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グーグルの欧州メディア支援策「Digital News Initiative」に160社が参加

小林恭子ジャーナリスト
「敵」から協力者に?(写真:ロイター/アフロ)

(日本新聞協会が発行する「NSK経営リポート」No27,2016・2号の筆者記事に補足しました。)

ネット時代のニュース報道を巡って一時は「敵同士」になった米グーグル社と欧州メディアが協力する動きが始まっている。

これが「Digital News Initiative」(デジタル・ニュース・イニシアティブ、DNI)という試みで、昨年4月末、グーグル社が発表した。

この中で大きな柱となるのが、DNIイノーベション基金だ。3年をかけて、グーグルが欧州のニュース・メディアやスタートアップに1億5000万ユーロ(約183億円)を投資し、オンラインニュースから得られる収入が増えるように支援する。

グーグルによると、「質の高いジャーナリズムを支え、テクノロジーとイノベーションを通じて、よりサステイナブルなニュースの生態圏を振興する」のがDNIの目的だ。

グーグルと欧州新聞界はこれまで様々な局面で衝突してきた。

新聞社サイトを含むニュースメディアから記事を拾い集め、グーグルニュースの形で無料提供するグーグルに対し、自社コンテンツを無断で使われたとみる欧州新聞界が一定の支払いを求めたり、表示内容の制限要求を出すなどの経緯があった。2015年には「グーグル税」の導入を前に、グーグルがスペインでのグーグルニュースのサイトを閉鎖する動きがあった(朝日新聞のデジタル・ウオッチャー、平和博氏のブログで詳細につづられている)。

欧州委員会はグーグルが検索サービスの独占的な位置を乱用している、自社広告を不当に優先しているなどと主張してきた。また、欧州全体ではグーグルが個人情報を大量に収集していることへの危機感を持つ人が少なくない。

DNIについて、英ガーディアン紙を発行するガーディアン・ニュース&メディア社の国際ディレクター、トニー・ダンカー氏は「大きな可能性を秘めたプロジェクト」として積極的に評価した(世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA=サイト、2015年5月5日)。

WAN-IFRAのヴィンセント・ペイレニュー氏も歓迎したが、プロジェクトの「統治、資金の割り当て、資金を受けた媒体の独立性、また政治的な影響を受けないかどうかに注意する必要がある」と指摘した(同サイト)。

DNIには現在までに欧州内の約160のメディアが参加。創立メンバーとして、ドイツのDie Zeit、スペインの El Pais、イタリアのLa Stampa、フランスのLes Echos、オランダのNRC Groupや欧州ジャーナリズムセンター、英国からはガーディアンやフィナンシャル・タイムズなどが入っている。

DNIのサイトによると、プロジェクトには3つの柱がある。1つ目は「製品開発」。グーグルとニュースメディア側が「製品開発グループ」を発足させ、収入、トラフィック、オーディエンス・エンゲージメント(滞在時間やソーシャルメディアでの拡散状況を測る指標)を増やすために緊密にかつ継続して話し合いを行いながら、新たなサービスを開発してゆく。

2つ目が「イノベーション支援」。デジタル・ニュースのジャーナリズムを支援するために、今後3年間で1億5000万ユーロのイノベーション基金(「DNIイノーベション基金」)を設置した。欧州内のメディア企業、ニュースのスタートアップ、提携する企業や個人が対象だ。昨年10月末から募集を開始し、今年2月24日、該当するプロジェクトが発表された(後述)。プロジェクトの選定は、基金のプロジェクト・チーム(6人)とグーグル社員や社外の人物で構成される委員会(13人中3人のみがグーグル関係者)による。

3つ目が「研修と調査」だ。ジャーナリズムの実践に向けての研修や調査の支援を行う。具体的には英ロイター・ジャーナリズム研究所が作成する「デジタル・ニュース・レポート」の対象国を20か国に拡大する。また、「ニュースラボ」と題する研修セッションではグーグルの検索や地図サービスなど各種ツールによる情報の探索手法や取材での活用法を学んでもらう。

2月に発表されたDNIイノーベション基金の受け手は、欧州23カ国の128のプロジェクトだ(リストはこちらで)。それぞれの支援の規模は大小さまざまで、2700万ユーロが投資される。

グーグルによると、そのうちの1つはスペインの「eldiario.es」で、ニッチなオーディエンスを見つけ、ジャーナリズムに投資するための資金をクラウドファンディング形式で集めるために使われる。

ドイツのスタートアップ「Spectrm」は、支援金を受けることで、インスタント・メッセージを使って、出版社側が読者と直接、対話ができるアーティフィシャル・インテリジェンス(AI)を開発する。

欧州内の逆風に悩むグーグルとデジタルニュースから十分な収益を上げることができず、切羽詰まった欧州メディア界とが手をつなぐ機会となったのがDNIだ。

すでに果実も生まれている。その1つが昨年10月に発表され、今年2月末から実施されている、モバイルでのニュースの読み込み時間を短縮させるためのオープンソースのプロジェクト(Accelerated Mobile Pages=AMP、アンプ)だ(参考記事)。

ニュースサイトをDDOS攻撃から防ぐためのサービス(「シールド」)もグーグルがニュースメディアに無料で提供している。

いずれもDNIに参加した欧州のメディア企業、テック企業とグーグルとの話し合いの中で生まれたという。

グーグルのDNIとは別に、次世代のメディア生態圏を作り上げるため、欧州委員会が音頭を取って行われているのが「ホライゾン2020」。2014年から7か年計画でメディアのイノベーション事業に投資を行う。投資額は2億4500万ユーロとなっている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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