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金融トップの人材を英中銀に「さらわれた」カナダは、どんな評価を?

小林恭子ジャーナリスト
カナダの新聞「The Globe and Mail」のウェブサイトから

カナダ中央銀行のマーク・カーニー総裁が、来年から英中銀総裁に就任することが、昨日、発表された。英中銀の318年の歴史の中で、外国人を総裁として迎えるのはこれが初となる。世界中からベストの人材を集める「英断」として、英国ではおおむね高く評価されたが、果たして、カーニー氏の自国カナダではどう受け止められたのだろうか?

カナダの全国紙「グローブ・アンド・メール」(27日付)に掲載された、2つの記事に注目して見た。

1つはマイケル・ババド氏が書いた、「なぜ私がマーク・カーニーの出発に怒っているか」という記事だ。

「普通、誰かが、より大きなそして給与の高い仕事に転職したら、これを祝福し、次に進むものだ」。しかし、「今回は違う」という。

というのも、2008年にカナダ中銀総裁に就任したカーニー氏が「まだ7年の任期を終えていないのに、英中銀の総裁職を受けるという点を無視したとしても」、そして、「ほんの2-3ヶ月前に、カーニー氏が私たちに、決して、絶対に英国の仕事を引き受けないと約束した点を無視したとしても」、カーニー氏はカナダでの仕事がまだ終わっていない、これが「重要なことだぞ」、と書く。

道半ばで、英国に自国の人材を取られてしまったという、悔しさが出ているような文章である。

カナダは他国のような「最高にきつい不景気」を免れた。これはカナダ中銀に力があったともいえるけれども、今回に限っては、「この」人物がいたからなのだ、と力説する。

ババド氏によれば、カーニー氏はカナダのこれまでの中銀総裁の中でも最高の人材であるし、英政府がカーニー氏に「ほとんどストーカーのように」手を伸ばしたのは、無理もない、という。

しかし、カナダこそ、カーニー氏を必要としているのだ。

ババド氏はOECDの数字を引用する。今年の経済成長率は2%、来年は「ほんの1・8%、2014年でも2・4%になる」。この数字だけを見れば、悪くないようにも思えるが、まだまだカーニー氏の助けが必要なのだ、とも言いたげだ。

また、カナダ政府の統計によれば、失業率は今年で7・3%、来年は7・2%、14年には6・9%になる。「若者層だけに限れば、これが15%に上昇してしまう」。

ババド記者は、英国経済の建て直しが「グローバル経済にとって必要だ」というカーニー氏の論理は理解できるし、英中銀総裁の職は、カーニー氏のキャリアにとって「大きな機会」(カーニー氏)であることも分かるという。しかし、カナダの経済をより安定した状態に引っ張ってゆく仕事は、個人の「野望よりも、もっと重要なのだ」と主張する。

一方、同紙のワシントン支局記者ケビン・カーマイケル記者は「英中銀のオープンさがカーニーにとって課題となる」という記事を書いている。

同記者によると、シカゴ連邦準備銀行とカナダ中銀の最大の違いは、「異なる意見や議論をオープンにすること」だ(注:記事中では、シカゴ連邦準備銀行からやってきた人物とカーニー氏とがトロントで開催するイベントで同席するため、両行を比較の対象にしている)。カナダでは、中銀総裁のみが金利の上下に法的に責任を持ちながらも、審議会(ガバニング・カウンシル)でのコンセンサスによって政策が形成される。総裁が中銀の方針変更について表明するのが慣習で、カウンシルの部下たちは総裁の言葉を広めるものの、自分たちの意見は表明しない。

しかし、英中銀は事情が違う。「総裁である自分がスポットライトを独り占めするわけにはいかないことを、カーニー氏は理解するだろう」。

カーニー氏は金利を決定する英金融政策委員会の一人という立場になる。「委員の一人ひとりが各一票を持ち、コンセンサスからは離れることもあるだろう。委員はまた、思い思いの意見を表明するだろう」。

カーマイケル記者によると、カナダでは、カーニー総裁は自分の言葉で政策目標を示すことができ、トレーダーたちを指導することができていた。「中銀からのメッセージは自分の言葉でのみ発せられるということを知っていたから、そんなことができた」のだ。「ロンドンではそうはいかなくなる」。

記事の中で、RBCドミニオン証券のエコノミストたちの見方が引用されている。「英国では、金利は金融政策委員会が決定する。カーニー氏は委員会を指揮する立場にあるが、ほかの委員と平等になり、最終的な決定をする人物ではない」。「この重要な力学」に、カーニー氏がなじめないのではないかと指摘しているという。

ー「ストーカー」のような?

カナダでの評価の話からは少々離れるが、なぜ、先の記者は英政府がカーニー氏に「ほとんどストーカーのように」手を伸ばした、という表現をしたのだろうか?

英中銀の総裁選定には、初めて公募制がとられたということになっている。しかし、「広く応募して来た人々の網の中から、優れた人を採用した」というよりも、「最初から、一本釣りだった」という感覚が近いのではなかろうか。

例えば、BBCのビジネス記者ロバート・ペストン氏のブログによると、オズボーン英財務相は、今年2月、カーニー氏に「英中銀総裁にならないか?」とアプローチをしたという。「オズボーン氏がカーニー氏に」、である。そのとき、良い返事はもらえなかった。4月、BBCのインタビューで、カーニー氏はカナダの中銀総裁職を全うすると答えている。

そして、最近になってもう一度、オズボーン氏がトライ。そこで、やっとOKになったのだという。

ちなみに、思い起こしていただくと、オズボーン氏が「中銀総裁を公募で選ぶ」と宣言したのは、今年9月である。その半年以上も前に、アプローチしていたことになる。

そして、「公募宣言」後に、先に断られていた人を追いかけたわけだ。最初から「この人」と決めていたのだ、という見方もできるだろう。

そこで、「ストーカーのように」というのは、カナダ人ならずとも、ぴったりした言い方だなあと思ってしまった。

皆さんは、どのように見ただろうか?真相は、誰かが回顧録を書くまでは明確にはならないかもしれないがー。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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