ミラクル土浦日大、31年ぶり甲子園へ @水戸市民球場

延長15回の熱戦

 立ち尽くす背中が印象的だった。

 一時は5点差をつけていた。エース遠藤も安定したピッチングを見せていた。ホームランも飛び出した。甲子園に指をかけていた。

 しかし――プレイボールから5時間後、ネクストバッターボックスで背番号6は呆然と立ち尽くしていた。3塁側ベンチの前でもただ立ち尽くす霞ヶ浦の選手たち。

 その視線の先を、1塁側ベンチから駆け出した選手たちが拳を突き上げながら横切っていく。

 延長15回に及んだ熱戦、勝ったのは土浦日大だった。ミラクルな優勝だった。

霞ヶ浦、5点リード

 前半は間違いなく霞ヶ浦の試合だった。

 初回、四球と丸山のヒット、それに相手エラーで先制。さらに2死2、3塁から天野がセンター前に弾き返し、2点を追加。いきなり3点をリードした。

 2回にも小儀がタイムリーを放ち、4対0。投げては先発の遠藤が、「プロ注目」もうなずけるストレート、それに変化球も交えて3回まで1安打ピッチング。決勝戦の立ち上がりとしては理想的な展開だった。

 4回、守備の乱れもあって2点を失うが、その裏、丸山が2ランホームランを放ち、再び点差を4点に広げる。さらに5回にも加点して、この時点で7対2。リードを5点とした。

 しかも後半に入って遠藤の投球も冴えを見せていた。5回、6回で4三振。立ち上がりよりもボールが低目に集まりだし、特に右打者のアウトコース(左打者のインコース)に、コントロールされたスライダーがびしびし決まり始めていた。

 残りは7、8、9回の3イニングのみ。このまま勝ち切っても不思議ではない内容だった。

土浦日大、追撃

 しかし、7回、潮目が変わり始める。土浦日大の7番・森本、8番・星野が連続2ベース。これで1点を返した後、2死から主将の三村が右中間へ運び、もう1点追加して4対7。

 3点差となったことで、もしかしたら……。そんな空気が水戸市民球場に広がり始めたのだ。

 それでも霞ヶ浦はムードを変えるべく、きっちり手を打った。

 その裏、四球のランナーをバントで進め、出頭がスクイズ。リードを再び4点に戻した。

 追いすがられたら突き放す。野球の鉄則をしっかり守って、相手に傾きかけた流れを、再び引き戻す大きなダメ押し点……。そう見えた。

 しかも、繰り返すが、マウンドには好投手・遠藤である。セーフティリード。普通ならそう思う。

土浦日大、逆転

 ところが、土浦日大の勢いがここからさらに加速する。

 8回、井上、小菅、小澤が連続ヒットで無死満塁。ここで7番・森本がレフト線へタイムリーで5対8。4連続ヒットのつるべ打ちだった。

 ここで霞ヶ浦ベンチが動いた。遠藤と並ぶ二枚看板としてこの大会でも好投を見せている左腕の斎藤をマウンドへ。しかし、土浦日大の勢いは止まらなかった。

 8番・星野が追い込まれながら低目の難しいボールをミートしてレフト前へ。これで5連打。そして6対8。

 なおも続いた無死満塁のチャンスは斎藤と、再びマウンドに上がった遠藤に抑えられるが、2点差に迫って9回を迎えるのだ。

 その9回、土浦日大の勢いはついには運も呼び込む。

 相手エラーを足がかりに作った1死2、3塁のチャンスで、打席の小菅は空振り三振。しかし、ショートバウンドになったボールが、身を挺して止めようとしたキャッチャーの足元から転がり出て、転々……。この間に3塁ランナーが生還したのだ(打者も振り逃げで生きた)。

 こうなれば流れは完全に土浦日大だった。続く小澤が高めに浮いたスライダーをジャストミート。レフト前タイムリーで同点。

さらに7番・森本がまたしても快音。左中間を破って、一気に逆転してしまうのである。

 土壇場でみせた土浦日大の神通力とでも言いたくなるような攻撃力の前に、霞ヶ浦のステディな野球が飲み込まれていく、そんな場面を見ているようだった。

霞ヶ浦、同点

 それでも霞ヶ浦、やはり地力があった。8対9と逆転されて迎えることになった9回裏、丸山のレフト前ヒットと死球、そして送りバントで1死2、3塁。1点取れば同点、2点取れば再逆転サヨナラの場面を作った。

 ここで土浦日大は斎藤を歩かせて満塁策。それも内野を前進させ、ホームゲッツーを狙う守備態勢をとった。

 ここで代打・内野の打球はショート正面への強いゴロ。しかし、前にポジションをとっていたこともあり、ハーフバウンドの難しい打球になった。

 ショート・星野は何とか止めたが、ダブルプレーは獲れず。この間に1点が入り、9対9の同点。

 土壇場の土壇場で霞が関が追いつき、勝敗の行方を延長戦に持ち込んだのである。

5時間の終止符

 延長に入ってからも両チームともにチャンスはあった。しかし、霞ヶ浦は遠藤、斎藤を再三スイッチしながら、土浦日大はロングリリーフとなった井上(7回途中から登板)が帽子を飛ばしながらの粘りのピッチングで、共にぎりぎりのところで踏ん張り続け、イニングが進んでいく。

 曇天。プレイボールから小雨が降り続くコンディションの下、両チームの総力戦は延々と続き、試合開始から4時間を超え、5時間が迫り……。プレイボールは10時だったが、引き分け再試合の可能性がスタンドで囁かれ始めた頃には、どんよりと雲が垂れ込めた空はすでに薄暗く、照明塔の必要も感じさせるほどに陰っていた。

