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ロンドン五輪から半年 ー変貌を遂げる英オリンピック・パーク

小林恭子ジャーナリスト
「アクアティック・センター」のスタンド部分を取り外す作業員たち (LLDC提供)

昨年夏に開催されたロンドン五輪の主会場となった「オリンピック・パーク」。現在は「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」と名称を変え、今夏、その一部が再オープンする。改修作業が着々と進むパーク内を視察する、報道陣向けツアーに参加してみた。

―建設現場

地下鉄ストラットフォード駅で降りて、ツアー用バスに乗り込む。数分後に到着したパークは、まるで「店じまい」をしたかのような静けさとなっていた。五輪期間中はたくさんの観戦客や報道陣、警備担当者、案内のボランティアでいっぱいであったのとは対照的だ。

眼前に広がった光景は、一言で言えば、「建設現場」。黄色い上着を着た工事関係者が点在し、バスが通る道や見学可能な場所は白とオレンジ色のブロックで囲まれている。建設作業員でなければ、ブロックの外を自由に歩くことはできない。

パーク内の移動はもっぱらバスだ。総面積は約2・5平方キロメートルあり、ハイドパークと同様の広さになる。

昨年9月、五輪の後のパラリンピックが終了すると、ロンドン市長の直属機関ロンドン・レガシー開発社(LLDC)は、3億ポンド(約430億円)近くの費用をかけて、自然公園「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」への改修作業を開始した。

「レガシー」(遺産)は、五輪招致のためのキーワードの1つだった。

数週間のスポーツ競技開催のために新たに永久的なスポーツ施設を作ってしまうと、巨額の維持費がかかる。過去の夏季五輪で、使用された競技関連施設が閉会後は「無用の長物」(=「ホワイト・エレファント」)となってしまうことを避けるため、ロンドン五輪運営関係者は何年も前からレガシー計画を策定してきた。

―解体、取り壊し

昨年秋からこれまでに、不要となった電力ケーブル、発電機、通信機器などが取り除かれ、ホッケー競技に使われた施設の解体がほぼ終了。バスケットボール、水中ポロ用の施設も取り壊し中だ。最終的には25万の座席、140キロメートルにわたって張り巡らされたフェンス、約10万平方メートルの臨時競技スペースが撤去あるいは改修される。最大で5000人の作業員が働いてきた(1月末現在は、1000人程度)。

LLDC社の施設管理責任者ピーター・チューダー氏によると、臨時用施設で使われた資材の多くは「国内外の競技施設で再利用される」。

来年春の完全オープンに向けて、作業は3段階で進んでいるという。

3段階とは「クリア(撤去する)、コンプリート(解体・撤去作業を終了し、新たな施設として完成させる)、コネクト(地元コミュニティーや住民をパークにつなげる)」である。

同社が「コネクト」の部分を重要視するのは、五輪の開催目的にはロンドン東部の環境保全を含む再開発もあったからだ。

パークが位置する4つの特別区(ニューハム、ハックニー、タワー・ハムレッツ、ウオルサム・フォレスト)は、ロンドンでも最も貧しい地域の1つだ。単純労働の雇用主となってきた製造業が長期的に凋落し、失業率が恒常的に上昇した。

東京で言うと都庁に相当するグレーター・ロンドン・オーソリティー(GLA)の調査によると、貧困は寿命も縮める。ニューハムの男性の平均寿命は76.2歳であったが、高級住宅地ケンジントン・チェルシー地区では85歳であった。

パークの建設地はかつて産業プラントが集積しており、深刻な土壌汚染状態となっていた。長年再開発が行われず、廃棄物が散在する状態が続いていた。五輪開催への準備をするために、ようやく大規模な浄化が進んだ経緯があった。200万トン分の土壌が浄化され、約4000本の木と30万以上の湿地性植物が植えられた。鳥の生息地にもなるように、750の箱が設置されたという。

パークを自然公園化し、住宅、学校、スポーツ施設を建設することで、住民にとっても、ここを訪れる人にとっても、心身ともにくつろぎ、活性化できる都市空間を作るーこれがLLDCの使命だ。

―北部からオープン

7月27日、昨年の五輪開幕から1周年の日に、まずパーク北部が「ノース・パーク」としてオープンする。

コミュニティーセンター、カフェ、ピクニックや散歩に適する緑地ができるほかに、五輪ではハンドボールなどの競技会場となった「コッパーボックス」は、バスケットボールや体操、コンサートなど多目的用途で使う施設となる。

オープニングのイベントとして、陸上ダイヤモンドリーグのロンドン・グランプリや、大手プロモーター、ライブ・ネーションが担当する世界的な人気アーチストによるコンサートが開催される予定だ。

世界中からやってきたメディアが利用した国際放送センターは、デザイン、テクノロジー、リサーチ、データ・センターなどITビジネスの拠点「iCITY」に生まれ変わる。今夏からは、通信大手BTの新スポーツ・チャンネル「BTスポーツ」が、ここで放送を始める。iCITYによると、6000人以上の雇用が見込まれるという。

選手村は「イースト・ビレッジ」としてオープン。ここには約3000戸の住宅が建設され、その半分ほどが低価格住宅となる。

パークが完全オープンとなるのは、来年の春。南部は「サウス・プラザ」と呼ばれ、飲食街となる。プール施設「アクアティック・センター」と赤いらせん状のタワー「アルセロール・ミタル・オービット」が一般公開となる。

年間80万人の利用者を見込むアクアティック・センターは市民が気軽に水泳を楽しむ施設になる予定で、ロンドン市内の公営プールなどの料金を超えない範囲で利用できる見込み。

オービット・タワーは観光客から入場料を取り、企業のパーティーや会議利用で運営収入を得る。年間で最大100万人の来客を見込んでる。

一部報道ではタワーが年内にオープンするという。LLDC社のチューダー氏は「現時点でコメントできない」としたものの、その可能性を否定しなかった。

同社はパーク全体で年間900万人の訪問者を予定している。

パークの中心的位置を占めるオリンピック・スタジアム。政府は当初、売却を考えていたが、適当な買い手が見つからず、公営のままで借り手に使用をリースすることにした。プレミアリーグのウェストハム・ユナイテッド(本拠地ニューハム)が借り手になるはずだったが、法律上の問題から交渉はいったん、停止。

紆余曲折があったものの、年末、交渉再開が発表された。LLDC社の最高経営責任者デニス・ホーン氏は、「今のところ、最有力候補はウェストハム・ユナイテッド」と語っている。

寒さが厳しい冬の日に、ところどころに残る雪を目にしながらの見学は、緑あふれる自然公園の様子や、カフェやコンサートに集まる人の熱気を想像するには、少々困難な感じがした。しかし、夏以降、ふらっと訪れて、のんびりしてみたいとも思った。ロンドンの新名所になることは間違いない。

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パークの変貌の進ちょく状況を見るバスツアーについてのお問い合わせは、メール(parktours@springboard-marketing.co.uk )かお電話でー。(英国) 0800 023 2030

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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