Jリーグ、26歳の誕生日に。平成から令和へ、そして……

(写真:松尾/アフロスポーツ)

ついにプロサッカーリーグ誕生

「平成最後の」、「令和最初の」と世の中は大はしゃぎでしたが、改元から半月が経ち、ようやく落ち着いた頃でしょうか。

 ところで、いまから30年前、平成が始まってちょうど同じ半月が過ぎた頃、日本初のプロサッカーリーグが創設に向けて動き始めたことをご存知でしょうか。

 1月7日に昭和天皇が崩御し、平成へと元号が変わってから2週間後の1月21日、東京中日スポーツの1面にこんな大見出しが躍りました。

<ついに日本にサッカープロリーグ誕生>

 当時はサッカーが1面に来ることなんて珍しかった(というより、ありえなかった)から衝撃的でした。だから思わずコピーしてスクラップブックに貼り付けた。

 これ以後、サッカーのメディアバリューはどんどん増し、広島アジアカップ優勝(1992年・平成4年)あたりからスタンドでファン(まだサポーターという呼称ではなかった)が踊り始め、1993年(平成5年)の開幕でJリーグは爆発的な人気を博すことになります。

 もちろん平成元年には、まだ「Jリーグ」という名称は決まっていません。参加チームもこの時点では未定。後に「オリジナル10」と呼ばれる初年度の参加団体(チーム)が決まるのは1991年(平成3年)2月のことです。よりによってバレンタインデー(14日)に発表された。

「よりによって」というのは、選ばれたチームがある一方で、選ばれなかったチームもあったから。

具体的に言えば、ヤマハ(ジュビロ磐田)、日立(柏レイソル)、ヤンマー(セレッソ大阪)、フジタ(ベルマーレ平塚→湘南)が、このときフラれたチームでした。

 ヤンマーとフジタはこのとき日本リーグ2部だったのでまだ納得できたでしょうが、ヤマハと日立は1部。とりわけヤマハは“最後の日本リーグ”を読売、日産に次ぐ3位で終えるチームです。

 一方、選ばれた中には住友金属(鹿島アントラーズ)のような2部のチームもあれば、清水エスパルスのようなまだ実体のないチームまであった。

 当然、「なんで?」となりそうなところです。一悶着起きても不思議ではない。

 実際、起きました。「日経ビジネス」誌上に杉山隆一さんが寄せている手記は、いま読み返しても悔しさが滲み出ている。不条理に怒っている。

 落選組だけではありません。日本リーグをやめる必要はないという抵抗勢力も当然ありました。当時、低迷していたと言っても長い間やってきたリーグです。愛着もあれば、自負もあります。

 それでも押し通しました。

 新しく始めるプロリーグは、これまでの日本リーグとは違うんです――そんなふうに理想を押し通す“若さ”と“覚悟”のようなものが、プロ化を遂行した人たちにはあったのだと思います。

 Jリーグというネーミングは同じ年の7月に決まりました。「ジパングリーグ」とか、「カミカゼリーグ」とか、「戦国リーグ」とか、いまとなっては冷や汗モノの候補案もあったらしい。

 結果的にシンプルに「J」として大成功。その後、VとかBとか、競技名をつけたリーグが続きますが、JAPANのJを名乗れるのはサッカーだけ。フロントランナーだからこその特権です。

 ちなみに「Jリーグ」。開幕した1993年の「流行語大賞」を受賞しています。流行語? ピンと来ない世代もいるかもしれませんが、あのときはまさしく流行語だったのです。それほどJリーグブームは凄まじかったので。

平成はサッカーだ

 平成元年から話が進んでしまいました。改めて「プロサッカーリーグ誕生」が決まったことを1面で大々的に報じたトーチュウ。

 そのサブタイトルが当時を象徴しています。こんな小見出し。

<昭和が野球なら平成はサッカーだ>

 言うまでもなく元号が時代を表すわけではありません。昭和は20年を境にして、その前後は別の時代です。

 もちろん改元によって世の中が変わるわけでもありません。慶応と明治にしたって、改元の前からすでに世の中は変わり始めていたはずです。

 それでも元号が変わることによって社会の空気が変わる面はあるかもしれません。僕たちの心の中に、新しい元号になったのだから新しい時代が始まるかもしれない、そんな期待感が芽生えるような気もします。

 昭和が野球なら……には、そんな空気や心持ちが反映されています。

 そして、この見出しは現実になった。

 プロ化の方針が決まった平成元年から5年で、参加団体を決め、名称を決め(もちろん他にもやらなければならないことは山のようにありました)、とにかく準備を整えて開幕にこぎつけたJリーグは、プロ野球を凌ぐほどの人気を集めました。

