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英ガーディアン紙の生き残り方 ー読者の支援が基盤 「社会をより良くする」ため

小林恭子ジャーナリスト
ガーディアン紙とオブザーバー紙の編集部があるビルの外観(写真:ロイター/アフロ)

 **日本新聞協会が発行する週刊「新聞協会報」(2017年12月12日付)に掲載された、筆者の原稿に補足の上、掲載しています。**

 デジタル化時代の進展により、英新聞界は大きな変貌を遂げている。昨年3月には4大高級紙の一つインディペンデントが電子版のみに移行し、紙の新聞の終えんがいよいよ始まったと受け止められている。

 英ABCによると、最大の発行部数を誇る大衆紙サンは2011年6月の280万部から今年10月には150万部に半減した。保守系高級紙デイリー・テレグラフは62万部から46万部に、リベラル系のガーディアンは約25万部から約14万部に減少した。各紙とも電子版の閲覧者数は大幅に増加しているが、無料閲覧を基本としてきたため電子版から十分な収入を上げることができずに苦しむ。

 保守系高級紙タイムズ、高級経済紙フィナンシャル・タイムズは電子版有料化の道を選択したが、ガーディアンは無料のままだ。

寄付も収入源

 ガーディアンは今、負債削減3か年計画を進めている。4月までの1年で従業員を1860人から1563人に削減した。来年1月からは欧州大陸の新聞のサイズに近い現在の「ベルリナー判」(2005年導入)を小型タブロイド判に変更予定だ。その方が印刷費用が浮くそうだ。

 キャサリン・バイナー編集長によると、読者からの支援額(寄付、会費、購読料)が広告収入を上回っているという。最低2ポンド(約300円)からの寄付金制、月会費5ポンドの会員制度で得た収入と購読料が「読者からの収入」となる。何らかの形で資金を提供する人は合計で80万人に上る。

 同編集長は11月16日、「危機の時代のジャーナリズムの役割」と題し講演した。伝統的な新聞社のデジタル時代の戦略の一部を紹介する。

常に「市民の側にいる」新聞

 ガーディアンの創刊は「ピータールーの虐殺」(1819年)が発端だ。マンチェスター北部の聖ピーター前広場に、議会改革を要求する約6万人の群衆が集まった。これを当局が弾圧し、死者11人、負傷者数百人を出した。この場面を目撃した28歳のジャーナリスト、ジョン・エドワード・テイラーがその2年後に「マンチェスター・ガーディアン」を創刊する(1959年に「ガーディアン」に改称)。政治に目覚めた市民に情報を提供する新聞、常に「市民の側にいる」新聞の歴史が始まったという。

 1872年から50年間編集長を務めたC・P・スコットの下、ガーディアンは「道徳観のある新聞」として成長する。公的空間の価値を信じ、公益を重んじ、社会の平等、自由と公正を理想に掲げる姿勢を確立した。

 しかし、インターネットが生まれてから公的空間の様相が変わってきた。情報は誰にでも開かれるようになった。多くの報道機関がネットを脅威と見なす中、ガーディアンはこれを歓迎する。

 一方、ネットの負の面があることも分かってきた。

 巨大なネットのオーディエンスが紙の発行部数と広告の減少を補うとみたものの、フェイスブック(FB)とグーグルがデジタルの広告収入をのみ込み、報道機関によるデジタルジャーナリズムは意味を失った――とバイナー氏はいう。

 アルゴリズムを利用した広告に依存する新聞社は「事実を確認せずに、クリック狙いの記事を出す」競争に入ったと指摘。多くの人がFBを通じてニュースを得るようになり、人々はメディアを含め既存の組織への信頼感を失ったと述べた。

公益追求は不変

 講演の後半で、バイナー氏は広告収入を増やすためにジャーナリズムを犠牲にする道は選択しないと宣言した。ガーディアンは「公益のためジャーナリズム」を追求し、読者とは「モノを売買する関係にはならない」。読者にはガーディアンのコミュニティーに参加してほしいと呼び掛けた。ガーディアンが提供するのは事実だとし「何が起きているかを探り出し、権力者に挑戦する。最終的には社会をより良い方向に動かすことを目指す」と語った。1821年の創刊以来、「明確さと想像力によって希望を築き上げる」との使命は変わっていないと述べて講演を終えた。

 講演に対する読者の声が11月25日付電子版に掲載されている。双方向でジャーナリズムを作り上げようとするガーディアンならではの試みだ。「富裕層と権力者の行動の暴露は実にガーディアンらしい」「なおざりにされている地域の報道をもっと増やしてほしい」「地方紙とジャーナリズムの支援に積極的に取り組むべき」などの意見が紹介されている。

 市民の側に立ち、公益性と社会をより良くするためのジャーナリズムで、ガーディアンは生き残りを図る。

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 筆者の感想だが、バイナー編集長の話を聞くと、ガーディアンらしいというか、一種の社会運動として新聞を作っていることが改めて分かる。これはこれで、一つの方向だと思う。読者からの支持は非常に高い。

 その一方で、「社会運動=新聞」という姿勢を前面に押し出されると、少し違うと思う人が英国内に存在することも付け加えておきたい。そういう人は右派系タイムズ、テレグラフ等を読むのだろうと思う。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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