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ホンダのカリスマ性は花開くのか?

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

まるでアイドル

ホンダというブランドの持つカリスマ性には本当に驚かされる。それはまるでアイドルかと思えるような愛されようなのだ。

しかも驚くべきは、このところしばらく不在にしていたにも関わらず、瞬時に老若男女を問わずして愛されてしまう。そんな印象だ。

先月の30日に発表されたホンダS660。それは軽自動車のスポーツカーとしては、1991年に発表されたホンダ・ビートから数えて24年ぶり、ビートの生産終了から数えると19年ぶりとなる軽自動車のスポーツカーである。さらに違う視点から見ると、ホンダが送り出すオープン2シータースポーツとしては、1999年に登場したS2000から数えて16年ぶりであり、S2000の生産終了から数えても6年の時を経て登場したモデル、ということになる。

そうした長い不在からの復活も歓迎の理由のひとつなのかもしれないが、それが「ホンダ」であるという事実はとても大きなもののような気がする。

とにかく、世間の注目がとてつもなく大きい。いまやスポーツカーは日本市場においては極めてマイナーな部類の乗り物である。マニアにとっては新型車の登場等のニュースは大事件であっても、世の中的にはそう大きなニュースにはならない、通常は。

例えばほぼ同時期に、マツダは新型ロードスターの情報を積極的に発信した。昨年の9月に世界同時公開を行い、今年1月にはメディア向けの試乗会の様子を伝え、そしてホンダS660のデビューとほぼ時を同じくして横浜で開催された公道試乗会の情報を発信すると同時に、先行商談予約を行なった。

しかし、皆さんもご存知のように、ニュースとして多く目に触れたのはホンダのS660であった。

天性の才能ともいえるブランド力

自動車ジャーナリストの私からすれば、ロードスターは日本のスポーツカーの最後の砦、ともいえる貴重な存在。私自身も、常にリスペクトしているモデルだ。1989年に登場し、その後今日まで一度もモデルを絶やすことなく継続してきた。この間、世の中には多くの日本製スポーツカーが送り出されたが、ロードスター以外のクルマは全て消滅かモデルライフを途切れての復活しか存在していない。ロードスターはそうした中で唯一生き残った日本製スポーツカーだった。販売台数で苦しんでも、マツダという会社自体が厳しかった時も、作り手は耐えてこのクルマを継続させた。そう思うといま、マツダが新型ロードスターを送り出すことには心から敬意を表することができる。それほどの存在だ。

しかしホンダが送り出すS660は、そうした壮大な歴史や貴重な存在意義、継続という価値を持つロードスターをあっさりと、人目を引くという部分で上回った。

そこに、いかに多く人々がホンダというブランドに対して期待を抱いているかが分かるし、このブランドのキャラクターを物語っている。

それはまるで(いや、正確には現在はちょっと違うとは思うが)、アップルというブランドに対する我々の、何物をも差し置いて注目してしまう感覚に近いものを感じるのだ。

ブランドがもつキャラクターというのは人間のそれと同じで、天性の才能といえる部分がある。努力や情熱、こだわり、継続、試練…様々な困難を乗り越えて成功をしてもなお、カリスマを手に入れられる保証は全くない。むしろそうしたものとは無縁だったとしても、不思議と人を惹きつけ夢中にさせるものを持っている…というような種類のものだろう。

ホンダ、というブランドには確かにそれを感じる。しかもホンダというブランドは、そうしたカリスマ性を持っているにも関わらず、どこか身近で敷居が低くフレンドリーである。そんなブランドから送り出されたS660は、さらに軽自動車という親近感も手伝って、多くの注目を集めたのだろう。会いに行けるアイドル、とはちょっと違うかもしれないが。

ちょうどこの週末はディーラーでの試乗や展示、イベント等が開催され、私のSNSにも多くの方の投稿がタイムラインを飾った。そうした中で顕著だったのは、ホンダS660の写真と何らかの文章だった。しかもディーラーによっては試乗待ちは当然で、試乗と試乗の間の乗り換えの時に、順番を待っている人たちがクルマに群がるという光景すらあったと伝え聞く。

それに対してロードスターは、今週末が先に行われた先行商談予約からの、店頭での本契約というタイミングだったが、不思議とこの様子がタイムラインに流れてこなかった。もっとも個人のライムラインなので、サンプル数は少なく、あくまでも“印象”にとどまるレベルだとは思う。実際には、2台はともに数千台レベルで売れているわけで。

