映画「アリスのままで」 ー主演女優ムーアの演技に注目

米劇場公開用ポスター
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職業は言語学者、夫は医者で、3人の成人した子供達がいる。どの子供もそれぞれのキャリアをまっとうしているようだ。母としては、末っ子が将来性がないように見える女優を職として選んだことが気にかかるものの、職業的にも家庭面でも、満足がいく人生を歩んできた。ところが、思いもよらぬ「不運」が幸せな家庭に襲いかかるー。

米映画「アリスのままで」(米2014年公開、原題はStill Alice)は、若年性アルツハイマー病にかかった主人公=アリス=と彼女を囲む家族の話だ。アリスを演じた女優ジュリアン・ムーアが名演技を見せ、第87回アカデミー賞の主演女優賞を受賞している。

顔に広がる軽いそばかすがチャームポイントでもあるムーアは、私が住む英国でも相当に高い評価を受けている女優だ。近年ではレズビアンのカップルの一人を演じ、彼女たちと子供のドラマを描いた映画「キッズ・オールライト」(2010年、Kids Are All Right)が話題となった。自分が出演する映画を賢く選択する女優、という評価があるようだ。

英メディアもムーアの演技を一貫してほめており、ムーア見たさに劇場に足を運んだ。

「シングルマン」で最高に格好良い女性役

「シングルマン」の米劇場公開用ポスター
「シングルマン」の米劇場公開用ポスター

私は残念ながら「キッズ・オールライト」を見逃しているが、ムーアに目を留めたのは、コリン・ファースがゲイの大学教授を演じた「シングルマン」(2009年、A Single Man )を見たときだ。デザイナー、トム・フォードの初監督作品で、元の話はクリストファー・イシャーウッドの同名小説だ。

ファース演じる教授「ジョージ」と昔付き合っていた(男女関係が一時でもあった)女性「シャーロット」の役だった。二人の関係は長くは続かず、シャーロットはある金持ちの男性と結婚する。しかし、結婚生活はうまくゆかなかった。別居して、今は有閑マダムとなっている。

一方の教授は心から愛したパートナーの男性を亡くし、大きな衝撃を受ける。男性の死のショックから立ち直れない教授が心の拠り所としたのが、シャーロットとの友情だった。それでも、最後には生きる意欲を失ってしまい、自殺を決意した教授が身辺整理をする中で、最後に会う一人が、ムーア扮する元のガールフレンド。下着姿で鏡に向かい、電話を片手にメークをするムーアは最高に格好良かった。

そんなムーアの名演とあれば、「アリスのままで」を見ないわけにはいかない。元はリサ・ジェノヴァが書いた小説(2007年)だそうだ。

しかし、頭の片隅にちょっとあったのが、「アルツハイマーになってゆく様子をどこまで演じるのだろう?」だった。アルツハイマーといっても、いろいろな症状があるだろうし、一概には言えないのだろうけれども、家族や周囲にいる人にとって、かなりの生活上の困難さをきたす場合もあるだろう。実際に苦しんでいる人からすると、一体この映画はどう見えるのだろう、と。

将来の自分へのメッセージ

さて、映画が始まった。

ムーア・ファンとしては、その佇まい、ジョギングをする時の引き締まった体つき、短めのレインコートなどに目を奪われる。言語学者であるのに次第に言葉を忘れてゆく場面をハラハラしながら見た。

子供達や夫は状況を理解しようとし、家族で話し合ったり、助け合ったりする。それがいかにも、学者一家ではこんな風に物事が進むのだなあと思わせる。

言葉を忘れないように努力するムーア。将来、自分が何も分からなくなった時のために自分宛のメッセージも残す。

何がどうなったか分からなくなった時、将来の自分に向けてメッセージを残すという作業は、ベン・アフレックが主演した「ペイチェック 消された記憶」(2003年)を思い出させた。自分も、いつかは「将来の自分への手紙」を書くべきなのだろうかー。

何度かほろりとしながら最後まで見たが、特に強く心に残ったのは、末っ子と母ムーアとの絡みだった。アルツハイマーとは直接には関係がないエピソードなのだけれども。

「もっとまともな仕事を選びなさい」という母。女優を諦めない末っ子とぶつかり、互いを傷つけあう。世界観が違うから、二人はおいそれとは分かり合えない。しかし、ある事件がきっかけで、娘は「折れる」。「自分の主張を押し付ける、うるさい母」の愛情や気遣いが、娘の心にストレートに入ってくる。

多くの人にとって、「母」は特別な位置を占める存在だろうと思う。母であり、女性であり、「アリス」という一人の人間でもある人物がアルツハイマーを発症したことで、本人と家族がどう変わったのか、どうかかわっていったのかを、映画は淡々とつづってゆく。静かな悲しみ、落胆、自分らしさを維持しようとする女性の姿をムーアが演じる。

見終わった後で「なんだか綺麗すぎた感じ」を若干与えてしまうようにも思った。知的な家庭の「静かな嵐」、という印象も。ネットで映画評をいくつか読んでいたら、この点を指摘した人も何人かいた。高額医療の国とされるアメリカで、この家族は少なくともお金には困っておらず、医療費が払えなくてまともな治療を受けられないようには見えなかった。

実際に家族にアルツハイマーにかかって悩んでいる、困っている人からすると、この映画はどう見えるのだろう?またもそんなことを考えた。

数日後、自分自身が言葉を忘れたり、物を置き忘れたりすると、ふと自分にも同様の症状が訪れたのかなと思ったりもしたがー。

是非、読者のみなさまにもご鑑賞いただきたいーー大人がじっくりと見ることができる映画は多くはないのだから。