にいるだろう。

 スタシンスキー氏:政府は、国民に外に出て投票してもらうよう苦心している。その一環として、反EU、反ドイツ感情を掻き立てるような、とても初歩的なプロパガンダを行っている。古い世代には反ドイツ感情があるからだ。

 問題すべての責任をドイツに押し付けようとする。「ドイツは私たちを植民地化しようとしている、EUで私たちにあれこれを指図する」など。

 ポーランドの国益から言って、ドイツを責めるのは馬鹿げている。ドイツはポーランドにとって最大の貿易相手であるし、2004年にポーランドがEUに加盟してから、ポーランドに対する膨大な支援を主導したのはドイツだった。

 ビエリンスキ―副編集長:私たちは史上最も困難な時に直面している。

 警察の権力誤用問題もある。私たちの新聞は、ペガサスが使われていることを暴露した。

ペガサス(Pegasus)とは 

イスラエルの企業NSO Groupが開発したモバイル端末をターゲットにしたスパイウェア

 スタシンスキー氏::野党政治家をペガサスで監視していた。独立系の検察官や裁判官も対象となった。

 ペガサスは国家に対するテロ行為や組織犯罪に対して使われるものだ。しかし、政府は政府の司法改革を批判する勢力に使う。弁護士にも。

 ビエリンスキ―副編集長:2020年に大統領選挙があった。現職の保守派ドゥダがワルシャワ市長で社会的リベラルのラファル・チャスコフスキ氏に勝利したが、接戦だった。ポーランドで共産党政権が崩壊した1989年以降で最も僅差の接戦となった。

 なぜ ドゥダが勝ったのか。それは、巨大な規模の選挙戦を展開したからだ。テレビのゴールデンタイムにドゥダについての番組が放送された。英雄であり、友人でもある人物として描かれていた。候補者同士の討論番組はなかった。チャスコフスキ氏はメディアへの公平なアクセスを得られなかった。選挙戦を監視した経済協力開発機構(OECD)は公平な選挙ではなかったと結論付けた。メディアは偏向していた、と。

 1989年以降、このような評価を独立した機関が下すのは初めてだ。今後も繰り返されるだろう。

 革命はあって欲しくない。

 私は1978年生まれだから、89年では11歳だったが、当時のことを覚えている。

ー89年当時、スタシンスキー氏は米国にいたと聞いたが。

 スタシンスキー氏:確かに米国にいた。非公式のポーランドジャーナリズム協会に所属し、3年間、ニューヨークでポーランド語の新聞を作っていた。この新聞社に入ったのは、1993年だ。

ー共産主義政権時代と比較して、現状はどう見えるか。言論の自由の状況などは。

 スタシンスキー氏:共産主義体制では、どれほどの多くの人が共産主義や体制を支持しているかがわからなかった。毎年選挙があるというわけでもなかった。常に共産主義政党が90%の支持率を得た。選挙はすべていかさまだった。今は、どれぐらいの人が政権を支持しているかがわかる。

 今は有権者の状況が分かる。総選挙の投票率は50%で、低い数字と思われている。PiSの得票率は約30%だった

 数字は上下する。国民は高インフレ率、物価上昇について政府から聞いている。EUやドイツに対する憎悪がポーランドの国益に合わないことに人々は気づきだしている。農村地帯がEUからの財政支援に助けられていることも。

 ビエリンスキ―副編集長:私たちは西欧経済と分かちがたく結びついている。それでも、政府が欧州統合への反感を噴出させたので、ポーランドは英国のようにEUを離脱するかもしれない。次の選挙でもし勝てば、その道を進むだろう。ポーランドはゆっくりとゆっくりと茹でられるカエルのようだ。

 スタシンスキー氏:ポーランドの民主主義は最低の状態にある。唯一の独立組織はメディアだ。それも全部のメディアではない。この新聞の他に日刊紙2つ、独立週刊誌は2つか3つ。米ディスカバリーが所有する、TVNという独立テレビがある。もう一つも独立系だが、政治志向はあいまいだ。政権に批判的なラジオ局もある。まあ、これぐらいだ。

読者に支えられて

―この新聞について、一般市民はどう思っているのか。独立系メディアがあることを評価しているのか、それともうるさい存在と見ているのか。

 スタシンスキー氏:良い読者がついている。有料購読者が30万人で、私たちの仕事を意味があると思い、お金を払ってくれる。毎日、紙版では6万部だ。読者の家族や友人も目にするとすれば、200万から300万人にはなるだろう。信頼してくれている。しかしもちろん、目障りと思う人もいる。

