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不倫でスポンサー契約解除したら、そのお金を「暴力と性的虐待防止プログラムへの寄付」はいかがですか

谷口輝世子スポーツライター
米体操協会で元チームドクターから性的虐待被害に遭った選手たち(写真:ロイター/アフロ)

 先日、 SAFESPORTという組織が提供するオンライン講習を受講した。

 

 SAFESPORTは米国の非営利団体で、スポーツにおけるあらゆる形態の虐待をなくすために作られた組織である。草の根レベルからプロリーグまであらゆるスポーツ団体の信頼できる教育リソースであることを謳っている。

 

 また、SAFESPORTは、米オリンピック・パラリンピック委員会内での性的虐待のレポートとそれに対応するための権限を委託されてもいる。

 私が初めてSAFESPORTの存在を知ったのは2013年だったが、現在の組織は2017年3月に改めて作り直されている。米体操協会の元チームドクターが長年にわたって性的虐待をしていたのに、少なくとも150人以上の被害者を出すまで、犯罪がもみ消されていたという深い反省から改められたのだ。

 当たり前のことだが、刑法に違反しているときは、警察に通報する。刑法に違反しているとはいえないが、スポーツのチーム内で、暴言、罵り、いじめ、性別や性的指向による嫌がらせなどが起きた場合にどうすればよいのか。SAFESPORTはこれらをどう防ぎ、起こった場合にはどう対応するかの手順を示している。

 SAFESPORTとして不正行為についての定義を具体的にはっきりさせ、規範について明記し、規則違反が疑われるケースでは、どのように調査をして、対応するかも説明している。これらを53ページの文書にしてまとめている。

 虐待的指導、不適切な指導といっても、それぞれが何を不適切な指導と考えているかは違うし、個々のなかでもその線引きは難しい。だから、米国のスポーツ団体、またはその運営責任者は「SAFESPORTの規約に準ずる」とすることで、参加者の合意を形成の助けになるだろう。

 53ページの文書とは対照的に一般向けと子ども向けの動画は、分かりやすさ、使いやすさを重視している。

 小学生向けの動画は低学年と高学年向けに分かれているが、どちらも10分程度にまとめ、「良い秘密」と「悪い秘密」などについて教えている。

 例えば、誕生日にプレゼントするための品物を秘密にして隠しておくのは「良い秘密」だが、大人から「誰かに話をしたら、もうチームではプレーさせない」などと怖い思いをさせられるのは「悪い秘密」だと説明。いくつかの例を出して、ゲーム形式で「良い秘密」か「悪い秘密」かを判断させ、「悪い秘密」は保護者や信頼できる大人に言うようにと教えている。

 また、スポーツは「楽しく」、「チームワークを理解して」、「決してひとりではない」とも教えている。

 チームで一生懸命に取り組むことは重要なことだが、自分の身体の声を聴くことも大切であり、のどが渇いたときには水を飲み、ケガや痛みがあるときには休む、としている。

 

 中学生向け、高校生向けの動画は、選手自身がSAFESPORTに報告できるように連絡先のホットラインの電話番号やメールアドレスを明記。

 ここでもSAFESPORTの規範に基づいて、チーム内でのいじめ、指導者から選手への不当なしごきやいやがらせ、指導者からの限度を超えた親密さとはどのようなものかを例に挙げて説明している。チームの結束にはいじめやしごきは必要か、そういったものがなくてもチームは結束できるかといった点にも触れている。今の時代を反映してSNSやテキストメッセージによるいじめや不適切な内容とはどのようなものかも教えている。

SAFESPORTより
SAFESPORTより

 日本オリンピック委員会のJOCのホームページにも、「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」があるし、「スポーツにおける暴力の根絶」に向けた相談窓口の連絡先も掲載されている。日本スポーツ協会JSPOのホームページにも相談窓口が明記されているし、倫理に関するガイドラインもある。

 相談窓口を必要とする選手や小中高生の選手にも、暴力行為根絶宣言や、倫理に関するガイドラインが届けられれば、さらによいのではないか。指導者やスポーツ団体の運営管理者だけが理解するべきことではなく、被害に遭いやすい子どもが自分の身を守るためにどうすればよいのか、よりよいスポーツ環境を自分たちで作るにはどうすればよいのか知ることが大切だと、私は考えているからだ。できれば、保護者向けもあるとよいだろう。子どもが指導者から日常的に罵られている、いじめられているとき、どのようにすればよいかという情報を求めている保護者は多い。

 JOCのホームページには、オリンピック価値教育の教育プログラムの教材や、子どもでも親しめるような「クイズ・オリンピック・ムーブメント」などがある。JSPOには子ども向けのフェアプレイの行動と精神についての説明ページもある。だから、「暴力の根絶」や倫理に関するガイドラインを子ども向けに作ることはできるだろうし、被害に遭ったときの対処の仕方を説明することもできると思う。オリンピックを取り扱う広告代理店の手法も活用できるだろう。

 こういったプログラムを作り、SOSの声に対応するには、労力とお金がかかる。もしも、アスリートの不倫騒動でスポンサー契約を解除するならば、スポーツ界における暴力や虐待防止プログラムのスポンサーになってもらうか、そのお金を寄付してもらうのはどうだろうか。アスリートのさわやかなイメージを企業の戦略に活かすのもよいだろうが、スポーツ界の現実をよりよいものにしていくために金銭的なサポートをする、というのも多くの人から支持されるように私は思う。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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