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市販FF車世界最速のホンダ・シビックタイプRを試す。

河口まなぶ自動車ジャーナリスト
写真は全て筆者撮影

 ホンダ・シビックタイプRの初代モデルが登場したのは1997年のこと。6代目シビックEK型に初めて設定されたこのモデルは、それまでNSX-Rやインテグラ・タイプRで培ってきた「タイプRの文法」をそのままコンパクトカーのシビックで実現したものだった。

 その文法とはまず、搭載エンジンに徹底的なチューニングを施して高回転化を実現。これによって1.6LのNA(自然吸気方式)ながら最高出力は185psと、リッターあたり100ps以上を達成した。そして文法その2として、走りに不要な部品は限りなく剥ぎ取り、徹底的な軽量化を行なった。これにより、1040kgという軽量ぶりを実現していた。

 超高回転を可能としたハイチューンのNAユニットを搭載し、徹底的な軽量化を図るというタイプRの文法によって、シビック(と他のタイプRモデルたち)は、速さはもちろん、走らせた時にドライバーのエモーショナルな部分を刺激する、操る楽しさと気持ち良さを究極的に味わえる1台に仕上がっていた。

 あれから20年が経ち、いま目の前にあるシビックタイプRは、かつてとは全く異なる存在感を示して佇んでいた。

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 なぜならシビックタイプRは1997年の登場以降、軽量化と究極のNAユニットで研ぎ澄まされ、ドライバーのエモーションを刺激し続けてきたが、2015年に登場した4代目となる先代モデルにおいて、大きく路線を変更したからである。

 ドイツの自動車開発の聖地、ニュルブルクリンクのノルドシェライフェ(北コース)において、FF車最速を目指すというコンセプトのもと開発されたのだった。当時最大のライバルとされたルノー・メガーヌを打ち破るために選択したパワーユニットは、2.0Lの排気量を持つ直列4気筒ターボ・エンジン。これを実に310psへと性能アップして搭載した。そしてこの時から、シビックタイプRはハイパフォーマンス志向のFFスポーツへとコンセプトを変えた。

 そして実際にこのモデルは2015年3月、1周約20kmとなる屈指の難コースであるニュルブルクリンク・ノルドシェライフェで、7分50秒63というラップタイムでルノー・メガーヌRSの記録を打ち破り、ニュルブルクリンクFF最速の座についたのだった。

 しかしその後、この座はVWゴルフGTIクラブスポーツSの7分49秒21というラップタイムで奪われたのだった。

 しかし、シビックタイプRも進化を続ける。

 そうして2017年に登場したのが、5代目となるシビックタイプR、今回試乗したFK8型である。このFK8型は、ニュルブクリンク・ノルドシェライフェで7分43秒80というラップタイムを樹立。再びニュルブルクリンク・ノルドシェライフェにおける市販FF車最速の座についたのだった。

 世界で最も難しく、クルマにとっての負担も極めて高いノルドシェライフェを、市販FF車の中で最も速く走れる…そこから想像できるのは、走るためだけに特化したスパルタンな1台で、ともすればレーシングカーのようなイメージすら抱くだろう。

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 しかし、シビックタイプRに乗って衝撃を受けるのは、その乗り心地の良さだ。詳細に関しては動画を参考にしてもらえれば幸いだが、とにかく走り始めると上質なスポーツサルーンを思わせる乗り心地の良さに驚く。装着されるタイヤは20インチ、大きくなったとはいえ5ドアのハッチバックボディ…そうした要素からは決して想像がつかない滑らかな乗り心地が実現されている。

 これはそもそもシャシーの性能が高く、サスペンションがしっかり取り付けられているためにスムーズに、かつ懐深く動くため。さらに今回のタイプRの場合は、電子制御でダンパーの減衰力を調整できる機構がついており、普段乗りはコンフォートモードを選ぶことで、しっとり滑らかな乗り味を作り出すことに成功しているわけだ。

 そして最高出力320ps、最大トルクk400Nmを発生するエンジンは、どの回転からも軽やかに吹け上がり、その上で力強く扱いやすい。トランスミッションがMTではあるが、6速に入れっぱなしで巡航できる高いフレキシビリティも備わっている。こんな具合だから、高速道路では至極ラクにクルージングできる。そしてその時の感覚は、まさに上級サルーンを思わせる。

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 しかしながら、当然これだけがシビックタイプRの走りではない。今回は木更津にある袖ヶ浦フォレストレースウェイにご協力いただき、ここでサーキットでの限界領域も試してみることにした。

