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「女性差別」で非難を浴びたBBC ーオンデマンドサービスの成長とグローバルリーチを目指す

小林恭子ジャーナリスト
BBCが年次報告書を発表(写真:ロイター/アフロ)

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」9月号に掲載された、筆者記事に補足しました。)

 BBCで今秋から始まったのが、BBCの内幕を描くコメディ「W1A」だ。中間管理職が意味のない言葉を発しながら、「問題」を解決しようと右往左往する。官僚主義的振る舞いや言葉のオンパレードとなっている。実際にニュース報道部が置かれている建物を使ってドキュメンタリータッチで描かれるので、「これって、本当なの?」とついつい思ってしまう。ちなみに、主演は「ダウントンアビー」の父親役で知られるヒュー・ボナビルである。

BBCの中間管理職のドタバタを描く「W1A](BBCのウェブサイトより)
BBCの中間管理職のドタバタを描く「W1A](BBCのウェブサイトより)

 BBCが本当にドタバタ劇を展開したのが、7月に発表された年次報告書の中にあった、スターの年俸事件だった。

 この点については以前にも少し書いたが、年次報告書の内容の紹介も兼ねて、まとめてみた。

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 去る7月19日、BBC(英国放送協会)が年次報告書(2016年4月~2017年3月)を発表した。この中に含まれた高額報酬を得る出演者・職員のリストで男女格差が露呈し、BBCは大きな非難の的となった。

 BBCは以前から経営陣の給与額を公表してきたが、一定の金額以上の報酬を得る出演者・職員の名前と報酬額を公開するのは初めて。今年1月から発効した新たな「特許状」の規定の下、政府がBBCに対し経営の透明性を高めるためこうした情報の公表を求めた。

 

 特許状はBBCの存立と業務を規定する文書で、ほぼ10年毎に更新される。今回は今年1月から2027年末までの11年間が対象となる。

トップの男性DJの報酬は3億2000万円以上

 BBCによると、年間15万ポンド(約2100万円)以上の報酬を得る出演者は96人(ちなみにメイ首相の給与は約15万ポンド)。その3分の2は男性だった。男女合わせたトップはBBCラジオ2のDJクリス・エバンズ(220万~約225万ポンド)。円換算で3億2000万円を超える。

 次が元サッカー選手で現在は解説者のギャリー・リネカー(175万~約180万ポンド)、自分の名前を冠した番組を持つグレアム・ノートン(85万~約90万ポンド)と続く。

 女性のトップはダンス番組の司会者クローディア・ウィンクルマン(45万~約50万ポンド)で、男性陣と比べると大きな差がついた。ホールBBC会長は「2020年までに性別による報酬の格差を解消する」と述べたが、40人を超える女性司会者などが公開書簡を送り、「今すぐ、解消してほしい」と訴えた。

 BBCをライバル視する新聞各紙は高額報酬を得る出演者の顔写真と報酬額を1面に掲載し、BBCが視聴者から得る受信許可料(NHKの受信料に相当)を無駄遣いしている、女性を差別しているという文脈で大々的に報道した。 

 英国の主要放送局(BBC、ITV、チャンネル4、チャンネルファイブ)は運営の資金繰りは様々だが「公共サービス放送」というカテゴリーに入り、 一定の質の番組を放送する義務が課せられている。その中でも最大手のBBCが性差別をしていたとなれば、「公共」のサービスとしては公平を欠く。政治家も議論に加わり、BBCに対する非難の嵐となった。

 高額報酬者のリストには一種のからくりもある。制作プロダクション会社を通して報酬を受け取る出演者は、このリストに名前が出ないのである。

同じ職でも違う報酬

 同じ番組を担当していても、他の出演者よりも多い金額をもらう出演者もいる。

 BBCラジオ4の時事番組「トゥデー」のジョン・ハンフリーズがその一人だ。その報酬額は60万から約65万ポンドで、他の司会者の報酬の2-3倍だ。BBC経営陣はこれまでスター級の出演者に高額報酬を払う理由を「ライバル局に取られないようにするため」と答えてきた。

 ハンフリーズはBBCラジオ4の「メディア・ショー」の中で、「報酬が減額されてもBBCに残るか」と聞かれ、「もちろんだ」と答えている。(7月19日放送)。しかし、「10~20万ポンドを削減されても残るか」と畳みかけられると、「それはBBCに聞いてほしい」と即答を避けた。

 国家統計局の調べでは、男性の方が女性よりも18・1%多い報酬を得ている。BBCで働く人全員ではその差は10%だったという(ホール会長)。

 

経営体制を刷新したBBC

 年次報告書からBBCの現況を見ると、従業員は2万1271人(国内放送が1万9357人、商業部門のBBCワールドワイドが1706人、その他が208人)にのぼる。収入は受信許可料が約37億8700万ポンド、商業収入他が約11億6700万ポンドで合計49億5400万ポンド。民放最大手ITVの年間収入の約2倍に相当する。

