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欧州新聞界ラウンドアップ -英ミランダ氏拘束と所持品押収の続報、スイスでも書類押収事件

小林恭子ジャーナリスト
フランス語の朝刊紙「ルマタン」のロッチ氏(同紙のサイトより)

8月、英国とスイスで、調査報道を行っていたジャーナリストの関連書類がパートナーあるいは家族から押収されるという事態が続けて発生した。

まずは英国・スノーデン事件続報(=ミランダ氏拘束事件)である。

元米CIA職員エドワード・スノーデン氏が情報源となった、米英の諜報当局による膨大な個人情報収集事件で、一連の報道を英ガーディアン紙に書いたジャーナリストのパートナー(デービッド・ミランダ氏)が、8月18日、ロンドン・ヒースロー空港で英捜査当局に拘束される事件が発生した。

この件の経緯については、読売新聞デジタル&テクノロジー面「欧州メディアウオッチ」で書いている。(19)「ハードディスクを破壊しなさい」と言われた英メディア

ミランダ氏はブラジル人で、米国人ジャーナリスト、グレン・グリーンウオルド氏のパートナーだ。グリーンウオルド氏は諜報当局による情報収集事件を6月初旬から書いてきた。

普段はブラジル・リオデジャネイロにグリーンウオルド氏と暮らすミランダ氏は、米ドキュメンタリー作家ローラ・ポイトレス氏に会うために、ドイツ・ベルリンに向かった。ポイトレス氏はグリーンウオルド氏とともにスノーデン事件を追ってきた人物だ。

リオデジャネイロとベルリン間の旅費はガーディアンが負担しているが、何らかのジャーナリスティックな目的があったのかどうかは、明らかにされていない。

ミランダ氏はリオデジャネイロに戻る途中に立ち寄ったヒースロー空港で、英反テロリズム法の下で、約9時間にわたり拘束された。この時、所持していたラップトップ、予備のハードディスク、携帯電話、メモリースティックなどを没収された。

英国では反テロリズム法付則7によって、ある人物がテロ行為にかかわったかどうかについて調べるために、警察がその人物を最長9時間拘束することができる。

―「押収資料には5万8000件以上の重要機密書類があった」と英政府側が主張

8月20日、ミランダ氏の弁護士は、テレサ・メイ内相とロンドン警視庁に対し、ヒースロー空港での「違法な」拘束に対し書簡を送り、法的措置を取ることを表明した。

書簡の中で、ミランダ氏側は押収物品を7日以内に返却すること、データの捜査、複製などをしないように、また、もしすでに捜査が進んでいる場合、第3者に漏らさないことを要求した。後、暫定的差止め令の発行を求めて、裁判所に訴えた。

22日、高等法院が差止め令を発し、捜査に待ったがかけられたが、今後、どのように当局側が押収情報を使用するかが焦点となっていた。

30日になって、高等法院は、警視庁が反テロリズム法及び公務機密保持法の下で押収物品を広く捜査する権利を認可した。

具体的には、ミランダ氏が所持していた補助用ハードディスクや暗号化された情報が入っているメモリー・スティックなどから、「敵に情報を渡す通信を行った罪」、または、軍隊あるいは諜報機関に勤める人員についての情報をテロリストに渡した罪に該当するものがあるかどうかを捜査すると見られる。

裁判で、内務省は、内閣の高級官僚オリバー・ロビンス氏による証言を紹介した。ミランダ氏から押収した暗号化された情報には、英国の諜報機関職員についての情報が含まれており、職員及びその家族の命が危険にさらされる可能性があったという。

政府がこれまでにアクセスしたファイルの1つには「5万8000件もの英国にかかわる高度の重要機密書類があった」。

ミランダ氏の弁護士は、裁判所前で発表した声明文の中で、「ミランダ氏は政府側の主張に同意しない。英政府が、根拠のない主張によって」、権力の行使をしたことに「失望している」と述べた。

一方、英ガーディアン紙のアラン・ラスブリジャー編集長は、「政府側が(押収品の捜査は)国家の安全保障に大きな脅威をもたらす」、緊急の事態であると主張したことに触れ、「6月初旬以降の政府の行動を見ると、この主張は当たっていない」と述べた(ガーディアン紙、30日付)。

