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【北アイルランド・ルポ】「二流市民扱いはごめんだ」 同性婚の合法化を求めたデモの参加者の声

小林恭子ジャーナリスト
「平等な結婚を」と呼びかける、デモの運営者たち(撮影筆者)

 「二流市民扱いは、ごめんだ!」

 そんな怒りに満ちた声を聞いたのが、18日、北アイルランドの首都ベルファストで行われた、同性婚の合法化を求める市民デモだった。

 英国では、2013年にイングランドとウェールズ地方で、2014年にはスコットランド地方で同性婚が合法化されているが、北アイルランド地方ではまだ実現してない。アイルランド島南部のアイルランド共和国でも、すでに合法化されている。

 同性婚の合法化を阻んだのは、2015年11月、合法化に向けた法案が北アイルランド議会に提出された時、過半数の議員が賛成票を投じた一方で、プロテスタント系の民主統一党(DUP)が「懸念事項の申し立て」条項を使って反対したことによる。この条項は、北アイルランド議会で少数意見が無視されないように設定されたものだ。

 DUPは同性愛を罪とみなす「アルスター自由長老派教会」が創設した政党である。

 放送局チャンネル4の調査によれば、北アイルランドで、去年1年間にLGBTの地位向上に使われた金額はほんの318ポンド(約4万4000円)だったという。一方、別の放送局スカイテレビによれば(2018年11月)、北アイルランドの76%の市民が同性婚合法化を支持すると答えている。

 デモが行われた18日は、LGBTの権利向上のためにも活動していたジャーナリスト、ライラ・マッキーさんが、カトリック系武装グループ「新IRA」の男性による銃弾を受けて亡くなってから、ちょうど1ヶ月に当たる。

「合法になって、当たり前よ」

 ベルファスト市庁舎前から、デモの開始場所である聖アン大聖堂に向かう中で、二人の女性と知り合った。

ジョアンさん(左)とミリアムさん(撮影筆者)
ジョアンさん(左)とミリアムさん(撮影筆者)

 パートナー同士のジョアンさんとミリアムさんは、雰囲気がよく似ている。カナダ生まれのミリアムさんは「台湾でも、昨日(17日)、同性婚の合法化が認められた。早く北アイルランドでもそうなってほしい。もう何十年も持っている」と語る。

 欧州議会選挙(23日)が目前に迫り、ジョアンさんとミリアムさんは、無所属・独立候補のジェーン・モリスの宣伝カードをデモ参加者に配りたいと思っていた。道ゆく人に声をかけて、「もう選挙で誰に投票するか、決めましたか」と聞く。

 「中道の政党『アライアンス』を支持してきたけど、今回は、この人のほうがいい」とジョアンさん。「モリスはリベラルだし、同性婚も賛成している。同性婚は、合法になって当たり前だったのよ」。

 二人とも、英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)には反対だ。「EUは北アイルランドにたくさん支援している。EUの助けがなかったら、地域のプロジェクトや学問的な研究が止まってしまう」とミリアムさんは懸念する。

 数人の若者たちがいた。大学に入ったばかりの年齢に見えた。「モリスに投票してほしいの。ブレグジットも止められるわよ、投票したら」とジョアンさん。

 「ブレグジットは・・・止めたくないなあ」とグループの中の一人の男性が言う。ちなみに、2016年の国民投票では、北アイルランドでは55%が残留を選択している。

 「え?なぜ?」とびっくりするジョアンさん。

 男性が言う。「僕は左派的理由から離脱をしたほうがいいと思っている。つまり、EUは巨大な官僚組織だ。出たほうがいい」。

 ジョアンさんが反論しようとすると、男性は「ブレグジットより、朝食(ブレックファスト)が必要だ」と言いながら、仲間たちとカフェに行ってしまった。「全くもう。ブレグジットになったら、今までのように簡単に欧州の他の国で勉強したり、働いたりできなくなるのに。一番不自由になるのは、若者たちなのに」。

教育現場と同性婚

ライラ・マッキーさんの名前が入ったプラカードを持ってデモに参加する、支持者たち(撮影筆者)
ライラ・マッキーさんの名前が入ったプラカードを持ってデモに参加する、支持者たち(撮影筆者)

 デモの開始は、マッキーさんの葬儀が行われた聖アン大聖堂だ。大聖堂前の広間は「ライターズ・スクエア」(作家のスクエア)と呼ばれており、これもマッキーさんに関連する場所である。

 デモは「愛の平等」キャンペーンの1つで、慈善組織「レインボー・プロジェクト」、アムネスティ・インターナショナル、労組アイルランド支部、教員組合などが協賛した。

 運営側によると「7000から8000人」の参加者があったという。広場がだんだん人でいっぱいになってゆく。

 政界では合法化賛成が多いが、教職員の間ではどうなのか?

