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#戦争を知るために】映画『イミテーション・ゲーム』でエニグマ解読とチューリングの人生を追体験

小林恭子ジャーナリスト
『イミテーション・ゲーム』で主役を演じたカンバーバッチ(左)とナイトリー(写真:ロイター/アフロ)

 8月15日、日本は75回目の終戦記念日を迎える。8月は毎年、「戦後xx年」と題した様々な番組や新聞記事が出るようになる。

 しかし、1年に1回だけ考える・・・でよいのだろうか。

 筆者は最近、日本の20代、30代の方から「第2次大戦を遠い過去の出来事として認識している」という言葉を聞いた。「終わってしまったこと」であり、「自分に関係があるとは思いにくい」、と。

 筆者には先の大戦を「過ぎ去ってしまった、(自分には関係がない)遠い過去のこと」とは思えない。海外に住んでいると、戦争(国と国との武力攻撃)が世界中で発生していることを伝えるニュースがリアルに感じられる。また、現在の国際社会は第2次大戦終結後に決まった枠組みで機能しているので、その結果を引き受けずに生きようとしても困難であるように思う。

 日本では、大戦を直接体験している世代が次第に少なくなっているので、「つながりが切れた」ように感じる方が多いのかもしれない。あるいは、「自分の今の生活に、直接関係ない」ということで、関心が低いのかもしれない。

 しかし、実際に自分が体験していなくても、また体験している人を直接知らなくても、「どんな感じだったのか」「当時、人はどのように生きていたのか」、そして「なぜ起きたのか」を学ぶことはできる。まるで自分ごとのように当時を想像したり、つらさ、悲しさ、むごさ、不正義を感じ取ることは十分に可能なはずだ。

 そのための1つの手段として、いくつかの映画や本などを紹介してみたいと思う。

ドイツ暗号機械「エニグマ」の秘密を探りだしたチューリング

 「コンピューターの父」ともいわれる英国の科学者アラン・チューリング(1912-54年)については以前に書いているが、英テレビシリーズ「シャーロック」で日本でも大人気となったベネディクト・カンバーバッチがチューリングを演じた映画が『イミテーション・ゲーム』である(2014年、英国で封切り)。

 解読不能と言われたドイツの暗号機械「エニグマ」の謎を解いたチューリングの活躍を知って、「英国って、すごいね!」という感想を持つ方も多いかと思う。そういう意味では、愛国的な映画である(第2次大戦は英国、米国、フランスなどの連合国側とドイツ、イタリア、日本などの枢軸国側との世界的な戦争で、連合国側が勝利した)。

 しかし、「英国はすごいな」よりも、チューリングの人生の顛末が心に残る映画である。

 チューリングは天才的な頭脳を持つ数学者だった。極秘の暗号解読作業に自分も加わるべきと考えて、政府の暗号学校が置かれていたブレッチリー・パークを訪れ、海軍中佐アラステア・デニストンに自分を売り込む場面がある。中佐とチューリングの対決だ。

 

 中佐は「なんだ、この若者は!」という態度でチューリングを追い返そうとするものの、最後は採用せざるを得なくなる。

 1930年代末から40年代初頭にかけてのドラマ(=「現在」)が進む一方で、チューリングの子供時代の回想が挟み込まれる。

 チューリング少年は寄宿制男子校で勉強していたが、ほかの生徒たちにいじめられた。このいじめがすさまじい(具体的には映画を見ていただきたい)。やっと友人を見つけるものの、悲しい結末が待つことになる・・・。

 「現在」に戻ると、チューリングには秘密があった。1960年半ばまで、英国では同性愛は違法だったが、チューリングは同性愛者だった。

 社交的ではないチューリングは解読チームからの支持を得られず、ぎくしゃくする。上司となる先の中佐には常に意地悪をされ、つらい状況となる。

 救いはキーラ・ナイトリーが演じる女性の存在だった。彼女のアドバイスでチーム仲間と次第に親交を深めるようになり、全員が一丸となって解読作業に没頭していく。

 エニグマの解読は連合国側の勝利に大いに貢献し、1945年5月、欧州は終戦となる。

 戦後、ある男性と同性愛関係を結んだことが警察に知られ、チューリングは性的指向を「矯正する」ための薬を飲まざるを得なくなった。薬を飲むか、投獄されるかのどちらかを選ぶように言われ、チューリングは薬を飲む方を選択したのである。

 晩年、孤独になってゆくチューリングの姿が痛ましい。1954年8月、チューリングが自宅で亡くなっていることを家政婦が発見する。死因審問の結果は自殺であった。

 LGBT運動が進んだ現在からすると、信じられないような悲劇である。

 同性愛行為が違法ではなくなったのは、1967年。チューリングの死から13年後。2009年、当時の首相がチューリングを性犯罪法(当時)で有罪としたことを謝罪し、2013年、エリザベス女王はチューリングを赦免した。4年後、かつて同性愛行為で有罪となった5万人以上の男性に恩赦が与えられた。

 ブレッチリー・パークでのチューリングと仲間たちの仕事は地味だった。思うように解読作業が進まず、「ほかの男性たちは戦場で敵と戦っているに、自分たちはデスクの前に座って、いったい、何をしているのか」。そんな声が出るほどだった。チューリングたちの仕事の内容やその貢献について、戦後長い間、国民には知らされなかった。

 空中を飛ぶ爆撃機、戦闘場面、がれきとなった家の様子を示す場面がところどころに出てくる。映画の中の戦争の舞台は欧州であるものの、戦争の現実が少しは身に迫って見えてくるのではないか。

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 筆者記事

 暗号機「エニグマ」を解読した数学者アラン・チューリングが英国の新50ポンド札の顔になる(2019年7月16日付)

 

 映画の事実とフィクションについて書かれた記事(英語)

 The True Story of The Imitation Game(「タイム」、2014年11月28日付)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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