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キャサリン妃の「完璧な」出産に、米コラムニストが疑問の声を上げる

小林恭子ジャーナリスト
第3子出産後に集まった人に手を振る、キャサリン妃とウィリアム王子(写真:ロイター/アフロ)

 英ウィリアム王子(王位継承順位2位)の妻キャサリン妃が、23日、第3子(王子)を出産した。

 その後、王子の名前は「ルイ・アーサー・チャールズ」とする発表があった。称号は「プリンス・ルイ・オブ・ケンブリッジ」となり、これからは「ルイ王子」と呼ばれるようだ。

 出産翌日の英国の新聞は、ウィリアム王子と赤ちゃんを抱くキャサリン妃を様々な角度から撮影した写真を大きく扱った。

 国民的慶事ではあるのだけれども、若干の疑問を感じた人もいたかもしれない。筆者もそんな1人だ。

 出産から退院までの速さに、まず驚いてしまった。何しろ、出産は23日の午前11時。同じ日の午後6時ごろ、白いレースの襟が付いた赤いワンピースを着たキャサリン妃は報道陣の前に姿を見せ、カメラのフラッシュや声援に対応した後、病院から自宅へと向かった。病院に入ったのはこの日の朝8時過ぎだったので、10時間ほどですべてを済ませて帰宅したことになる。

スピード退院が可能になったわけは

 この「スピード退院」については、いくつかのメディアが取り上げており、日本語では「Elle Online」がこれが可能になった理由を書いている。

 

 記録更新!? キャサリン妃が産後7時間でスピード退院したワケ

 これによると、最初の出産では産後26時間で、第2子では産後10時間で退院していたという。今回の産後7時間は、それを上回る。

 その理由として、(1)英国では「無痛分娩&日帰り出産が主流」であること、(2)マスコミ対策と他の母子たちへの配慮、(3)退院後も24時間体制のメディカルサポートがあることを挙げている。

 しかし、それにしても、なぜこれほどまでに急がなければならないのか。

 筆者は子供を産んだ経験がないので想像になるけれども、普通に考えて、出産は女性の身体にいくばくかでも負担になるだろう。その直後に、ヘアをセットしてもらい、完璧なメークをしてもらい、世界中からやってきた報道陣のカメラの前に立って「にっこり」する・・・これはまるで仕事である。

 当日は「少し1人でゆっくりしたい」、「夫や子供たち、新しい子供とプライベートな時間に浸りたい」とは思わないのだろうか。

 例えば、出産日は病院でゆっくり休んで、病室内で子供と一緒に撮影した写真を公にするだけにし、自分達は後で病院の裏からそっと帰宅する、という形でも国民の期待には十分応えられるはずである。

 私たち(メディアと国民)はキャサリン妃に対して、過度の献身ぶりやサービスを期待しすぎているのではなかろうか。キャサリン妃が(想像上の)「過度の期待」に「過度に応えている」ことはないのだろうか?

 英王室はこれまで、世界中のタブロイド紙、ゴシップ雑誌、パパラッチから追いかけられてきたが(その典型がウィリアム王子やヘンリー王子の母親である故・ダイアナ妃)、過度にメディアや国民の期待に応えようとすれば、「何もかも知りたい」、「何もかも知る権利がある」という気持ちに火をつけることにつながるのではないか、という問いかけである。

 また、出産経験のある女性、あるいはこれから出産をする女性に「ここまで完璧にしなければ」というプレッシャーを与えることにつながらないだろうか。

子供を持つ母親からすると

 そんなことを考えていたら、米ワシントン・ポスト紙の女性コラムニストが、キャサリン妃の病院前の姿に対する違和感について書いていることを知った。

「そう、ケイトは出産後完璧に見えた。いいえ、これは普通ではない」

 Yes, Duchess Kate looked flawless after giving birth. No, this isn’t normal.

 書き手のエイミー・ジョイス氏は、キャサリン妃のスピーディーな退院、カメラの前に出た姿の完璧さに驚き、何故キャサリン妃がこんなことができたのかを説明した後で、出産のあるべき姿について議論が起きるだろうと予測している。

 いずれにしろ、それぞれの母親が自分の子供にとって何が最善かを決めるしかない、と書きながらも、キャサリン妃の例を見て、「居心地が悪い比較をしてしまう」母親がいることも事実だと指摘する。

 例えば、米国人サマンサ・シャンリーさんはドイツの病院で2008年冬に赤ん坊を出産した。出産の翌日に帰宅することにしたシャンリーさんの場合、子供を抱きかかえた当時の夫と共に、トラムの駅までかなりの距離を歩かなければならなかった。「吐きそうだったわ。それでも(トラムに乗った後に)最寄りの駅で降りて」、それからまた自宅までかなり歩いた。「公園のベンチで休み休み、歩いたわ」。

 シャンリーさんがジョイス氏に語ったところによると、シャンリーさんの母親は1970年代のウーマンリブの世代に育ったので、女性は何でも完璧にできると考えるような出産を続けた。しかしこれは、「普通ではない基準に合わせようと、自分を駆り立てることを意味していた」。

 冬の日、産後にかなりの距離を歩いたために、シャンリーさんは風邪を引き、乳腺炎にかかり、完璧にはできないことへの罪悪感を持ったという。「理想に合わせようとしていたのだと思う」。キャサリン妃は「帰宅後に、家の中のすべての面倒を見る必要はないわよね」。

 ジョイス氏によれば、多くの母親にとって、キャサリン妃の病院前での笑顔は「出産を理想化する文化を示す、1つの例だった」。

 「出産後の憂うつや、そんな状態からいかに立ち直るかなんて、誰も話したがらない」(シャンリーさん)。「自分は失敗したんだという気持ちがつきまとう。赤ん坊と過ごす優しい時間を写す写真をネット上にたくさんの人が出している・・・出産がどれだけ女性の身体に変化を与えるかについてはほとんど無視しているみたい」。

 ジョイス氏自身は、キャサリン妃の映像を見ていて、「彼女は私たちの大部分とは全く違う生活をしているのだと改めて感じた」という。

 母親たちは「みんな、頑張っている。出産はとても困難なものだし、外からどんな風に見えるかは別として、完璧なおとぎ話ではないのは確か」と締めくくった。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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