 教員組合のグループの中にいた男性に聞いてみた。「同性愛自体を否定的に見る人、保守的な人が多いのだろうか?カトリック系か、プロテスタント系かで見方は異なるのか?」

 男性は、「宗派に関係なく、合法化に賛成だったり、反対だったりする場合があるが、教師全体では合法化賛成が大多数だと思う。ネックはDUPのみだ」と答えた。

シン・フェイン党のアダムズ元党首の顔も

 デモが始まった。目指すは、ベルファスト市庁舎だ。

 マッキーさんの支援者のグループ、「愛の平等」キャンペーンのグループ、教員労組グループの他に、複数の政党のグループがあった。

 リーダー役になる人が、「私たちは何がほしいのか?」とグループに叫ぶようにして聞き、グループが「結婚の平等だ!」と叫び返す。次にリーダーが「いつ、ほしいか」と叫ぶと、グループが「今だ!」と返す。この言葉を繰り返しながら、デモ参加者たちが歩いた。

デモの様子を見る通行人たち(撮影筆者)
デモの様子を見る通行人たち(撮影筆者)

 通りでデモの様子を見ている通行人たちは拍手を送ったり、不審そうに遠巻きに見ていたりする。デモ自体は北アイルランドの生活の一部となっているが、「同性婚」というテーマが馴染まないものと思われているのだろうか。

シン・フェイン党のグループ。垂れ幕中央の男性がアダムズ元党首(撮影筆者)
シン・フェイン党のグループ。垂れ幕中央の男性がアダムズ元党首(撮影筆者)

 シン・フェイン党の垂れ幕を持って歩く人々の中に、馴染みある顔があった。元党首のジェリー・アダムズ氏だ。かつては、カトリック系過激組織アイルランド共和軍(IRA)の幹部だったと言われているが、当人は否定している。ところどころが白髪となったアダムズ氏はリラックスした様子で、周囲のデモ参加者と言葉を交わしながら、歩いていた。デモが市庁舎に入った頃には姿がなく、途中で抜け出たようだ。

 最大のライバルとなるDUPとは違うことを、改めて示す意味があったのかもしれない。

LGBTの旗を振る男性(撮影筆者)
LGBTの旗を振る男性(撮影筆者)

「二流市民にするな」

ジョン・ドハティさん(右)と恋人(撮影筆者)
ジョン・ドハティさん(右)と恋人(撮影筆者)

 

 市庁舎前に作られた簡易ステージで最初に演説をしたのは、運営者の一人、ジョン・ドハティさんだ。パートナーの男性の手を握りながら、話し出す。

 「ここで私は権利を得るために戦う人たちへの連帯を示したい。(北アイルランドでは事実上禁止状態の)人工中絶を可能にしたいと願う人、アイルランド語で教育を受ける権利を望む人たちとの連帯を示したい」

 

 「私には愛するパートナーがいる。自分は幸運だと思う。それでも、怒りも覚える。自分たちが二流市民として扱われているからだ。平等に愛する権利が与えられていない」。

 ドハティさんは、2017年から停止状態となっている、北アイルランド自治政府の再開を要求した。

 「再開の条件として、同性婚合法化に優先的に取り組んでほしい」、「すべての人のための政権になってほしい。一部の人のための、ではなく」。

 ドハティさんは舞台上でパートナーと長いキスをした。集まった人々から大歓声と口笛が続いた。

「希望は捨てない」

 次に話したのが、マッキーさんのパートナー、サラ・カニングさんだ。

 人々の歓声や支援の声が飛び、カニングさんは、なかなか話を始めることができない。

 平等な結婚は、「オレンジ色や緑色の話ではないと思う」と話す。

 地元住民にとって、オレンジはプロテスタント、緑はカトリック住民を指すのは明らかだった。オレンジは17世紀、カトリックの国王ジェームズ2世に勝利したプロテスタント国オランダ出身のウィリアム王(オレンジ公)に由来し、緑はアイルランドを意味する。