 試合のチケットはぴあに徹夜で並ばないと手に入らず、「対戦カードなんて何でもいいから“Jリーグ”が見たい」という人がたくさん現れ、関連グッズが飛ぶように売れ、関連グッズを扱う専門ショップ(サッカーショップではなくJリーググッズを扱うライセンスショップ)が各地にでき、試合会場はフェイスペイントをした若いカップルで溢れかえり、いざ試合が始まればカレがカノジョに「オフサイドの説明」を延々と……と並べると、まるでブームを揶揄しているように聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。

 あの頃はちょうどスポーツビジネスが勃興した時期だったのです。1980年代後半から世界で始まったスポーツの商業化。その手法(ビジネスモデル)を日本で成功させた最初のケース、それがJリーグで、だからこそのブームだったといまは思います。

 その意味で、「昭和に始まったプロ野球」とはまったく違う制度設計と収益モデルで作り上げられたJリーグは“平成的”だったということです。

 そして何より――日本のプロスポーツ(エンターテインメントスポーツ=観るスポーツ)の歴史に新しい時代を開いた、という点でJリーグは大きな役割を果たしました。

 その後、Jリーグブームは沈静化し、一方でプロ野球が盛り返し……など変遷はあったにせよ、「2大プロスポーツ」という時代を僕たちは平成を通して享受してきた。

 念のために言いますが、昭和にはプロ野球しかなかったのですよ。忘れないでください(大相撲はどうなんだ?と指摘されそうですが、僕はちょっと別物と考えているので)。

<平成はサッカーだ>

 平成元年の幕開けに勢いでつけた見出し(と言っては失礼ですが)は、結果的に的を射たと思います。

26歳になった

 そんなJリーグも令和元年の今年で26年目になります。

 流行語大賞に選ばれてしまうほど新しい言葉で、空前のブームを巻き起こすほど新しい現象だった「Jリーグ」も、平成を終えたいま、日常にすっかり溶け込んでいます。

<あなたの町にもJリーグはある。>

 草創期のそんなキャッチフレーズは見事に現実のものとなり、週末になればまさしく全国津々浦々でJリーグは開催されています。

 いまや徹夜でぴあに並ぶ必要はありません。進化したテクノロジーによって利便性は比較にならないほど高まりました。とりわけインターネット革命によって、便利さだけでなく、社会そのものも変化しようとしています。

 平成元年に“ナンバーワン”の経済大国だった日本も大きく変わりました。バブルの崩壊、失われた10年、そしてリーマンショック。おまけに人口減少と高齢化が同時に進み、いまや国民の平均年齢は40代後半。これまでのモデルが通用しないことは誰の目にも明らかで、その状況が好転することは当分ありません。

 そんな経済環境とマーケットの変質にJリーグも東南アジアに新たな市場を求めようとしています。

 ちなみにJリーグの収入規模はプレミアリーグの6分の1程度。ブンデスリーガの5分の1、フランスリーグと比べても半分以下しかありません。

 そんなの当然だと思う人は間違っています。平成のはじめ、創設当時のJリーグはプレミアリーグとほぼ同程度の規模だったのです。それがいまや大きく水を開けられた(プロ野球も同じです。かつては同等だったのに、いまやMLBの2分の1)。

 Jリーグの創設が「日本プロスポーツ新時代」の幕開けだったとすれば、いまはそんな「新時代の終わり」と言えるかもしれません。

 令和元年とはそんなタイミングなのです。

 5月15日はJリーグの誕生日です。毎年、この日には何か書くことにしてきました。

 今年は少し扇情的なことを書いて結びにします。Jリーグ以前に行われていた日本リーグについてです。1965年に始まり、1992年に幕を閉じました。

 日本リーグというと低調でガラガラのスタンドを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、ずっとそうだったわけではありません。創設当時はそれなりの観客数を集めていた。たとえば創設3年目の1968年には1試合平均で7491人。これは現在のJ2より多い数字です。

 当時の社会状況(可処分所得の少なさや週休二日ではないことなど)を考えれば、その価値はさらに上がります。もちろんメキシコ五輪銅メダルという競技的な成果も残している。

 何より日本スポーツ史上「初めての全国リーグ」でした。これをきっかけにVやBにも日本リーグができた。その意味でJリーグと同じように、日本リーグもフロントランナーでした。

 そんな日本リーグは28年で幕を閉じました。そして発展的解消をしてJリーグが作られることになった。

 それが平成元年でした。これまでとは違う新しいものを作るんです、と抵抗勢力に屈しない“若さ”と“覚悟”で――。

 本日、Jリーグは26歳になりました。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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