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「中の人」はどう評価される?。メジャーリーグの球団公式アカウントの中の人に、さらに中の話を聞く。

谷口輝世子スポーツライター
大谷のエンゼルス入団により、新たにエンゼルスやメジャーと結びつきを得たファンも(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 先日、今年のスプリングトレーニング中に取材したシンシナティ・レッズのクンドルさんに会った。クンドルさんはレッズ球団公式ツイッターの「中の人」である。

 レッズはナ・リーグ中地区最下位で、今年も各地区の優勝チームで戦うポストシーズンとは無縁。ポストシーズンで盛り上がるチームを横目に一足早くシーズンオフを迎える。ツイッターの球団公式アカウントの中の人はシーズンオフに入るとどのように過ごしているのだろうか。

「中の人」の評価法

 クンドルさんは「オフはメジャーリーグ機構とレッズ球団からの評価があるんですよ。そこで来年のことも話します」と言う。

 メジャーリーグと球団は、「中の人」の仕事をどのように「評価」しているのだろうか。選手の契約交渉に似たようなものなのだろうか。クンドルさんに教えてもらった。

 「メジャーリーグ機構とは電話で個人面談をし、球団とも面談します。そのプロセスの中で、担当者の考えやアイデアを掴もうとしているのだと思います。また、分析アプリケーションを使って、何が優れていたか、どのような投稿があまりよくなかったか、どこを削ったらいいかなどの話があります。最終的には全30球団が、ベストなツイートを創っていけるようにということです。一方的なものではなく、双方向でこちらから何を楽しんだか、どこが良かったかなども話します」。

 投稿を分析するアプリは特にメジャーリーグ専用のものというわけではないらしい。多数の関心をひき、エンゲージメントがあったのは、どのツイートか。どのツイートによってフォロワーが増えたのか。どのようなツイートの文脈が関わりを増やすのに有効だったのか。ただし、こういったことは、メジャーリーグ機構と球団だけでなく、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をマーケティングの道具として使っている企業や個人なら、誰でもやっていることである。

優れたツイートはどのようなもの?

 メジャーリーグ機構と球団にとって、ベストなツイートとはどのようなものなのか。

 クンドルさんは「各球団で優先することは違うんです。でも、どこの球団にとっても共通しているのは、ファン・エンゲージメントです」と言う。ファン・エンゲージメントは、ファンのチームへの愛着心、チームへの思い入れ、結びつきなどと表現されるものだ。SNSの投稿内容はファンの気持ちをチームを結びつけるものでなければいけない。

 クンドルさんはこう続ける。「初めて観戦に来た人、いつもテレビ中継でも見ている長年のファン、家族連れで来た人、どのような人が球場に足を運んでも、歓迎されているのだと感じてもらえるようにしたいのです。チームのファンになることで個人よりももっと大きいものの一員と感じてもらいたいのです。ですから、私たちの仕事の第一の目標はファンのひとりひとりに働きかけが届くようすることなのです」。

 だからといって、企業のSNS公式アカウントの人は、ただフォロワーやエンゲージメントを増やすことだけが目的ではない。そのことによって自社製品・サービスの販売につなげていかなくてはいけない。米国のプロスポーツも同じことだ。ツイッターやフェイスブックを見た人が入場券を買い求め、球場に足を運んでくれるようすることで、初めてファン・エンゲージメントは実を結ぶ。そのために、野球のおもしろさを伝え、さらに、自分と無関係な誰かが野球をやっているのではなく、自分と強い関わりのある誰かが野球をやっていると感じてもらえるように工夫している。

 プロモーションやSNSの内容がどのくらい観客動員に効果があるのか。球団は入場券購買データを使って推測しているらしい。レッズでは、若い観客が増えているかどうかで、SNSの効果、特にツイッターの効果を推測しているようだ。

MLBと30球団の競争と協同

 シーズン終了後には、メジャリーグ機構と球団と面談をするが、レギュラーシーズン中も2週間に1度、メジャーリーグ機構と他球団のSNS担当とで「中の人会議」を行っている。顔を突き合わせるのには、あまりにも米国は広すぎる。ミーティングは電話会議だ。

 クンドルさんに話し合われている一例を教えてもらった。「他球団とは競争にもなり得ますが私たち(中の人)は、協働精神が強いのです。例えば、ホームランでも、同点になるホームランと、点差があるときのホームランはちがう。それぞれに対して、他のチームはどのようなアプローチをしているのかなどを参考にします。各チームごとにチームの哲学は違いますから、同じようなアプローチをする必要はありません。でも、他の人のやり方や経験を知ることで、新しいものに挑戦できます」

 球団ごとにカラーがあり、どのような特徴によってSNSユーザーとチームとを結びつけていくかの工夫は異なる。「中の人」たちは、他球団を真似るのではなく、参考にし、協力し合っているようだ。

 クンドルさんが働くレッズは長く低迷しているが、1970年代には「ビッグレッドマシン」というニックネームを持つ圧倒的な強打線で知られた。また、メジャーリーグのなかでも最も歴史のあるチームでもある。それを活用するべく、歴史という特徴によって、若い人をひきつけようとしている。

 ニューヨークやロサンゼルスなど大きな市場を持たない球団は、独自の工夫をこらしている。「ロッキーズはとてもクリエィティブですね。また、マリナーズやナショナルズはすばらしいビデオ制作のスタッフがいますから、SNSもその動画をうまく使っています」とクンドルさんは説明してくれた。

 それほど強くないフィリーズの公式アカウントはレッズの約2倍のフォロワーがいるが、これはフィリーズが2008年にワールドシリーズに優勝し、ツイッター社のサービス提供開始が2006年、球団の公式アカウント開設が2009年だったことがうまく作用したためだそうだ。「早く始めたところはフォロワーが多いですね」とクンドルさんは言う。

 チームがよい成績を収めたシーズンはその勢いを最大限に生かさなければいけないし、不振の時期はじっとこらえて、ファンが離れていかないようにこれまで培ったブランドとチームカラーによってつなぎとめていかなくてはいけない。

 

 「中の人」は、オフシーズンも忙しい。トレードやフリーエージェントでチームを編成する選手たちも入れ替わる。新しいシーズンの新しいチームも、「自分たちの選手」で、「自分たちのチーム」と感じてもらえるようなツイートを仕掛けていくことになる。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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