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10年後の中学生たち――バド渡辺・東野組、五輪白星スタート!

川端康生フリーライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

接戦、ピンチ、それでも

 第1ゲームから延長(デュース)にもつれ込む接戦だった。そんな競り合いの末に、ゲームを落とす嫌な滑り出しになった。

 それでもオリンピック初出場の二人にまったく動じる様子はなかった。

 第2ゲームの4点目、長いラリーを制してモメンタムを取り戻した。第3ゲームでは際どいショットが立て続けにアウトになり、相手に5点差をつけられる厳しい局面を跳ね返した。

「タフなゲームになることはわかっていた。競った1ゲーム目を取られたが、心が折れることなく2ゲーム目で取り返せた」(渡辺勇大)

 確かに紙一重のゲームだったが、勝負どころで培ってきた実力を発揮して勝利をたぐり寄せた。

「久しぶりの試合だったし、この会場の雰囲気も、少し緊張はあった」(東野有紗)

 それでも慌てることも焦ることもなく、ステディにプレーし続ける心の強さを備えていたからピンチにも屈しなかった。

 だから、苦しい戦いだったはずだが、最後は少し余裕も感じさせるゲームにも見えた。

 ゲームカウント2対1。中学時代からペアを組む二人は、オリンピックでの初陣でデンマークペアを下して、白星スタートを切った。

富岡に蒔かれた種

 ともに富岡一中・富岡高校の出身(学年は東野が1年年長)。

 この10年で福島県の浜通りに土地勘ができた人も多いだろうが念のために説明すれば、東京方面から太平洋岸を北上して福島県に入り、いわき、広野、楢葉、その次が富岡町である(さらに大熊、双葉、浪江と続く)。

 10年5ヶ月前の人口は1万6000人を超え、夜ノ森の桜並木を10万人が見物に訪れていた。

 それが10年4ヶ月前、屋内避難、避難指示、そして町全域が警戒区域に指定され、その後、避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域と分けられることになった。

 現在の人口は、住民基本台帳上では僅かな減少幅に留まっている。しかし居住人口は10分の1。

 それが復興五輪が開催されているいまの富岡町である。

 もしも車で訪れるなら、買い物は6号線沿いのさくらモールが便利だ。ヨークベニマル(スーパー)とツルハ(ドラッグストア)とダイユーエイト(ホームセンター)が入っているから一通り揃えられる。

 そして、その裏手に見えるのが、彼らの母校、富岡一中である。

 東野の2学年上には桃田賢斗もいるから、今回のオリンピックに実に3人も代表選手を輩出していることになる。全国屈指の強豪校だ。

 始まりは2006年、日体大、トナミ運輸で選手として活躍した教員が着任。富岡高校との一貫指導でゼロから築き上げた。

 今朝僕たちが見たのは、15年前、初めて蒔かれた種が、時を経て、辛苦を経てもなお、花を咲かせる美しい場面でもあったのだ。

10年後の中学生たち

(これはもう何度か書いたことだが)浜通りは、地震と津波に加えて、原発事故の被害も受けたエリアだ。

 自然災害は発災直後がボトムで、そこから復旧、復興と進んでいけるが、放射能災害では最初の一歩を踏み出すことさえ容易ではない。

 だから、被害の規模も被災の範囲も深くて広かった「東北」の中でも、とりわけ困難で複雑な状況に置かれ続けることになった(それは10年経ったいまも変わらない)。

 その10年前の3月11日、渡辺は中1、東野は中2だった。

 彼らの道程ももちろん順風ばかりではなかった。避難を強いられ、練習ができず、さらにパンデミックで、試合が行えず、大会が延期され、開催さえ危ぶまれ……。

 日常がそうであるように、スポーツも思い通りにはならないのだ。人生だって思い通りにいかないことの方が多いかもしれない。

 それでも諦めることなく、すねることなく、一日一日を丁寧に積み重ねていけば――。

 スポーツに力があるとすればそういうことだろうと思う。

“10年後の中学生たち”が大人になり、オリンピックのコートに立ち、堂々とプレーする姿に、自分の時間を重ね、そして思うのだ。

「諦めることなく、一日一日を重ねてきたからこそ」と。

 あるいは「もう少し投げ出さずに進んでいこう、そうすればもしかしたら」と。

 お祭り騒ぎで盛り上がることばかりが感動ではない。

 しみじみと染み入るような、切実な嬉しさもある。しみじみと切実な、言葉にできない色んな感動がある。

 そして、その後で沸き上がってくる昂り、それこそを勇気と呼ぶ。

 それにしても、富岡一中の同級生や先輩たちの誇らしい顔が目に浮かぶようだ。種を撒いた頃を知っている故郷の人たちも胸を張っているだろう。

 明日は男子シングルスに桃田も登場する。

 未来の子供たちの瞳もきっと輝いているだろう。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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