Yahoo!ニュース

ヤンキースのサバシアに、敵地14都市での「サヨナラチャリティ」のわけを聞く

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 自ら引き際を決めることのできるプロアスリートは一握りしかいないといってよいのではないか。多くは突然に戦力外通告され、別のチームと新たな契約を結ぶこともできず、現役引退を余儀なく迫られる。

 シーズンのはじめに「今シーズンを最後に引退する」と宣言できるのは、長年にわたって第一線で活躍してきたスター選手だけである。彼らは、そう宣言することで本拠地のファンはもちろん、シーズン中に訪れるアウエーのファンとも別れの時間を持とうとしている。メジャーリーグでは、彼らを迎える敵地の球場でも、これまでの活躍と貢献を称えるセレモニーを行うことが定着してきた。

 近年ではセレモニーが過剰ではないかと感じる場面もあったが、今年はちょっと違った風景を見かけたのでお伝えしたい。

 今季限りで現役引退をするヤンキースの左腕CC・サバシアは、最終シーズンを本拠地ニューヨークを含む全米15都市の子どもたちを通じて恩返しする旅とした。本拠地でチャリティ活動をする選手は多いが、それを敵地でも行う選手はそれほどいない。(相手チームの選手への遠慮みたいなものがあるのかもしれないが、サバシアにとっては今シーズンが敵地に恩返しをする最後の機会であったことも関係しているのだろう)

 子どもたちの居場所であり課外活動を支援するNPO団体で、全米各地にある「ボーイズ&ガールズクラブ」から、自身の背番号と同じ52人を球場に招待。アウエーの地で彼らと言葉を交わし、励まし、記念撮影に応じた。

 なぜならば、カリフォルニア州ヴァレーホ出身のサバシアも子ども時代にボーイズ&ガールズクラブのお世話になってきたからだ。サバシアが初めてメジャーリーグを観戦し、憧れのピッチャーだったデーブ・スチュワート(当時、アスレチックス)に会うことができたのは、ボーイズ&ガールズクラブの行事として球場に行ったからだ。

 ヤンキースは9月13日から15日まで敵地のトロントで3試合を戦った。まだ、シーンとしている開門前の球場。アウエーのベンチのすぐ横で52番のTシャツを来た子どもたちがソワソワしている。そこにサバシアが登場。サバシアは子どもたちに何やら話をした後で、子どもたちとの記念撮影やサインに応じた。

 私が各地で52人の子どもを招待していることについて聞くと、サバシアは「ボーイズ&ガールズクラブに行っていなければ、今の僕の人生はなかったかもしれない。とてもポジティブな場所だった。だから、ボーイズ&ガールズクラブに参加して、良い生徒であろうとしている子どもたちに、ご褒美として球場に来てもらいたいなと思った 。僕が投げてきた都市にただ恩返ししたいだけ」と言う。

 サバシアとのふれあいで、はしゃぐ子どもたちをうまく交通整理し、混乱を避けている女性がいた。サバシアのチャリティの担当者だろうと声をかけたところ、その女性はサバシア夫人のアンバーさんだった。

 サバシアとアンバー夫人は、ボーイズ&ガールズクラブの子どもたちを球場に招待しているだけではない。都市部のマイノリティの子どもたちが多い地域では、野球を教えるだけでなく、学用品の入ったバックパックを配布するなどの活動もしている。

 トロントで招待された子どもたちのなかには、ヒジャブを被った女の子たちもいた。

子どもたちのシャツにサインをするサバシア。(写真に写っている女性はサバシア夫人ではありません)
子どもたちのシャツにサインをするサバシア。(写真に写っている女性はサバシア夫人ではありません)

 サバシアは人種に関わらず野球に親しんでほしいと願っている。そして黒人アスリートの野球離れについても深刻にとらえている。「2007年にはっきりと言ったことがあったよね」とサバシア。インディアンスでプレーしていた頃だ。2007年3月16日付けのAP通信には、彼の談話が掲載されている。「ここ(インディアンス)にはアフリカ系米国人があまりいない。ここだけじゃない。どこでも同じことだ。これは問題ではなくて、危機だと思う。何とかしなくてはいけない」。

 メジャーリーグ機構もさまざまな対策をしている。しかし、2007年からの12年間、メジャーリーグは黒人選手を増やすことには大きな成功を収めていない。ここ10年ほどは、メジャーリーグにアフリカ系米国人が占める割合は7%台で、2018年は「やや回復して」8.4%だった。

 今年6月にサバシアが250勝目を挙げたことを報じるニューヨーク・デイリー・ニュースの見出しは「CC・サバシア250勝。最後の黒人エースか」であった。

 子どもたちは、自分に似た人に憧れる。少年時代にサバシアが憧れたデーブ・スチュワート投手も黒人である。先に述べたニューヨーク・デイリーニュースによると、メジャーリーグ史上、黒人で250勝以上しているのは、3投手しかいない。カナダ出身のファーガソン・ジェンキンス(283勝)、ボブ・ギブソン(251勝)、そしてサバシア(251勝)である。米国系黒人投手の通算最多勝利は、ギブソンとサバシアということになる。右腕スチュワートは通算168勝。現役のアフリカ系米国人でサバシアに続くのは、レッドソックスの34歳左腕デービッド・プライスが通算150勝だ。

 ボーイズ&ガールズクラブがなければ、今の自分はなかっただろうと話したサバシア。憧れのスチュワートに会った日の喜びを次の世代にも伝えたい。全米各地でのサヨナラ・チャリティは、次のサバシアを生み出したいと願う旅でもあったようだ。

追記 サバシアは「(チャリティのこと)聞いてくれてありがとう」と私に言った。多くの取材を受けなければいけないスター選手にお礼を言われるのは、私の場合、それほど頻繁に起こることではない。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事