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米21世紀フォックスによる英有料テレビ、スカイ買収に当局の壁 ーメディア王、マードックの野望に懸念も

小林恭子ジャーナリスト
21世紀フォックスとニューズ・コープを統括するマードック一家(中央がルパート氏)(写真:ロイター/アフロ)

 (日本新聞協会発行の「新聞協会報」(8月8日)に掲載された筆者のコラムに補足しました。)

英有料テレビ、スカイ買収に当局の壁

 米メディア大手21世紀フォックス(以下、フォックス)による英有料テレビ最大手スカイの完全買収を巡って、昨年来フォックスと英政界との間で綱引きが続いている。

 フォックスはすでにスカイ株の39%を保有しているが、未保有株61%の株を買い取って完全子会社化することを数年前から画策してきた。昨年12月に買収金額117億ポンド(約1兆7000億円)をスカイ側に提示した。

 フォックスの共同会長を務めるルパート・マードック氏は、1960年代後半から英国の新聞を次々と買収してきた。現在は日刊紙で最大の発行部数を持つ大衆紙サン、その日曜版サン・オン・サンデー、高級日刊紙タイムズと日曜版のサンデー・タイムズを同じく共同会長を務めるニューズ・コープを通じて発行している。もし、英国の有料テレビ市場をほぼ独占するスカイを完全子会社化した場合、同氏が経営するメディアが英国で過度に大きな影響力を持つ可能性やメディアの多様性が崩れるのではという懸念が出ている。

なぜスカイを狙うのか

 スカイは英国及びアイルランド市場では1240万の有料契約者を持つ。2016年6月末決算の年間収入は前年比7%増の80億ポンド(約1兆1500億円)。ちなみに、公共放送BBCの国内活動を賄うための総収入はテレビ受信料37.87億ポンドを含む49・54億ポンドである(17年3月末決算)。スカイはテレビ局であるばかりではなく、電話回線、インターネット接続などをパッケージとして販売する通信企業でもある。また、サッカーのプレミアリーグや自動車レース「フォーミュラー1」の独占放送を行うチャンネル「スカイ・スポーツ」も認知度が高い。

 元々、マードック氏はスカイの創成期からそのビジネスに関与していた。スカイは以前はBスカイBという名称で、1990年、英国衛星放送(BSB)と欧州向けに放送を行っていたスカイチャンネル(旧衛星テレビUK)が合併して発足した。マードック氏はスカイチャネルの所有者だった。

 フォックス側がスカイの完全買収を目指すのはテレビ業界の将来性を見通してのことだ。

 英国ではどの新聞も部数が下落傾向にあり、広告費も減少気味だ.2016年の地方紙の広告費は前年比13・2%減、全国紙は10%減と激減する一方、テレビ広告費は前年比で0.2%増えた。放送局のオンデマンド動画サービスに特定すると12・6%増になる。

マードック・メディアへの反感

 英国では長い間、少数の富裕な経営者が複数の新聞を所有して「メディア王」となり、新聞市場を寡占化することで政治に影響を及ぼしたり、世論を牛耳ってきた。マードック氏もそんなメディア王の1人といわれている。

 1980年代、すでに2紙を所有していたマードック氏はタイムズとサンデー・タイムズを買収したが、この時、通常であれば公正取引法に抵触する可能性があった。しかし、政府は独占・合併委員会による審査を依頼せず、時の通産相が買収を認可した。マードック側が委員会による審査をしないよう政府に圧力をかけた(政府は否定)というのが業界内の定説だ。

 2010年、マードック氏が率いるニューズ・コーポレーション(当時)はスカイの完全買収を試みた。しかし当時発行していた日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(後に廃刊)での大規模な電話盗聴事件が明るみに出たことで、市民や政治家から大きな非難の声が噴出し、2011年7月、買収提案を撤回した。

 マードック氏は13年、ニューズ・コーポレーションを映像関係のフォックスと出版ビジネスのニューズ・コープとに分けた。分社化は再度スカイの完全買収を試みる布石とも解釈された。

 昨年、フォックスはスカイに完全買収の意図を再度伝えた。今年3月、ブラッドリー文化相は「公共の利益への懸念」を理由に放送・通信業の規制監督機関「情報通信庁」(「オフコム」)にメディアの多様性と放送免許の適切性についての調査を、買収規制当局の競争・市場庁(CMA)には事前審査を要請した。

さらなる審査判断へ

 オフコムは6月、報告書を発表し、フォックスの100%傘下となったスカイはメディアの多様性に関する公益に懸念があり、CMAによる審査を求めることは正当化できるとした。「ラジオ、テレビ、出版、オンライン上に固有の存在感を持つ」マードック家が「英国のニュースの議題や政治過程に及ぼす影響が大きくなるリスク」を指摘した。フォックスが提供するFOXニュースで昨年夏に発生した性および人種によるハラスメント事件の発覚でフォックス・ニュースの企業文化に「重大な失点があった」としながらも、「フォックスの経営陣が不祥事を事前に認識していたという明確な証拠がない」ため、完全買収後のスカイは放送免許を持つに足ると結論付けた。

 6月末、ブラッドリー文化相は下院でCMAに対しメディアの多様性について本格的な審査を要請する意向を表明した。しかし、翌月には最終判断を決めかねていると説明した。夏が終わる頃までにはCMAによる正式審査が決まる見込みだが、スカイ側は返答の遅延に「失望した」と述べている(7月20日付フィナンシャル・タイムズ)。CMAが審査を終了するまでには最大で6ヶ月を要する。

 政界ではマードック家がメディア勢力を拡大することへの危機感がある。最大野党労働党の元党首エド・ミリバンド氏は早急な結論を出すように求めるマードック家の圧力に対し「強硬な態度を取るべき」と述べている(同記事)。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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