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リーダーシップ、チームの人間関係は数値化できるか? (打てなかったイチローの勝利貢献度も測れるか?)

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 日本でのメジャーリーグ開幕戦でイチロー選手は現役引退をした。真剣勝負の公式戦なのだから、オープン戦から打てなかったイチロー選手ではなく、他の選手を起用するべきだ、という批判もあった。

 マリナーズは開幕2連勝した。イチローはたとえ打てなくても、その存在がマリナーズの他の選手のパフォーマンスに好影響を与えていたのだろうか。「打てなくても、存在が、チームメートの力になった」というストーリーは、お涙頂戴が過ぎるかもしれない。

 けれども、自身の野球パフォーマンス以外の部分が、チームの勝利やチームメートのパフォーマンスにどれくらい貢献しているかが、数値化できるとしたらどうだろうか。イチローのパフォーマンス以外の勝利貢献度が数字で表すことができ、それをもとに起用を考えたとしたら、お涙頂戴の感動の物語から、ちょっと話を広げることができるかもしれない。

 データ化が進むメジャーリーグでは、その選手が、パフォーマンス以外で、どれくらいチームに貢献しているかを、数値化しようとする試みが出てきている。

 野球選手の総合評価にWAR(Wins Above Replacement)がある。

 WARについて、DELTAGRAPHS さんの解説にはこのように書かれている。

 「控えレベルの選手が出場する場合に比べてどれだけチームの勝利に増やしたか」という意味でつかわれる用語。WARが4.5ならそれは4.5「点」の貢献ではなく、4.5「勝」分の貢献だということであり、かつそれは最低限の年俸で確保できる控えのレベルの選手が出場する場合に比べて4.5勝分優れた働きであることを意味する。

 このWAR指標を使って、選手のパフォーマンス以外の貢献を数値化しようと試みた人たちがいる。

 シカゴの連邦準備銀行経済研究所のスコット・ブレーブさんらが論文を発表した。(詳細はこちら

 彼らの研究の動機は、デービッド・ロスである。2016年に引退した捕手のデービッド・ロスは、選手としては目立った成績を残しているわけではないのに、レッドソックス、カブスでワールドシリーズ優勝した。ロスはパフォーマンス以外に勝利に貢献しているのか。巷でよく言われるチーム内の人間関係、相互作用、リーダーシップを数値化できないか、と考えたのだ。

 選手は自身のパフォーマンス以外で、チームの勝利やチームメートのパフォーマンスに、どのくらい貢献しているか。

 彼らの論文によると、もしも、チーム全員がWARで定義されている最低限の年俸で確保できる代替選手ばかりで編成された場合、そのチームは年間に48勝しかできない。

 この48勝に、チームでプレーした全選手のWARの合計をプラスしたものが、チームの勝利数になるはずである。

 48+(チームでプレーした全選手のWARの合計)=チームの勝利数

 しかし、この数字は、実際の勝利数とは、一致しない。この数字と実際の勝利数の違いが、チームの環境、選手のリーダーシップ、チーム内の相性や相互関係を意味するチーム・ケミストリーではないか、と考えたのだ。

 難しいのは、WARで予測される勝利数と実際の勝利数の差を、どのような要素に分解するか、である。

 この論文では、まず、チーム環境と選手という2つの要素に分けた。それから、選手については人間関係を数値化した。人間関係の数値化は、過去にもチームメートだったことがあるかを主な要素にしている。

 マックス・シャーザー(ナショナルズ)、クレイトン・カーショー(ドジャース)は、自身のパフォーマンスでチームに貢献するが、パフォーマンス以外ではあまりチームに貢献していないというカテゴリーに入るという。

 パフォーマンスではそれほど貢献していないが、それ以外で貢献しているカテゴリーには、リッチ・ヒル(ドジャース)が入り、パフォーマンスでも、それ以外でも貢献していないのは、ニック・カステヤノス(タイガース)らだという。

 名前を見た限りでは、ちょっと違うのではと首をひねってしまった。私という人間のバイアスだろうが、カステヤノスは他の選手の足をひっぱっているようには見えない。

 この論文では、人柄や実際のつきあいなどは数値化していないので、リーダーシップ力やチーム・ケミストリーの評価としては限界があるのかもしれない。

 別の観点から、チーム・ケミストリーを評価しようという研究チームある。カリフォルニア大学バークリー校の研究者グループは、サンフランシスコ・ジャイアンツのマイナーリーグチームのダグアウトにカメラを設置。選手間のふるまいを追跡して、分析している。(2018年9月17日の日刊スポーツの記事も参考になります。研究者も注目の「ケミストリー」は勝利に直結する?

 あと10年、いやあと5年すれば、パフォーマンス以外の勝利貢献度の数値化の方法も洗練され、もう少し正確に表すことができるのかもしれない。

 監督の手腕、チームの人間関係や相互作用が、すべて完全に数値で表される近未来は、それを使った別の楽しみ方が出てきているのか。

 イチローが引退する少し前に、模索は始まった。しかし、イチローのパフォーマンス以外の勝利貢献度を数字に表すほどには、完成していないようだ。

  

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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