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ボストンの少女はWBCをどう見たのか。米国内におけるWBC大会を探る。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

ワールド・ベースボール・クラッシク(以下WBC)は、日本が米国を3-2で下し、3大会ぶり3回目の優勝を果たした。日本や台湾で一次リーグが始まったころは、米国内では、大会がどれくらい盛り上がっているのだろうかと他意のない、素朴な疑問を持つ人がいただろうが、米国内の一次リーグ会場となったアリゾナ州フェニックスやフロリダ州マイアミには、試合を観戦しようと観客が詰めかけていた。胸に縫い付けられた国や地域の代表としてプレーする選手の姿に、観客のエスニックアイデンティティも高揚しているようだった。

私は、彼らの高揚を感じたが、その理由をうまく表せないでいた。ところが、WBCのパブリックビューイングに来ていた小学校低学年くらいの少女がものの見事に言語化していたのである。レッドソックスが約400人を招待したWBCのドミニカ共和国―プエルトリコ戦のパブリックビューイングイベントで、地元テレビ局にインタビューを求められると、よどみなく、こう答えた。

“I feel like when you represent who you are, then you’re more proud of yourself. And it makes me feel good that I’m proud of myself.” 「自分が誰であるかを表現するとき、もっと自分自身に誇りを持てるような気がします。そして、自分自身を誇りに思えることが私を良い気分にさせるのです」。彼女のルーツはプエルトリコにあるようでプエルトリコの旗をまとって、はきはきとしゃべった。

この言葉を聞いたとき、米国内の学校で行われている「マルチカルチャーデー」や「インターナショナルデー」といった行事が思い浮かんだ。文字通り他国や他の地域の文化を学ぶもの。米国外にルーツを持つ児童や生徒が、それぞれの衣装や写真などを展示する。それぞれの食事をふるまう学校もあるようだ。(自分のルーツと関連する国や地域でなくとも、文化を調べて展示することもある)。少女の言葉は、こういった学校の行事で使われている言葉と非常によく似ていると感じたし、また、アメリカ国内のダイバーシティ教育でも使われる言葉と似ているのではないか、と思った。

このイベントを企画したレッドソックス職員のロペスさんに、後日、話を聞いた。「私たちスタッフは、カルチャーやアイデンティティを祝福し、多様なバックグラウンドを持つ人々が(レッドソックスの本拠地)フェンウェイで歓迎されていると感じられるようなイベントを作るために、できる限りのことをしている。そして、その人たちが野球ファンになってくれたり、フェンウェイに来れば楽しい時間を過ごせるという気持ちになってくれたりすることを願っている」。

こういったパブリックビューイングも「アメリカのメジャーリーグ内のイベント」であり、アメリカと他国の力関係が変わるわけではない。それでも、スポーツの国際大会によって、排他的なナショナリズムに傾くのではなく、それぞれのアイデンティティを認め、異なるカルチャーを尊重することにつなげようという努力のひとつといえる。尊重される雰囲気のなかで少女の言葉が出てきたのかもしれない。

WBCは、選手たちが最高のゲームを繰り広げて、大きな成功をおさめた。しかし、本当に世界の多様性に目を向け、世界に野球を広げていく大会にするためには、まだ課題は残っている。

“Baseball Beyond Our Borders: An International Pastime”という本でWBCの章を執筆したサンフランシスコ大学のエリアス教授に、WBCの盛り上がりについて質問したところ、次のような回答があった。

「WBCはメジャーリーグ・ベースボール(MLB)がオリンピックに代わる大会として開発したものだ。MLBは、自分たちがコントロールでき、経済的に利益を得られるような大会を望んでいた。このことは、オリンピックにむけて野球を発展させていた一部の国々にとって問題となった。野球がオリンピックから外されたことで、アイルランドなど一部の国の政府には、自国での野球の発展に資金を提供し続けるインセンティブがなくなってしまった。野球の世界的な普及を妨げることにもなっている」と手厳しい意見だった。

現実的にみれば、MLB主催だからこそ、メジャーリーガーが集まり、大会が成功しているともいえる。しかし、WBCがグローバルな市場で利益をあげることだけでなく、本当にダイバーシティと世界的な発展を求めていくのならば、主催するMLBと選手会は、これから回を重ねていく大会において、お金の分配や競技の公平性という難しい問題とも向き合ってほしい。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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