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【権力との戦い方】調査報道こそジャーナリズム、英紙ガーディアンの流儀 

小林恭子ジャーナリスト

4月中旬、日本のテレビ局の幹部が与党(の情報通信戦略調査会)に呼び出され、報道内容について事情を聴かれた。時の権力とメディアとの関係をどうするかについて、改めて議論が発生しているようだ。

イギリスからこの一件を見ていると、政府与党の委員会にメディア幹部が呼び出されるという体制そのものがまずいような気がする。放送業界で何か問題があったら、政府・政治家ではなく、放送業の規制監督団体が事情を聴く、何らかの処理をする・・・という形にできないものだろうか(そういう仕組みにすでになっているのではないか?)。でないと、報道がしにくい。政治関与・介入・威嚇につながる可能性もある。

以前に、内部告発サイト「ウィキリークス」の「メガリーク報道」(2010年)にからみ、英国の左派系高級紙「ガーディアン」の調査報道の方針やその実践について、何人かに取材したことがある。

権力とメディアの関係性、いかに圧力に負けずに真実を探求してゆくか、実際はどんな感じなのかー日本のメディア報道にも大いに参考になることがあったように思う。

日本の調査報道にエールを送るために、過去記事に補足したものを数本、ここに掲載してみたい。オリジナルは「Journalism」(朝日新聞出版社)に2010年から2011年に掲載され、筆者のブログやキュレーション・メディアなどに転載された。今回は「Journalism」(2010年4月号)掲載記事に加筆した。肩書きや数字は当時のものだが、更新できるものは更新した。

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英国では、複数の新聞社や放送局が権力に挑戦する調査報道を果敢に続けている。

「調査報道(investigative reporting または investigative journalism)」は、英国では単に「深く調査し、報道する」という意味にとどまらない。

例えばオックスフォード英語大辞典の定義を訳せば「違法行為、誤審などを調査し、これを暴くジャーナリズム」とある。政治家や大企業など、権力を持つ相手が公表したくないことを明るみに出す能動的な行為で、権力側との対決は避けられない。権力を「監視」するばかりか、これに挑戦する姿勢が英国では調査報道の核となる。

本稿では、「挑戦するジャーナリズム」を掲げ、日々実践するガーディアン紙の調査報道について紹介したい。

ガーディアンとはどんな新聞?

本題に入る前に、ガーディアン紙の特徴を手短に説明しておくと―。

1821年、英中部都市マンチェスターで「マンチェスター・ガーディアン」として創刊。「中流階級(英国では、中流は平均より上の知識層のニュアンスがある)のための新聞」として出発した。「ガーディアン」となったのは、1959年から。政治傾向は中道左派。発行部数約17万5000部(2015年現在、英ABC調べ)。テレグラフ、タイムズ、インディペンデントとともに4大高級紙の一つである。他紙同様、紙の発行部数の減少が悩みの種だが、そのサイトは英新聞の中ではトップクラスだ。リベラル左派論壇への影響力が強い。大手紙の中で唯一非営利団体(「スコット財団」)が所有する。

アラビアのジョナサン 武器調達の収賄疑惑

1995年4月10日、ガーディアン紙は、ジョナサン・エイトケン財務副大臣(当時)が、サウジアラビアから兵器契約に絡んで賄賂を受け取っていたと1面で報じた。同紙とグラナダ・テレビの調査報道番組「ワールド・イン・アクション」(WIA)の記者による調査を基にしていた。WIAは、エイトケン氏の武器調達大臣時代の賄賂受領疑惑を「アラビアのジョナサン」と題する番組で、同日午後8時から放映予定だった。

ところが、エイトケン氏は放映3時間前に記者会見をし、「嘘と嘘を広める人」への「戦い」を始めると宣言した。番組は放映され、同氏は名誉棄損で提訴した。

ここで、たいていのメディアはびびってしまうだろう。しかし、報道側は追求をあきらめなかった。

ガーディアンとWIAの共同取材がエイトケン氏のパリのホテルでの宿泊代が賄賂であった証拠を明るみに出し、1997年、同氏の敗訴が確定した。99年、同氏は偽証罪と司法妨害で有罪となり、18か月の実刑判決を受けた(実際の受刑は7か月)。裁判費用が膨らみ、同氏はロンドンの自宅を売却しても足りず、破産宣告を受ける羽目になった。