編集長によると、英諜報機関GCHQは、7月20日、ガーディアン本社でガーディアンが持っていたスノーデン氏からの情報を保管したコンピューターのハードディスクを破壊させた。

7月22日、編集長はGCHQについての情報を米ニューヨークタイムズや米サイト、プロパブリカも所持していることを政府側に示唆したが、英政府がニューヨークタイムズに連絡を取ったのはその3週間後だったという。

8月中旬、ワシントンの英大使館の職員がニューヨークタイムズを訪問したが、「プロパブリカには連絡を取って」おらず、情報の重要性や緊急性を指摘する政府の主張はあたっていないと、編集長は述べた。

―スイスでもジャーナリストの書類が押収された

スイスでもやや似た事態が発生していた。

昨年9月から、フランス語の朝刊紙「ルマタン」のルドビク・ロッチ(Ludovic Rocci)記者はスイス西部にあるヌーシャテル大学の経済学部で発生した疑惑を報道してきた。

世界のメディアが会員となっている世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)ルマタン紙の報道によると、サム・ブリリ(Sam Blili)教授の経歴詐欺疑惑や同氏がかかわった書籍の一部に盗用疑惑が出ているという。

8月13日午前6時40分ごろ。検察庁職員のニコラス・オーベル(Nicolas Aubert)氏、犯罪調査員4人、IT担当者が、ロッチ記者の自宅にやってきた。記者は出張中で不在だった。代わりに、記者の妻がさまざまな質問を受け、記者のコンピューター関連機材、ノートなどが押収されたという。

ヌーシャテル大学側は、ロッチ氏の一連の報道が名誉毀損、中傷、公的機密の暴露であるとして警察に正式に訴えており、これを受けて、早朝の襲撃となった。

ルマタン紙は「こんな方法を使うことに衝撃を受けた」と表明した。「スイスで、ジャーナリストの自宅が警察の手で捜索されるなんて、聞いたことがない」(サンドラ・ジーン編集長)。

スイス南部で開催されたロカルノ映画祭を取材中だったロッチ氏は、ルマタン紙の弁護士と相談の上、自分のパソコンを警察に渡した。データを保護するため、弁護士側は警察に対し、情報を捜査対象として使っても良いと裁判所が判断を下すまでは、すべての押収資料に封をするよう求めた。

ロッチ記者による数々の疑惑報道を受けて、学長が内部調査を開始した。

ルマタン紙の報道によれば、内部調査は1000時間にも及んだ。今年4月、大学は政府に調査の依頼を求めた。内部では決着がつかなかった模様だ。

検察官は早朝の捜索は「適正だった」としたものの、仏調査報道サイト、メディアパートのステファニー・リアン(Stephane Riand)氏は、知る権利や報道の自由がなくなったも同然だと書いた。

***

英国とスイスの事例を紹介した。

これまでにも、リークされた書類を政府側に渡すかどうか、情報源・リーク者の名前を出すかどうかで、ジャーナリストやメディア側は戦ってきた。

書類を絶対に渡さないためには、書類を持っていること自体を認めないやり方がある。政府側に書類の提出を求められても、「持っていないから、提出できない」ことになる。英新聞には「(xxx=情報名)を見たところによると」という表現が使われる時がある。「見た」だけで、自分は持っていない、だから権力側に渡せない、という論理である。

ガーディアンは、前の編集長時代の1983年、国家機密を記した書類を政府に戻した一件がある。この書類が国防省のファックスから送られたものであったために、誰がそのファックスを使ったかの判定が可能になり、最後にはリーク者が自分から上司に機密をリークしたことを告白する結果となった。この女性は、公務機密保持法違反で、刑務所で数ヶ月を過ごした。

現在では、コンピューターやメモリースティックが押収されてしまう。その上に、自宅やジャーナリストの家族のところにまで来てしまう、というわけだ。

デジタル情報には暗号をかけることもできるが、先のミランダ氏の場合、解読するための情報が入った紙を持っていたそうで、政府が少なくとも一部の情報にアクセスすることができた。

外国だけの話ではなく、日本のメディアやネットで情報を発信する私たちにとっても、決して遠い話ではない感じがした。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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