ホンダの「勢い」と、そこに感じる「期待」

それはさておき、ホンダがこれだけ愛される理由は何なのだろうか。私はそれを、皆さんが膝が叩くレベルで分析できないが、少なくともこのブランドには、必ず「勢い」と「期待」を感じることは間違いないだろう。果たしてその勢いが長く続くか否かはまた別の話だし、期待にどれほど応えたか否かもまた別の話だが、とにかくそうした感覚を常に携えている。

それはおそらく、本田宗一郎というカリスマが残した強烈なエネルギー(の残像)によるものかもしれない。スティーブ・ジョブスというカリスマが残したエネルギーはアップルにはまだ相当残っていると思うが、比べるとホンダにはそれほど残っているように思えない。が、それでもホンダというブランドから感じる「勢い」と、そこから生まれる「期待」は今もなお、我々を突き動かす何かがあるのではないか。

例えば今年、マクラーレン・ホンダがF1に復活した。この名前を聞いて、「栄光よもう一度」と願った40代以上は結構な割合でいるのではないだろうか? 昔とは全く事情が異なるし、決して簡単には栄光は手に入らないどころか、もはや怪しい、厳しいと思える感覚すらある。しかし、それでもなおホンダという名前がそこにあることで、我々は何かを期待している。何かやってくれるはずだ、と。

さて、長々と記してきたが、ホンダには日本のどのブランドにもかなわないカリスマ性がある。この部分ではある意味、海外のプレミアム・ブランドと戦えるほどの力があるといえる。それでいて身近で敷居が低くてフレンドリー、そうしたブランドから送り出されたS660だけに注目されているのだろう。

ちなみに販売の方も、まもなく10月納車は難しく、すぐに年内納車は厳しくなると言われている。もっともこの辺りは、このモデルが日産40台・月産800台という少量生産だからでもあるのだが。

もっとも問題はS660がいくら売れようとその数字はホンダにとって大きなものにはならないことだ。それにスポーツカーは登場時がもっともセールスが伸びて、あとは台数が落ちていくのが当たり前となっている。そう考えるとこのS660というスポーツカーは、広告塔でありファンを作るための役割を果たす存在であると割り切るべきだろう。

生まれ持つカリスマを、主力車種に継承できるのか?

しかし問題はS660ではなく、いわゆる一般的な乗用車の方だ。ご存知のようにホンダの2014年の国内の販売は、度重なるリコール等で低迷した。

さらにいえば、そうした問題だけでなく、主力となるプロダクトそのものに先に記した「勢い」と「期待」が感じられるかというと、そこも疑問だ。

確かにホンダを成長させたのは、F1でもスポーツカーでもなく、オデッセイであり、ステップワゴンであり、フィットである。これらのプロダクトが初めて世の中に送り出された時は、その衝撃はとても大きなものだった。

しかし今、それらの衝撃の大きさは年を追うごとに薄れていき、他の国産のライバルと単純に比べて買うような感覚の方が強くなった。が、それでもこれらの車種が現在のホンダを作ったことは間違いないだろう。

しかし、ここに大きな問題が横たわっていると私は思う。

我々の多くはホンダというブランドに、「勢い」と「期待」を、とてつもない大きさで寄せている。しかし、それに応えられるのは今回登場したS660のようなユニークな存在だったりする。のだが、それは実際にホンダのセールスを押し上げるものではない。いや、S660は大切なきっかけで、ここから何か主力車種へと、つなげていくための存在。ファンを作り、ブランドに対するイメージを作るという意味あいを持つクルマであり、そこで作った勢いや期待を主力で受け止めるべきだろう。

しかし現時点で主力となるプロダクトでは当然ながら、そうした「勢い」や「期待」を受け止めるのが難しい。

しかもホンダというブランド自体、大メーカーへと成長したことで、クルマ作りで冒険がしづらくなっているのも事実だろう。つまりブランドに対する我々の期待と実際のプロダクトには、乖離が生まれている。それは昔以上に。

果たしてそれを埋めるには、再び我々が思ってもみなかった「ホンダらしい」プロダクトの登場が待たれているのかもしれない。特に成長拡大路線に対して疑問が投げかけられている今、ホンダには新たな戦略と生き方が求められているのではないか。そう考えると、このブランドの持つカリスマ性を、ホンダ自身が今後どのように扱い活かしていくかが注目といえる。

ちなみに今回登場したS660の先代に当たる軽スポーツカーのビートは、本田宗一郎氏が最後に世に送り出した1台である。あれから24年ぶりに、世に送り出されたこの軽スポーツカーから、ホンダがどのようなブランドになっていくのかが気になって仕方ない。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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