一方、ガーディアンとグラナダも訴訟に240万ポンドを費やした。

7年かけて挑んだ 防衛関連企業BAE疑惑

英国最大の防衛関連企業BAEシステムズの賄賂疑惑は長年噂になっていた。しかし、それを実証するには時間がかかった。ガーディアンが先陣を切って取り上げたのは2003年である。

当初ガーディアンが問題視したのは、1980年代に英国とサウジアラビアの間で交わされた「アルヤママ」兵器売却契約に関わる賄賂疑惑だった。90年代を通じて契約内容が拡大し、全体では430億ポンドにまで膨れあがっていたからだ。もちろん英国最大の兵器売却契約である。

報道を続けるうちに、同社が裏金を使ってサウジアラビアの王族に接待を行っていた証拠を持つ人物がガーディアンに連絡を取るなど、情報提供者が徐々に現れて、報道の信ぴょう性が高まっていく。

2004年、英重大不正捜査局が捜査を開始した。しかし、06年12月、捜査が佳境に入ったところで、政府の介入により突然中止されてしまう。

ブレア首相(当時)は「テロ打倒、中東和平など」、サウジアラビアと英国が「戦略的に非常に重要な関係」にあり、打ち切りは「正しかった」と述べた。ブレア氏の応答をテレビで見ていた私は、非常に残念な思いがしたものである。

重大不正捜査局の当時の局長は「政治的圧力はなかった」「自分で決めた」とBBCの取材に答えているが、サウジ側からの英国への政治的圧力や兵器契約が打ち切られた場合の雇用減少や売却金の喪失という経済上の圧力が働いたことが、報道によって暴露されてゆく。

ガーディアン紙は、2007年6月にはBBCとともに、BAEが元駐米サウジアラビア大使に対し、兵器受注にからみ過去10年間で10億ポンド以上の裏金を渡していたと報道した。

2010年2月、BAEシステムズの汚職疑惑を調査していた英米当局は同社と合計4億5000万ドル罰金の支払いで合意した。

同社は、東欧諸国やサウジアラビアへの航空機販売を巡り、賄賂を使った事実を隠すために、米司法省に対し虚偽の情報を提供していたことを認め、巨額の罰金を払うことになったのである。

英重大不正捜査局に対しては、BAEシステムズはタンザニアでの取引を巡って不正会計を行ったことを認めた。罰金3000万ポンドを払ったが、これは、企業による刑事犯罪事件の和解金額として英米両国においてともに最大額となった。

こうして、BAEシステムズが虚偽報告や不正会計で英米当局に罰金を支払うまでに、報道開始から7年の歳月が流れていた。

差し止め報道を差し止める 多国籍企業を敵に回して

近年、英国で問題視されているのが、著名人や大企業が、高額で弁護士を雇い、自分たちに都合の悪い情報の報道をストップさせる、差し止め令の発令だ。さらに差し止め令が出ていることすらも報道させない「超差し止め令」事件が増え、言論の自由を奪う状態が生じている。その典型が多国籍石油取引大手トラフィギュラ社の例だ。

06年、同社は、西アフリカのコートジボワールに廃棄物汚染物を捨てた。その際、調査会社に依頼し、人体や環境への影響について報告書を作成させた。報告書は廃棄物の毒性が高く、場合によっては死に至る可能性もあると指摘していた。

この「極秘資料」(同社)の報告書が、09年9月、「第三者」によってガーディアン紙に渡ったという。トラフィギュラ社は、同紙が「違法に入手した極秘」報告書を公表することをおそれ、阻止すべく提訴した。

高等法院(刑事事件の第二審に相当)は同月、「報道の公益性がない」などの理由から報道の差し止めを命じた。同時に、報告書の内容が公表されればトラフィギュラ社に重大な悪影響をもたらすとの理由から、差し止め命令が出ている事実を報道することも禁じた。「超差し止め令」の発令である。命令を無視して報じた場合、ガーディアン紙側は法廷侮辱の罪で禁固刑などの刑事罰を受ける可能性もあり得た。

法律で口を封じられたガーディアン紙はどうしたか?

