セイバーメトリクスとは、米野球学会(The Society for American Baseball Researchの 通称SABRセイバー)と測定基準の(メトリクス)をあわせた造語である。メジャーリーグにおけるデータ分析の流行のきっかけにもなったセイバーメトリクスは、野球に詳しい人たちには馴染みの言葉だろう。

セイバーメトリクスは、米国人のビル・ジェームズが1970年代後半にさまざまな指標を使って統計的に選手の能力やチームの強さを測ろうとしたことから生まれた。ビル・ジェームズは、米野球学会(SABRセイバー)に敬意を表して、セイバーメトリクス(Sabrmetrics)という言葉を作ったそうだ。

米野球学会(SABRセイバー)の活動はメトリクスだけではない。

野球の歴史や分析に詳しい愛好家集団でもある米野球学会(SABRセイバー)は、会員たちの野球愛と知識、経験を生かして、アルツハイマーや認知症、孤独に悩む高齢者を支える活動をしている。それが「セイバー・ベースボール・メモリーズ」である。懐かしい思い出を誰かに話すことで精神的な安定をもたらす回想法という心理療法があり、これと野球を組み合わせた。プレーしたこと、観戦したことなど野球にまつわる思い出をテーマにいろいろな話をしてもらう。

セイバーメトリクスの基礎を作ったのはビル・ジェームズだが、「セイバー・ベースボール・メモリーズ」の立ち上げには日系人でコネチカット大の教授だったマイケル・エゴさんが大きく関わっている。

エゴ教授は、スコットランドで、アルツハイマーや認知症の人々がサッカーをテーマにして回想法を行っていることを知り、野球ファンの多い米国でも同じことができないかと考えた。これに米野球学会(SABRセイバー)会員が賛同した。

米野球学会(SABRセイバー)のメンバーは野球の知識は持っているが、アルツハイマーや認知症については専門家ではない。そこで、まず、地元のアルツハイマー、認知症の支援団体とつながることにした。2015年ごろから始まり、今では米国の各地域に住む米野球学会(SABRセイバー)のメンバーが、アルツハイマーや認知症の支援団体の協力を得て、ロサンゼルスやテキサスなど5地域で「セイバー・ベースボール・メモリーズ」を開催している。

米野球学会(SABRセイバー)のメンバーの探究心、研究や調査の結果をまとめる力量や、それを共有していく情熱にはいつも驚かされるが、この活動でも、こういった会員の力が存分に発揮されている。

この活動がさらに広がるように「プレー・ブック」を作っている。まず、アルツハイマー、認知症や高齢者の孤独についての説明から始まり、それぞれの地域でのアルツハイマー、認知症の支援団体をどのように探して、どのように協力するか。ボランティアの役割は何か。認知症やアルツハイマーの人に楽しい語りの時間を過ごしてもらえるように、活動の司会進行方法についても詳しく書かれている。

ただ、懐かしい思い出を語ってもらうだけでなく、いろいろな工夫もしている。当事者や介助者の人に思い出のベースボールカードやボールなどを持ってきてもらったり、写真、過去の試合の動画を用意して、会話のツールにしている。安全なプラスチック製のボールで野球遊びをしたり、当事者だけでなく、介助者にも楽しんでもらえるように心がけている。

私も「セイバー・ベースボール・メモリーズ」の会議に参加させてもらった。各地で支援活動を展開するセイバーのメンバーから、さまざまな活動の様子が報告された。

クリーブランド地区からは、インディアンスがこの活動を知ってくれて、インディアンスから、球団の所有している資料や記念の物品などを貸し出すというオファーがあったという報告があった。

また、この会議では、アルツハイマーや認知症の支援団体との協力は重要であることも確認しあった。アルツハイマーや認知症の支援団体から「●●さんは、パイレーツファンで、ヤンキースは好きではありません。だから、ヤンキースの話題は出さないほうがよいのでは」という重要な情報を事前に知っていたことで、楽しい話が聞けたという報告もあった。

この活動を私に教えてくれたのは、マイケル・エゴさんの妹でキミ・エゴさんだ。マイケルさんは2019年に亡くなり、キミさんが遺志をついでロサンゼルスの支援活動に加わっている。

マイケル・エゴさんとキミ・エゴさん 写真はキミ・エゴさん提供

日系人でもあるキミさんは、野球ファンの多い日本でもこの活動が広まるように願っている。新たに活動を起こすのはハードルが高いのかもしれないが、米野球学会が作っている「プレー・ブック」を参考にすれば、すんなりとスタートが切れるのではないか、と感じた。興味のある方には「セイバー・ベースボール・メモリーズ」のホームページから活動やプレー・ブックを見ていただけたら、と思う。