 

 エンジン・スターターボタンを押すとあっさり目覚めたタイプRのエンジンは、いかにも軽々と回る感覚がある。シフトもレバーが短く、操作感も軽くコクッと入るタイプで、操作系のあらゆるものが軽く感じるほど。走り出して走行モードを切り替える。コンフォート、スポーツ、+Rと選択が可能だが、サーキットでは当然+Rだろう。

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 するとサスペンションは減衰力が高くなり、よりダイナミクス追求型へと可変する。もっとも、それでも乗り心地は悪化しないのが今回のタイプRの凄いところだろう。イメージとしては、+Rを選ぶとサスペンションは締め上がるものの、入力に対してはスムーズに動く感じだ。同時にハンドルにもダイレクト感が増し、アクセル・ペダルの反応もダイレクトになる。

 また今回のシビックタイプRでは、サーキット走行時には必須の操作であるヒール&トゥを不要とするレブマッチシステムを採用。これによってダウンシフト時には、ブリッピング(回転合わせるためにアクセルを吹かす)するのだが、そのレブマッチシステムも+Rモードでは通常よりレスポンス良く素早く行われるように変化する。

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 +Rモードで走り始めると、とにかく速さを痛感する。320ps/400Nmは、十分以上の性能だが、例えばライバルのスバルWRXSTIよりパワーで12ps高い一方、トルクは22Nm低い。それでも速い理由は、軽さにある。シビックタイプRの車重は1390kgと、ライバルよりも約100kg軽量。それがゆえに速いのである。エンジンは+Rモードで一層軽く吹け上がって、鋭い加速を生み出す。同時にサウンドが気持ちよく響き渡る。エンジンの回転は情緒的というよりも、まるでモーターのようにキレイに回転上昇していく。こうして速さがアッという間に引き出される。

 ハンドリングにも驚かされた。タイプRはFFだが、ここ袖ヶ浦フォレストレースウェイを走っていると、ほとんどFFであることを感じさせない。特に中速コーナーでは、コーナリング中でも操舵に対してグイグイとノーズが入っていくほど。これはいかにリアのマルチリンクサスペンションが良く動いて仕事をしているかの証。そしてとてもキレイなコーナリング姿勢を作り上げて曲がっていく。

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 もっともこの時には、クルマの側で曲がるための制御を行なってくれるアジャイルハンドリングアシスト等も相当に効いているからだろう。それだけにFFでありながらも実に気持ちよく曲がるハンドリングを持っており、FF=曲がらないという常識を覆させられるほどだ。唯一FFを感じるとすれば、タイトなコーナーでアクセルをはやく開けた時。するとフロントタイヤは空転してコーナーの外側へ急速に膨らむ。しかしながら、それ以外のシーンではFFならではのトルクステアはほぼ皆無で、実に見事にトラクションを確保できていると感じたのだった。

 こうしてシビックタイプRは、速さと扱いやすさを兼ね備えた新世代のホットハッチとなっていたのである。

 ただ、その走りを見ているとホットハッチというよりも、もう1ランク上のクルマを感じさせるしっかり感を伴っている点も注目できる。これは全幅が1875mm/トレッド1600mmからくる踏ん張りの良さや、新たなプラットフォームのしっかり感が効果しているからだろう。そしてそれほどしっかり感を持ちつつも、走らせた時には軽快で速いのだから舌を巻く。

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 そうして走り終えて改めて考察してみると、そのキャラクターは長い時間を経て、180度変わったといえるだろう。

 

 冒頭でも記した通り、かつてシビックタイプRは軽量化と究極のNAエンジンによる、研ぎ澄まされたスポーツモデルだった。しかし今、目の前にあるのは、新世代プラットフォームによるシャシーの高性能とエンジンの速さ、そして様々な制御の巧みさが相まって速さを生み出す存在になっている、新世代のスポーツモデルの姿である。

 そしてこのシビックタイプRの姿をみて、世の2.0Lターボを搭載したスポーツモデルたちは、様々な武器をひっさげて立ち向かってくるだろう。すでにルノーは新世代のメガーヌRSを準備しており、来年には再び熱い戦いが期待されている。また来年にはフルモデルチェンジするメルセデス・ベンツAクラスにも、AMGモデルが登場してくることは間違いないだろう。そう思うと来年も、このクラスの新たなスポーツモデルの登場が楽しみである。

【スバルWRXSTIと比較した動画はこちらから↓】

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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