10月、高等法院の差し止め命令を問題視したある下院議員が、議会での審議を提案した。「超差し止め令」によって、この議案内容すらも報道できないガーディアン紙は、自社サイト上で同紙が「議会報道の差し止めを受けた」と題する記事を掲載した。同時に、アラン・ラスブリジャー編集長(当時)がツイッターでこれを報じた。

ツイッターのつぶやきにフォロワーたちが反応。あっという間にネット上で議案内容を突き止める動きが広まった。すでに英文ウィキペディアで報告書の概要が出ていたこともあって、「超差し止め命令」は有名無実になってしまった。トラフィギュラ社は超差止め令を翌日解除し、報告書自体の報道差し止め命令も数日後に解除した。

「報道の自由の勝利」として一件落着したが、ガーディアン紙はトラフィギュラ社に裁判費用(未公表、一説には100万ポンド)を支払っている。決して、楽ではない。調査報道を続けるには、お金も時間もかかるのだ。

組織的盗聴事件ではマードック軍団とも戦う

2007年、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)紙の王室担当記者と私立探偵が著名人の留守番電話を盗聴していたとして有罪判決を受けた事件があった。

これを調査したガーディアン紙は、09年7月、NOW紙や大衆紙サンが組織的に電話の盗聴を行っていると報道し、読者を驚かせた。盗聴の対象は政治家も含む著名人「2000人から3000人」というからすごい数である。

NOWといえば、「メディア王」ルパート・マードック氏が経営する米メディア大手ニューズ社の傘下にあるニューズ・インターナショナル社が発行元である。大衆紙サン、高級紙タイムズ、日曜紙サンデー・タイムズも同社の発行だ。盗聴などの違法行為が「組織的に行われていた」とする一連のガーディアン紙の記事は、英国新聞市場で巨大な存在であるマードック勢力への挑戦状となった。 

しかも、先の盗聴事件の発生時にNOW紙の編集長だったアンディ・コールソン氏は、保守党が野党だった時代にデービッド・キャメロン党首の広報戦略を担当するようになり、2010年5月からは、官邸のコミュニケーション戦略責任者となった。ガーディアンの記事は、コールソン編集長の関与も暗示していた。

一連の報道で先の盗聴事件に関わる警察の捜査のやり方や苦情報道委員会(PCC=当時)の調査の公正さにも疑問が呈されるようになり、数日後には、下院の文化・メディア・スポーツ委員会が調査のための公聴会を召喚した。ここまではガーディアンの勝利と言えよう。

ところが、召喚されたNOWの現編集長とコールソン元編集長、ニューズ・インターナショナルの法律顧問らはそろって疑惑を否定。ロンドン警視庁も「改めて組織ぐるみの盗聴行為を調査するには至らない」と結論付けた。

11月には、報道苦情委員会も、ガーディアン紙の疑惑報道の根拠は薄いとする判断を示した。情報源を守る一方で、報道の信憑性を明示しなければならないガーディアン紙は板挟みとなった。

ところが、援護射撃が思わぬところからやってきた。2010年2月末、プライバシー保護や名誉棄損に関する調査を終えた文化、メディア、スポーツ委員会がその報告書の中で、公聴会に召喚されたニューズ・インターナショナル社の経営陣が盗聴活動に関して真実を隠していたことを明らかにしたからだ。盗聴は「警察、軍隊、王室、政府閣僚を対象にした広範な範囲で、産業的規模で」行われていた、と書かれていた。