 「オレンジでもなく、緑色でもない」とは、同性婚の合法化を「政治のツールにするな」という戒めである。

 北アイルランドは、2017年から自治政府が崩壊しており、中央政府の直接統治下にある。そこで、カニングさんはブレッドリー北アイルランド相とメイ首相に訴えた。「私たちは税金を払っている。(他の人と)同様の法律で守られているはずだ。なぜ結婚に関しては、同じ権利を与えられないのか?」

 何でもカトリックとプロテスタントの宗派同士の争いの文脈で語られる、北アイルランド。そこで、カニングさんはこう言った。

 「同性愛のカップルは宗教、文化的背景、人種に関係なく存在する。同性婚を合法化したからと言って、特定の文脈を持つ人が『勝つ』ことを意味しない。すべての人にとっての勝利になる」。

 マッキーさん自身が、LGBTの権利向上のための活動家だった。彼女の死をきっかけに、今月上旬から自治政府再開についての話し合いが中央政府と北アイルランドの地方政党との間で始まっている。

 しかし、交渉が成功するかどうかは、わからない。例えば、南のアイルランドと北アイルランドとの統一を目指すシン・フェイン党はアイルランド語教育の必修化を求めているが、英国への帰属継続を望むDUPはこの条件を拒否しており、落とし所が見つかりにくい。

 中央政界自身が今、揺れている。23日の欧州議会選挙では、与党保守党も最大野党・労働党もこれまでの議席を大幅に減らすと見られており、そうなれば、メイ首相への辞任要求はますます強くなる。メイ氏は6月末には辞任と言われているが、6月上旬に早まる可能性もある。

カニングさん(撮影筆者)
カニングさん(撮影筆者)

 デモが始まる前に、筆者はカニングさんと話す機会を持った。

 自治政府が崩壊し、中央政府もガタガタ状態。「どうしたら、同性婚合法化が実現できるのだろう?」と聞いてみた。

 カニングさんは「正直、分からない」。聖アン大聖堂で、マッキーさんの葬儀に来たブラッドリー大臣やメイ首相には、「ライラの意思をくんで、合法化に協力してほしい」、と直接訴えたという。

 「きっと実現すると思う。希望があると思っている」。

 「北アイルランドは、これまでにも何度も希望を打ち砕かれてきた。何度も、何度も。打ち砕かれることには、慣れている。希望は捨てない」。

マイクに向かって話す、アレックスさん(撮影筆者)
マイクに向かって話す、アレックスさん(撮影筆者)

 続けて舞台に登場したのは、16歳のアレックスさん。同性愛者であることを公にできず苦しんだことを話す。オープンにしてからは、いじめられたという。「憎悪には希望で対抗できると思う」。

DUPから、初の同性愛者の候補

 DUPは先月、アッと驚かせる動きに出た。

 地方議会の選挙に、同性愛者であることオープンにしているアリソン・べニングトンを選んだのだ。DUPのフォスター党首は、その政治家としての力量を見て選んだという。

 しかし、DUPの全員がこの選択に満足しているわけでは無いようだ。DUPの創設者イアン・ペイズリーの娘と結婚したジェームズ・ベッグ氏は、同性愛者の選択は「神の意思に反する」と述べた。18日、このような選択をするDUPはもう支持できないとして、党を離れた。

 ベルファストでの同性婚の合法化を求めるデモに、かつて女性たちが選挙権を求めて戦った歴史が重なって見えた。

 北アイルランドは英国の一部。だが、北アイルランド議会が合法化を実現させなかった。そして今、北アイルランド自治政府自体が崩壊しているため、住民は自分たちでものごとを決められない状態となり、不満感が募る。

 合法化反対のDUPと賛成のシン・フェイン党は、ともにロンドンの下院に議席を持つが、シン・フェイン党は「英国の女王に忠誠を誓えない」という政治的理由から、議員を登院させていない。北アイルランド住民の声を下院で代弁するのは、DUPのみ。

 北アイルランドの住民は、政治家に失望させられている。

 地方議会の政治家にも、そして、ブレグジット実現のめどが立たないまま右往左往する中央政界の政治家にも、である。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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