 ビエリンスキ―副編集長:政府や与党がよくやっていると思う人は、そうだろう。私たちが批判的過ぎると。政治的姿勢を表に出しているだけだと。

 私たちは、民主主義体制の中の柱だと思っている。民主主義を守ることが必要だ。複眼的なものの見方、民主主義、法の支配を守ることが必要。そうでなければ、政府や与党にコントロールされてしまう。

ーこれほど政府側がプレッシャーをかけてくる中で、どうやって生存し続けるのか。

 スタシンスキー氏:財団を作っている。読者のプロフィルを研究し、有料の壁を立てている。収入の40 %がデジタル版から生じている。残りは紙版からだ。

 ビエリンスキ―副編集長:私たちは編集の変革中だ。デジタル版に本気で力を入れ出したのは2011年。そこで有料の壁を立てた。無料で何本読めるかはその時々によって変わるが、月に10本から12本ぐらいだ。

 スタシンスキー氏:EUの新聞の中では、電子版購読者が5番目か6番目に大きいと聞いている。 最大はフランスのルモンド、それにドイツのビルトなどが続く。

 ビエリンスキ―副編集長:もっと成長するために、財団を立ち上げた。政府は、政府省庁からの財政支援が断たれると、私たちが消えるだろうと思っていた。私たちが唯一、政府からお金を受け取るのは、訃報記事を出すときだ。

 今、誰かが当時の政府首脳陣の私的メールの内容をリークしている。これを見ると、ほかのメディアがいかにたくさんの金額を政府から援助されていたかが分かる。

 こうしたメディアの場合、 首相が自分の考えを新聞に載せてもらいたいとき、ジャーナリストを呼ぶ。

 スタシンスキー氏:司令を与えるようなものだ。

 ビエリンスキ―副編集長:インタビュー記事が事前に作られていることもある。質問と回答が入っているものだ。それがそのまま掲載されることがある。

ーそんなことが起きたら、ほかの欧州の国の政府は崩壊するだろう。

 ビエリンスキ―副編集長:そうだ。しかし、ポーランドではこのようなことが発生する。もしこういう流れで政府が崩壊するのだったら、一月に2,3回は崩壊しなければならないだろう。

 スタシンスキー氏:首相にも不動産にまつわる不正疑惑があり、この新聞で報道した。通常であれば、これだけで首相は辞任するだろう。

 しかし、与党によると、首相は不動産の所有権を家族名義に変えているなどと説明した。首相自身が汚職にかかわっているのだが。友人たちを使って資産の名義を変えている。

 次の選挙で野党が勝っても、PiSはまだ存在しているし、大統領がPiS所属だ。下院でも議席数が多い。パワフルな位置にいると言える。

 国営企業やさまざまな組織、例えば中銀にも息のかかった人物が入っている。

―将来への希望は捨てていないと思うが。

 ビエリンスキ―副編集長:捨てていない。希望を捨てたら、移住するしかなくなる。

 スタシンスキー氏:希望を捨てるわけにはいかない。私たちの武器は言葉だ。ほかにない。だからいつも奮闘だ。人々に話しかける。説得し、説明する。嘘か事実かをチェックする。私からすれば、首相自身が朝、昼、午後、夕方に嘘をついているのだと思う。 ファクトチェックをする。そうしなければ、存在理由がない。何かをしなければ。私たちは存在し続ける。

EU幹部は「臆病者」

ーEUが助けないだろうか?

 ビエリンスキ―副編集長:もっとやれることがある。私たちはEUを支持し、ファンでもあるが、批判もする。

 スタシンスキー氏:EUの規則を準拠しない国に対する対処方法が明確に定義されていない。

 ビエリンスキ―副編集長:第2次大戦があり、共産主義体制が終わった後の欧州で民主主義をひっくり返すような動きが出ることを想定していなかったのだと思う。

 ポーランド政府は、EUを資金を得るための組織だと思っている。貢献しようとは思っていない。2015年、欧州は大量の難民の流入への対応に追われた。シリアやアフガニスタンからの難民を受け入れるはずだった。しかし、ポーランドが受け入れた数はゼロだった。

 今はガスが足りないという話になった。EU内で互いに助け合うべきだ。ポーランドには備蓄があり、ドイツなどに提供するべきだ。ポーランド政府は与える側になりたくない。それでもEUからの財政資金や受け入れるという姿勢だ。