こうして、ガーディアン紙の報道にはお墨付きがつく形になったが、批判相手が巨大メディア・グループである場合、傘下のメディアによるバッシング報道も起きる。また、今回のように、メディア団体からその信憑性を疑う判断が出ることもある。調査報道には、前からも後ろからも弾が飛んでくるのだ。

ガーディアン紙は調査報道のために専属担当記者を2人置いている。他にこうした担当者を、あるいは番組枠を設けている英メディアは、サンデー・タイムズ紙、BBC(「パノラマ」、「ニューズナイト」など)、「もう一つの視点」を提供する放送局チャンネル4(「ディスパッチ」)などがある。

調査報道を支えるのは、「面の皮の厚さ」

一連の調査報道を可能にする要因は何か?

現状を見る限り、真っ先に挙げなければならないのは、資金力と規模だろう。

記者を調査報道のために配置し、さらに社内弁護士チームを雇い、裁判費用を負担する。そのためには、一定の資金が継続して必要となる。

英国ではいま、高額な名誉棄損裁判が問題視されている。相当の資金力がないと提訴を受けて戦ってゆくことができない。

オックスフォード大学による調査によれば、イングランド・ウェールズ地方の名誉棄損訴訟費用の高さは欧州一だという。2番目に高い国アイルランドの4倍、3番目のイタリアの40倍にもなる。

メディア弁護士協会のマーカス・パーティントン氏が先の下院委員会に報告したところによれば、法廷弁護士の時給は500ポンドから650ポンド。勝訴後、負けた側から裁判費用の倍額を受け取る仕組みを利用した場合、時給は1000ポンドを超える。

08年、科学作家サイモン・シン氏がガーディアン紙上に英国カイロプラクティック協会に関わる記事を書いた。これを巡る名誉棄損訴訟では、09年の協会側による提訴から現在までに、シン氏の裁判費用は10万ポンドに上っている。

次にリスクに対する相当の覚悟も必要になろう。調査報道は時間がかかり、すぐにはその正当性が立証されない。先の盗聴疑惑報道の場合のように、四面楚歌状態になることもある。また、記者、編集長、経営陣などの引責辞任という大きな代償を払わざるを得ない場合もある。

後者のケースが、03年のイラク開戦に関わる、英政府の情報操作を指摘したBBCの報道だ。

開戦前夜、政府はイラクの脅威に関わる文書を作成した。BBCの記者は、この文書に「誇張がある」と報道し、後に、嘘をついたのは官邸報道官であると、大衆紙のコラムの中で名指しした。BBCはこれによって、官邸を敵に回してしまった。

「誇張疑惑」を問題視したブレア首相(当時)は独立調査委員会を発足させ、04年2月、委員会報告書は「誇張はなかった」と発表した。記者は辞職、当時のBBC会長、経営委員長は引責辞任した。しかし、後の複数の調査で、文書に掲載された諜報情報の信頼性が薄いことが実証された。

三番目は支援体制だろう。報道機関が組織として調査報道を始める場合、編集長をはじめ経営陣による強い支援がなくては不可能だ。

08年、ガーディアン紙は、英国最大のスーパーのテスコがオフショア(海外)にある不動産を使って法人税の支払い逃れをしていると報じた。テスコは同紙と編集長を「悪意ある嘘」をついたとして、名誉棄損で訴えた。

最終的には租税回避という点では報道は正しかったが、正確には法人税ではなく、土地売買を巡る印紙税の節税で、その額は報道分よりも少なかった。ガーディアン紙は謝罪記事を出すとともに、裁判費用の負担を強いられた。

この後、編集長が記者に言った言葉がガーディアンらしい。「次回から気を付けてくれ」ではなく、「ほかに税金逃れをしてる会社があるはずだ。どんどんやろう」。

最後は、実行力だろう。つまり、やろうとするかどうか。巨額訴訟に追い込まれ、政治家や大企業を敵に回す調査報道は、「面の皮が厚くないとやっていけない」。先の盗聴事件をガーディアンに書いた、ニック・デービス記者の言葉である。(終)

(初出は朝日「Journalism」2010年4月号)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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