 しかし、最終回、決着はつく。延長15回、2アウトからだった。土浦日大、連打。またしても7番・森本、8番・星野だった。星野の打球、もしかしたらセンターは見失ったかもしれない。バックの判断が一瞬、遅れたように見えた。

 しかし、ここまで来れば、それも勝負の綾だ。それほど複雑で繊細な、予測不能な勝負を両チームは繰り広げてきたのだから。

 センターオーバーのツーベース。1塁から森本、長躯ホームイン。ついに奪った10点目。

 延長15回、5時間に及ぶ決勝戦、二転三転した勝利の行方と甲子園の切符は、土浦日大の元に転がり込んだ。

明暗を分けた僅かな転がり

 10対9。両チーム合わせて36安打を打ち合った熱戦は、土浦日大に軍配が上がった。

 ゲームセットの瞬間、霞ヶ浦ナインが呆然としたのも当然。終盤まで勝機はむしろ霞ヶ浦にあった。

 初回の先制から重ねたリード、中盤での中押し。主導権を握り、迫られても突き放し、得点経過も、試合運びも霞が関が優位に戦いを進めていた。準決勝まで5試合で8失点。きっちりした野球で勝ち上がってきたAシードらしい、ステディなプレーをこの試合でも見せていたのだ。

 勝負の綾は随所にあった。たとえば9回。同点、そして逆転を許した守り。

 改めて振り返るまでもなく、内野のエラーでランナーを出し、三振に討ち取りながら振り逃げを許し、失点した場面。痛恨だった。

 遠藤、斎藤の両投手を中心に堅守で勝ち上がってきた。準決勝まで5試合8失点だけ。しかも失策は「0」だった。

 しかし、この試合では3つのEランプが灯った(それ以外にも取れたアウトを失ってしまう場面はあった)。序盤のリードで勝ち切れる可能性は、間違いなくあった。

 一方で、運(と言ってしまうが)も土浦日大に持っていかれた。その9回裏、同点に追いついた攻撃。代打・内野の放った強いゴロ。相手ショートが弾いて同点となったが、弾き方が少し違っていたら、もう1点取れた。もう1点……サヨナラ勝ちの得点である。

 守りでキャッチャーがこぼしたボールの転がりと、攻めでの相手が弾いたボールの転がり……。

 もちろん勝負に「もし」はない。だが、両者の差はそれくらいに僅かだったのだ。勝敗もそんな微妙な違いで分かれた。

ミラクルの連続

 一方、勝った土浦日大にとっては、そんな僅かで微妙な幸運は必然に思えたかもしれない。

 実はこの試合、この夏の象徴のような試合だった。今大会ノーシードで迎えた土浦日大は、1回戦の小瀬高校戦、5回まで0対7。ここで夏が終わってもしょうがなかった(コールド負けを心配しなければならない途中経過である)。

 しかし、この絶体絶命から大逆転勝ちした(10対7)。そこから選手は急成長し、チームは勢いに乗った。

 準決勝も苦しみながら9回サヨナラ勝ち。そんな勝ち上がりが土浦日大ナインに自信と余裕をもたらしていたことは想像に難くない。この決勝戦でもリードされていた前半、そして突き放された中盤、まったく焦りを感じさせなかった。それどころかベンチのムードは明るく、ドラマチックな状況を楽しんでいるようにさえ見えた。

 そんな土浦日大のムードが、リードしていた霞ヶ浦に不安とプレッシャーをかけ続けた面もあったかもしれない。

 そして7回からの3イニングで11安打7得点。一気にゲームの主役を奪い取った。

 試合を通じれば実に22安打10得点。記録からみれば打ち勝ったということになる。しかし、そんな数字以上に「ミラクル」ぶりが際立った土浦日大の優勝であった。

奇跡だが、偶然ではない

 もちろんミラクルは天から降ってくるわけではない。彼ら自身が起こしたものだ。土浦日大はそれを起こせるだけの力を備えていた。

 やはり大会通じて7試合で63得点を叩き出した打力は、このチームのストロングポイント。3番・関根、4番・井上は力のあるバッター。彼らだけでなく、1番から9番まで切れ目のない打線がこのチームの総合力の証だ。

 この試合では8番・星野が決勝打を含む、3安打3打点(初先発だという)。7番・森本も6安打3打点である。遠藤投手の速球に振り負けすることなく、追い込まれても小手先のバッティングに陥らない彼らのスイングは見応えがあった。

 さらにミラクルの少し手前、お膳立てをした選手たちにも言及しておきたい。ハイスコアゲームになったことで目立たないが、先発の富田をリリーフした宮下、本間のピッチングもこの劇的勝利に大きく貢献した。本間投手は雨の中、ボールの滑りに苦心していたように見えたが、ボール自体はキレがあった。彼ら二人が最少失点でつないだからこそ、終盤の逆転劇は生まれた。

 そして、もちろん7回以降、帽子を飛ばしながら気合のピッチングでマウンドに立ち続けた井上投手の粘投も見事だった(井上はバッターとしても、ランナーとしても、精一杯のプレーでチームを牽引していた)。

 ノーシードからの優勝は、奇跡的な勝利の連続ではあったが、決して偶然ではなかったということだ。

 土浦日大の選手たちには力があった。そんな一人一人の力を伸び伸びと発揮できるムードが、劇的な勝ち上がりで出来上がった。そして、選手たちはさらに成長し、チームはさらに強いチームになった。

 その結果辿り着いたミラクルな優勝であった。

 茨城県101校の代表として戦う全国の夏まで、少し時間がある。もうひと成長していても不思議ではない、そんな期待まで膨らむ土浦日大、31年ぶりの甲子園出場である。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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