 ちなみに、英有料テレビ市場で首位にある衛星放送スカイの年間収入は80億ポンド(2016年6月末決算)に上る(英国とアイルランド共和国での合計収入)。

 英国の成人の95%がBBCのテレビ、ラジオ、オンラインのいずれかのコンテンツに毎週接している。他局と比較すると、BBCテレビの週毎のリーチ率は78.8%、ITVは67・7%、チャンネル4は58・9%、チャンネルファイブは41・9%、スカイは40・1%の順になる。

 特許状の規定に従い、BBCには4月から新たな経営体制が敷かれている。

 NHKの経営委員会に相当する「BBCトラスト」が廃止され、「BBC理事会」(12人体制)が新たに発足した。BBCの戦略、番組内容、公共サービスおよび商業部門の活動、予算、苦情処理などに最終責任を持つ。業務内容はBBCトラストと重複するが、経営陣からのより高い独立性が求められている。理事長はイングランド中央銀行のクレメンティ元副総裁だ。

 日々の運営に関わるのは10人体制の経営陣で、そのトップはホール会長になる。BBCトラストは経営陣と近すぎるために適切な経営上の判断ができなかったといわれた。そこでBBC以外の人物を理事会で大多数にし、外からの風を入れた。

 トラストが担当してきた規制・監督業務はオフコム(情報通信庁)に移管された。オフコムは通信および放送業界の規制・監督組織で、各放送業者に放送免許を与える役目を持つ。放送基準も作成し、放送局はこの基準を守りながら番組作りを行う。創立以来自主規制でやってきたBBCだが、これが大きく変わることになる。

 特許状更新までの政府との交渉で、BBCは悲願だった受信許可料制度の維持を死守した。同時に、何年も凍結されてきた金額の値上げが可能になった(4月から年間145.50ポンドが147ポンドに)。2021年度まではインフレ率とともに上昇する。

グローバルリーチを目指すBBC

 年次報告書と同時に発表された年間計画書によると、「新しい世代のためにBBCを改革する」が活動の狙いだ。これを実行に移すためには「働きやすい職場」と「財政の安定」が必要となり、これを元に「誰もがBBCから何かを得られること」、「世界でもトップクラスの創造性」、「グローバルなリーチ」を達成することを目標としている。

 このため、12の戦略的優先事項を記している。(1)オンデマンドサービス「iPlayer」の成長、(2)2000万人のBBC視聴者を会員にする、(3)BBCというブランドの見直し、(4)若者層の開拓、(5)オーディオコンテンツの拡充、(6)様々なデバイスでニュースを流すと同時にスローニュースも重視、(7)教育を強化、(8)働く人及びコンテンツに多様性を深める、(9)英国のクリエイティブ産業に貢献、(10)子会社化した制作部門「BBCスタジオ」を成長させる(これで他局の番組制作も可能になった)、(11)商業部門BBCワールドワイドを成長させる、(12)ラジオ部門のBBCワールドサービスを拡充する。

 グローバルな視野がBBCの戦略の特徴の1つと言えよう。

日本でも(無料)オンデマンドが広がるか?

 最後に、日本との比較で気になることを補足しておきたい。

 新聞報道などによると、NHKは2019年からテレビ番組のネット同時配信を進めようとしているが、民放、新聞界などからこれを制止する動きが出ているようだ。日本テレビの大久保好男社長は「NHKが同時配信に大きな費用をかければ、民放とのバランスが崩れる」と発言した(朝日新聞7月24日付)。公共性を巡る法律上の問題、民放特に地方局への負の影響などさまざまな「障壁」があるようだ。

 報道の論点は多様だが、出てこない言葉があることに気づく。それは「視聴者の利便」である。英国ではこれがネット配信推進の大きな原動力となった。

 英国で主要放送局による番組のネット配信が一気に広がったのは2006年末頃だ。主要放送局が無料で番組再視聴サービスや同時配信サービスを提供し、2012年のロンドン五輪開催時から生番組の巻き戻し再生視聴が導入されている。現在、英国の視聴者は番組表で決められた特定の時間にテレビの前に座る必要がなくなった。

 ネット配信の普及の背景には「公共サービスとしての放送」の伝統が長く続いたこと、放送と通信の融合が2003年の通信法で現実化したこと、テレビ界の巨星BBCが無料でサービスを提供すれば他局もこれを追わざるを得なかったという要因があった。視聴者の利便性を中心に据えて各局が競争をした結果、いつでもどこでも番組コンテンツの視聴が可能になった。

 民放が強い日本の放送業界は、事情がだいぶ異なるだろうと思う。英国の例をそのまま導入することは難しそうだ。

 それでも、何とか、日本の放送業界でもネット視聴において大きな前進が見られるように願っている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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