 これに対し、EUは手段を講じるべきだったが、幹部は臆病者だった。

 スタシンスキー氏:EUはポーランド政府との妥協の道を選んだ。この政府は法の支配を全く意に介さない。憲法にもEUの条約にも、だ。欧州委員会はEU裁判所を通じてポーランド政府を訴えた。これまでにも何件も訴えられている。

 ビエリンスキ―副編集長:それぞれの国を代表するEU委員がいるわけだが、ポーランドの委員は自分たちの個人的な事柄にEUが干渉してほしくないと思っている。ハンガリーもそうだ。ハンガリーは全体主義的国家になってしまったし、ポーランドもそれに近い。

私たちの「使命だ」

ーどのようにして士気をあげているのか。

 ビエリンスキ―副編集長: これは使命だと思っている。馬鹿げたように聞こえるかもしれないが、重要だ。

 私はかつて、一人のリポーターだった。世界中を飛び回ったものだった。今はポーランドの政治について書いているが、同じ事ばかり書いている。法の支配を尊重するべきだ、と。現状について非常に不満を感じている。大きな不満だ。

 スタシンスキー氏:私たちの記者や編集者は400人、支援スタッフもいれると総勢800人になる。全員の雇用を維持することが大変だ。どうやって管理するのか。発行元のアゴラ社からは常に経費削減を言われている。もっと投資が必要なのに。

 ビエリンスキ―副編集長:それでもこれだけの読者がいるし、お金の面では特に心配しているわけではない。そのうち、与党側は私たちが閉鎖に追い込まれることを望んでいるのだろう。生き残りのために闘っている。

ーそれでも、財団を通してほかのジャーナリストを支援していると聞いたが。

 ビエリンスキ―副編集長::そうだ。財団はジャーナリストを助けている。ウクライナのジャーナリストだけではなく、全てのジャーナリストによる調査報道のために奨励金を出している。

 スタシンスキー氏:ポーランド国内の独立ジャーナリスト、地方のジャーナリストを支援する。時間とお金がかかるネタを追いかけるのは負担になる。

 ウクライナのジャーナリストには給与を払って、ジャーナリズムの仕事が続けられるようにしている。

 ビエリンスキ―副編集長:世界ニュース発行者協会の「報道の自由のための金のペン賞」受賞も励みになる。

―野党政治家で期待が持てる人はいるか?

 スタシンスキー氏:野党勢力が一つになって選挙に勝てる状態にあるとは思えない。仲間どうして喧嘩している。憎み合っている場合もある。

 ビエリンスキ―副編集長:: トゥスクには強力な支持者がいるが・・・。

 スタシンスキー氏:トランプ元大統領の支持者のように、狂信的だ。

 ビエリンスキ―副編集長:民主主義的な、リベラルな野党政治家はいるが、互いに競争し、内部組織がしっかりしていない。

 スタシンスキー氏:自分たち自身の政治姿勢に拘泥しすぎている。まずは選挙に勝つことだ。それを理解してはいるものの、何もできない状態だ。

スタシンスキー氏(左)とビエリンスキ―副編集長。(2022年10月末。撮影筆者)
スタシンスキー氏(左)とビエリンスキ―副編集長。(2022年10月末。撮影筆者)

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取材を終えて

 与党・政府からの圧力にも負けず、報道を続けるガゼタ・ヴィボルチャ紙とはいったいどんな新聞なのか。どんな圧力を受けているのか。そんなことを知りたくて、ガゼタ・ヴィボルチャ紙を訪ねた。

 筆者は以前に、1989年の民主化への動きを先導した自主管理労組「連帯」が生まれグダニスク造船所を訪れたことがあった。自由を勝ち取ったはずのポーランドで、なぜ今一つの政党による強権政治が続いているのかが最初の質問になった。

 話をしてくれた2人のジャーナリストから、ある社会体制から別の体制への移行がいかに難しいかを思い知らされた。

 野党勢力が一つにまとまり切れないという話を聞いて、日本の政治状況がだぶっても見えた。

 日本では自民党による長期政権が続いている。「有権者の選択だから」といえばそれまでだが、時には政権が交代するという緊張感がないと、社会が活性化しにくいのではないか。

 ポーランドの民主化と現在抱える問題については、NHKのウェブサイトに示唆に富む記事が出ていた。ご参考までに、お勧めしたい。

よみがえる冷戦時代の記憶 かつての“民主化闘士”を訪ねて(2022年11月17日)

グダニスク造船所のゲート(2022年3月、筆者撮影)
グダニスク造船所のゲート(2022年3月、筆者撮影)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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