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欧州メディアのソーシャルメディア使いとは

小林恭子ジャーナリスト
ソーシャルをニュース源にする比率のトップはギリシャ(ロイター、デジタルレポート)

(「新聞協会報」10月18日掲載の筆者記事に補足しました。)

ソーシャルメディアー。日本ではいまだに、「一部の人がやるもの」という認識はないだろうか。市民レベルではそうではなくても、伝統的なメディア組織の中では、という意味でだが。

インターネット上には、あふれるほどの情報が飛び交っている。ニュースメディアにとって、自社が発信するニュースをいかに読者に見つけてもらうかが課題となった。ソーシャルメディアを通じて読者とつながり、ニュースを「発見」してもらうことが鍵になる。

英ロイタージャーナリズム研究所が欧米、日本、韓国など26か国で約5万人を対象に調べたところ、ソーシャルメディアでニュースに接する人は51%に上る(「デジタルニュースリポート 2016」)。ソーシャルメディアを「一部の人がやるもの」としていた時代は過ぎ去った。

英国の主要メディアはソーシャルメディアの利用指針を定め、適宜更新している。

BBCの指針(2015年版)は、ソーシャルメディアを「編集の仕事に欠かせない」ものと位置付ける。

(1)視聴者は役立つ情報や価値のあるコンテンツを見つけられる

(2)BBCは視聴者と簡単につながり、未開拓の視聴者にジャーナリズムを届けることができる

のが利点だという。

ロンドンの暴動をガーディアンは刻一刻と報じた(ウェブサイトより)
ロンドンの暴動をガーディアンは刻一刻と報じた(ウェブサイトより)

ソーシャルメディアを使ったジャーナリズムの事例としてよく知られているのが、11年夏にロンドンで起きた暴動をめぐるガーディアン紙の報道だ。

当時、ポール・ルイス記者は暴動の発生から数日間、スマートフォンを使いロンドンの様子をツイッターで実況中継した。ほとんどガーディアンのオフィスには戻らず、目撃した暴動や人の動きを写真、動画も使い伝えた。自ら見聞したことをつぶやくだけでなく、他のフォロワーや他のメディア・アカウントによるツイートを再投稿(RT)したり、関連情報を集めるためにハッシュタグを使用したりした。

ルイス氏のツイートはガーディアン紙による5種類の「ライブ・ブログ」に掲載された。数人のスタッフが刻々と事件の発生をつづる。社内の記者が原稿をまとめ、サイトと紙版の両方に記事が載った。

事件発生の第1報をソーシャルメディアに出す手法は、英メディアでは主流となった。他社に後追いされる危険もある半面、情報の一部を出すことで読者の関心を引くことができるからだ。

BBC、スカイニュース、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズ(FT)など大手メディアは、記者がツイッターで情報発信することを奨励している。事件の発生時には経過を刻々と報告するライブ・ブログを立ち上げ、記者のツイートをブログに盛り込む。

同時に、番組やニュースサイト、紙面に記者や関連のツイートから得た情報を生かす。

余談めくが、英メディアのソーシャルメディア使いを見ていると、日本の伝統的メディア組織の考え方とは違うように感じることがある。

日本の伝統的メディア組織ではソーシャルメディアは読者=オーディエンス=誰かほかの人=がやっているもの、という感覚があるような気がする。「オーディエンス」の中に、自分が入っていないような。

ところが、英メディアではメディア界で働く人自身が(その人も市民であるわけだし)ソーシャルメディアを使っており、オーディエンスの中に自分も入っている、という感覚がある。

この差は結構、大きい感じがする。

計測対象となるソーシャル

欧州のニュースメディアが近年力を入れているのが、閲覧者の行動分析だ。滞在時間のほか、読者への到達を示すソーシャルメディアからの流入率も重視される。

編集局にはどの記事がどれだけネットで読まれ、どのソーシャルメディアを通じ自社サイトに流入しているかや、競合相手となるメディアの記事の動きなども表示するモニターが置かれる。分析には米チャートビート社などが提供するソフトが採用されている。

FTは得られたデータを一覧表示し、編集・販売をはじめ全社的に共有する。

ドイツのヴェルト紙は流入率、滞在時間など複数の項目を基に、記事ごとに点数をつける。その結果を毎朝、記者に電子メールで流す。

「ソーシャルメディア・エディター」という編集職が設けられ、この人がチームのメンバーとともにニュースの拡散状況を追う。

FTでは「オーディエンス・エンゲージメントチーム」が、ソーシャルを含むプラットフォームにどの記事をいつどう出すかを記者、デスクとともに決めている。チーム統括のルネ・キャプラン氏は、自社サイトへのアクセスが「20~30%増加した」と話した(15年11月18日付、英専門サイト・ジャーナリズムUK)。

ヴェルトは閲読数の少ない記事をサイトの目立たない位置に移動させたりするという。一方で「重要な記事は、読者数に関係なく、目立つ場所に置く」ことで質を維持している。

FTやデンマークのタブロイド紙エキストラ・ブラデットが記事を閲覧する時間帯を調べたところ、朝昼夜の一定の時間にピークがあり、端末の選択も時間により変わることが分かった。

これは、真夜中の最終版に向け制作していた紙版の時代と、読者との関係が変わったことを示す。

読者は好きな時に好きな場所で好きなフォーマットでニュースを閲覧している。

デジタル・ファーストを実践する欧州各紙は「どのようにコンテンツを制作し、いつどう届けるかを考えて出す」方式に転換している。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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