子どものころの話を聞かせてください。メジャーリーグの移民選手編。

(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

メジャーリーグの今季開幕時のベンチ入りロースター(故障者リスト入り選手を含む)868選手のうち、230選手が外国生まれの選手だった。米国外で生まれた選手は全体の26.5%を占める。

最も多いのはドミニカ共和国出身で83選手、次いでベネズエラの65選手、キューバ18選手、プエルトリコ13選手、カナダ9選手、日本9選手、メキシコ9選手。全部で17の異なる国から選手が集まっている。

この外国生まれの230選手のなかには、米国育ちの選手も含まれている。

米国人の親が外国勤務であったために、外国で生まれている選手がいる。そして、生活の場を求めて移民として米国にやってきた選手もいるのだ。

野球のためでなく、移民として米国にやってきた2人の投手に話を聞くことができた。

ひとりはブルージェイズのマルコ・エストラダ投手。32歳の右腕はポストシーズン進出を狙うブルージェイズのローテーションの一角を担う。今季もすでに2ケタ勝利を記録した。

エストラダは「僕はカリフォルニアで育っている。5歳のときにメキシコから来たんだ」と言う。

天候のよいカリフォルニアは米国内でも多くのスポーツ選手を生みだしている州だ。エストラダ投手の年齢ならば、エリートトラベルチームとよばれるエリート選手を養成する競技チームに入っていたのかもしれない、と筆者は思い、子どものときにどのように野球をしていたのかを質問した。

エストラダ投手はこう語った。「とてもじゃないけど、トラベルチームに入って野球をするようなお金は家にはなかった。地域の野球チームでやっていた。高校でも二軍にいたんだよ。高校を出てからコミュニティカレッジ(地域の短期大学)へ進学し、そこでも野球をした。そうしているうちにカリフォルニア州立大ロングビーチ校へ編入できることになって。そのあとドラフトで指名された」

5歳のときに母親と2人でメキシコから米国へやってきた。母親は懸命に働いたが、高額な費用がかかるエリート競技チームに入ることは選択肢にはなかったという。

2013年のWBCではメキシコ代表として出場している。当時の記事によるとエストラダ投手はこの時点で米国籍を取得できていないとのことだった。Team Mexico, including Giants star Sergio Romo, feels hostility amid Arizona's immigration battle

もう一人はレンジャーズの29歳の右腕ヨバニ・ガヤード投手だ。06年にブルワーズでメジャー昇格。今シーズンからレンジャーズでプレー。レンジャーズの本拠地に近いテキサス州フォートワースで育っているが、生まれたのはメキシコだ。

ガヤード投手は先日、記事にしたメジャーリーグのRBIプログラムの卒業生でもある。RBIの決勝前夜に開かれた出場選手たちの食事会にも参加した。「野球の機会均等」を目指して。もうひとつのワールドシリーズ。

ガヤード投手は「僕は4歳のときにメキシコからテキサスに来た。両親は一生懸命働いてくれたけど、野球をするためにお金をたくさん払うことはできなかった。僕もRBIで野球をしていたんだよ。高校のときは学校のシーズンが終わるとRBIで夏の間は野球をした」と言う。

ガヤード投手は話しているうちに当時の思い出がよみがえってきたのか、座っていたのに突然、立ち上がって話を続けた。

「僕たちのチームはRBIワールドシリーズの予選に行った。あの時はエンゼルスの球場でカリフォルニアのアナハイムまで行ったんだよ!」。

100年以上前、メジャーリーグの創成期には、アイルランドなどから、野球をするためでなく、新しい生活を求めてアメリカにやってきた移民選手がいた。

アメリカにやってきた移民が米国人になっていくためのひとつのツールが野球であったとも言われている。移民たちは野球を観戦することで米国人になっていったのだと。

しかし、現代ではエリート選手を育成するための保護者負担が大きくなっており、仕事を求めて米国にやってくる移民の子どもたちにとって、メジャーリーガーになるために越えるべき壁は高くなっているのかもしれない。

2人のメキシコ生まれ米国育ちの投手に話を聞いて、そう感じた。