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ミゲル・カブレラ 史上7人目の通算3000本安打&500本塁打達成の舞台裏

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

通算3000本安打達成まであと1に迫った試合前のことだった。ナイター明けのデーゲームを控えた午前10時、タイガースのミゲル・カブレラはいつになく饒舌だった。

この日、カブレラを最初に囲んだのは、スペイン語のメディアで、マイアミに拠点を置くスペイン語のスポーツニュースサイト「エル・エクストラベース」のマリ・モンテスさん、ダニエル・アルバレス・モンテスさん、米スポーツ専門局ESPNのマルリー・リベラさん。彼らはカブレラの母語であるスペイン語で取材をしていた。

カブレラはベネズエラ出身。アメリカでプロ野球選手になって20年あまりが経つが、今でもスペイン語のほうが話やすいように見受ける。

前夜に3本の安打を打ち、あと1本に迫った高揚感と、気心の知れたスペイン語のメディアとのやりとりもあってか、話は盛り上がった。アメリカのメディアにも3000本目のヒットについて「バントをする」といたずらっ子のような笑顔で話し、プロ入り前にヤンキースのスカウトからも興味を持たれたが「ピッチャーで」と言われたエピソードも披露。その後、そのスカウトはクビになったらしいとオチまでつけた。

カブレラは、ベネズエラ人として初のメジャー通算3000本安打達成者になる。そのことを、彼はとても誇りに思っている。もちろん、通算3000本安打と500本塁打を達成した初のベネズエラ人選手である。カブレラは「ベネズエラにいるどの子どもにも、もし、自分がこれをやり遂げられるなら、君たちもやり遂げられると言いたい」と話し、記録達成のときには「アルマ・ジャネーラ」という曲を流して欲しいとリクエストをした。この曲は、ベネズエラの第2の国歌のような曲なのだという。

私は、イチロー選手がメジャー3000本安打を達成した試合を思い出していた。担当記者の手伝いとして現場にいた。あのときは数十人の日本メディアがいたと思う。

カブレラが3000本安打を達成した4月23日の試合を取材していたスペイン語のメディアは、先に紹介した「エル・エクストラベース」、「ESPN」と、ベネズエラのテレビ局に向けて情報を収集する「ラインアップスポーツ」のマイク・ペレスさんの3組だった。

ベネズエラは国内政治の混乱もあり、2019年には、米国はベネズエラの米国大使館の全職員を帰国させている。ベネズエラを拠点にするペレスさんはこう言う。「ベネズエラにはアメリカの大使館がありませんから、まず、ビザを取得することが難しいのです。だから、私は、特定のテレビ局のためだけに働いているのではなく、その日に試合を中継するテレビ局に情報を送っています。ミゲルはベネズエラにとって、とても大きい存在なのです。今日は『アルマ・ジャネーラ』をあなたも聞いてくださいね」。

私が、日本にとってのイチローさんやエンゼルスの大谷のような存在かと聞くと、ペレスさんは「イチローと大谷をあわせた感じと思う」と両手をいっぱいに広げて表現した。90年代にヤンキースなどで活躍したルイス・ソーホーさんも解説者としてペレスさんの仕事に加わっている。

「エル・エクストラベース」のダニエル・アルバレス・モンテスさんは、マイアミを拠点にしており、普段はマーリンズの取材が多い。しかし、「エル・エクストラベース」はベネズエラにも拠点があるそうだ。インターネットメディアなので、いろいろな国からアクセスがあり、カブレラの記事は、ベネズエラの人たちによく読まれているという。

「私たちは選手に近いところにいて、彼らのストーリーを彼らの国の人たちにも伝えています。それが私の責任であるし、とても楽しんでいますよ。ベネズエラの野球史のなかでも、彼は最もすばらしい選手で、その選手の歴史的な瞬間なので、私たちにとってここに来て取材することはとても重要なことなのです」

この日、カブレラに3000本安打を許したロッキーズの先発センザテラと、バッテリーを組んでいた捕手のディアスもベネズエラ出身。ディアスは「僕たちはプレーしているときにはもちろん競い合っている。僕らは試合に負けたけど、同じベネズエラ人として誇りに思う。子どものときから彼のことはずっと見てきている」と打たれて、負けたけれども、なんだかうれしそうだった。前日には、カブレラと記念写真を撮影していた。

アメリカのメジャーリーグで20年にわたって積み上げた3000本安打達成時に、ベネズエラ人であるからと「アルマ・ジャネーラ」の音楽をリクエストしたカブレラ。その彼を報じるスペイン語メディアの働きぶり。私は、ベネズエラに住む人々の反応は取材していないけれども、その向こうに多くのファンがカブレラの偉業達成に興奮しているであろうことを感じた。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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