ヤンマースタジアムに福岡の男声が響いた――Jリーグポストシーズン(5)

故郷スイッチ

再び大阪に来た。

新大阪駅から御堂筋線(4日前とは逆方向)に乗り込んだら、突然、博多弁が聞こえてきてスイッチが入った。“故郷スイッチ”である。

Jリーグは「望郷装置」でもあると思っている。

たとえば就職や結婚で故郷を離れ、東京や大阪(でなくてももちろんいい)で暮らすサラリーマンやOLさん。そこに故郷のチームが(アウェイチームとして)やってくる。

時間も空いているし、ちょっと見に行ってみるか。腰を下ろすのはスタンドの(たぶん上段あたりの)隅の方。サポーターのようにレプリカを着込むわけでも、チャントを歌うわけではない。

けれど、そこには懐かしい言葉が飛び交っている。懐かしい匂いさえ立ち込めている感じがする。久しく帰っていない故郷にいるような、そんな気持ちになる。

故郷のチームがピンチになる。思わず力が入る。ゴールを決める。小さく、でも力強くガッツポーズをする。勝てば嬉しい。負けても温かい。

そんな機能がJリーグにはあると思っているのだ(もしかしたら、生まれ育った町でずっと暮らしている人にはわからないかもしれないが、地方から都市部へ出てきた人たちならきっと共感してもらえるはず)。

だから――。

「負けるわけにはいかんけんね」と友人とうなずき合う同郷のサポーターに、僕も心の中で大きくうなずいていた。

「確かに、今日は、負けるわけにいかん」

野太い男声

地下鉄の駅を上がって長居公園を歩いているときには、もう野太い声が聞こえ始めていた。

スタンドに到着してスタンドを見上げてみたら、その発信元がメインスタンドから見て右側、アビスパ福岡のサイドだったことに驚いた。

この「J1昇格プレーオフ」決勝が、ヤンマースタジアムで行われることに関しては、まずそれが明らかになったときに物議を醸し、そして、そのヤンマースタジアムをホームとするセレッソ大阪が決勝に駒を進めたことで、より大きな騒動(炎上?)になった。

実は、広島でチャンピオンシップを見る前に福岡にも足を伸ばしたのだが、そのとき見たローカルニュースも(「アビスパ、J1へ!」の特集を頻繁に放送していた)、こんな感じだった。

井原監督や選手のインタビューを一通り流し、勝利への期待を語った後の結びのコメントだ。

「ただし、この試合はヤンマースタジアムで行われます。セレッソ大阪のホームです。中立地であるべき試合を、アビスパはアウェーで戦わなければいけないわけです。Jリーグは今週になって『開催地は3月時点で決定していた』と説明しました」

批判の針を最後にチクリと刺すあたりが、御当地らしくてなかなかよかった。

第3回でも書いた通り、僕自身は開催地の選定に関しては、「まあ、しゃーないな」と思っている。そもそも選択肢はそう多くなかった。

それでも、とにかくヤンマースタジアムで行われる以上、セレッソに有利な雰囲気になるのだろうと思い込んでいたのだ。

ところが、どうだ。人数では確かにかなわないかもしれない。しかし、声量では“アウェイ”のアビスパが、間違いなく圧倒しているではないか。

しかも、アビスパは“男声”だった。野太くて力強い。

こんな理不尽押し付けられて、負けるわけにはいかん。

開催地問題によって駆り立てられた九州男児の義憤が、応援のヴォルテージを強めているように聞こえた。

なのに、なのに

前半は0対0で終えた。

優勢だったのはセレッソ大阪だ。ポゼッションで圧倒的に上回り、押し気味に試合を進めた。アビスパの守備ブロックの内側でもパスをつなぐスキルはさすがだったし、玉田のプレースキックが直接ゴールインしそうな場面もあった。

山口をはじめ、玉田、田代、関口、橋本、茂庭、さらにベンチの扇原まで、日本代表経験者がずらりと並ぶ陣容は、やはりダテではない。

「そもそも昇格プレーオフなんかに出ていること自体がおかしいんだよ」

それが僕の周囲の率直な意見だった。地元メディアも、中立メディアも。地元メディアの声には憤りの色も濃かった。

確かにこの戦力を見れば腹を立てたくなる気持ちもわからないではない。

事実、開幕前には昇格候補、いや優勝候補だった。そして、事実スタートも悪くなかったのだ。それが徐々にリーグ中位へと沈んで行き、後半戦に入って盛り返したが、勝負どころでやっぱり勝てず、結局昇格プレーオフに回ることになってしまった。

しかも(振り返るまでもなく)一昨年は「セレ女」ブームで、スタジアムと練習場を華やかに賑わし、昨年は「フォルラン」でやっぱり話題をさらった。ACLにも出場していたのだ。

なのにJ2降格。なのにJ1昇格プレーオフ。そして、せっかくの“ホーム”なのに……と「なのに」の連続なのだから、身近な記者たちが愚痴りたくなるのもわかる。

中には「Jリーグだって、まさかセレッソが2位以内になれないなんて思ってなかったんじゃないの」と「開催地問題」の責任まで押しつけるムキもあったが、それはさすがにかわいそう。

確かにセレッソが自動昇格していれば、「開催地問題」は起きなかったわけだが、結果的には“ヒール役”を強いられることになってしまったのだから、むしろ気の毒である。

チェッカーズとチャケ&飛鳥と……

一方、アビスパ福岡。去年は16位。昇格候補に挙げたのはサポーターや地元メディアといった“身内”だけだっただろう。事実、開幕から3連敗と“想定内”のスタートだった。

しかし、セレッソとは対照的にそこから盛り返した。特に最後の12戦は負けなし(引き分けはさんで8連勝と3連勝)。「最後の最後」は自動昇格にも指をかけた。

その勝因は色々あるのだろうが、はっきりしているのは戦い方がシンプルなこと。

たとえばGKからのパントキックやロングスローから直線的にゴール前に迫る。それを可能にするパワフルな攻撃陣がアビスパにはいる。

中でもウェリントンは、この試合でもやっぱり図抜けていた。相手のDFが1人や2人いても、ボールをキープして持ちこたえる。彼をめがけてボールを入れておけば、少なくとも3、4秒は時間を作ってくれるのだ。

その間にアタッカーは攻め上がれるし、ディフェンスラインを押し上げることもできる。

もちろん、キープだけでなく、シュートまで持ち込むこともできるから、相手への脅威も並ではない。結果、彼にマークが集中し……。

だからセレッソにポゼッションされ、押し込まれる展開ではあったが、アビスパにとってこの前半は「劣勢」とは言い切れない。レギュラーシーズンでもこんな試合を1対0でモノにすることが少なくなかったのだ。

そして、そんな戦いぶりを見慣れているせいか、アビスパのサポーターたちにも「苦戦」の気配はなかった。

チェッカーズやチェゲアス(御当地出身)のメロディを男声で歌い上げ、“アウェイ”を感じさせないムードを作り出す。

そういえば、イハラ、イハラ、イハラ……も聞こえていた。

懐かしい。本当に懐かしい。

アジアの壁が吼えていた

後半15分、ハーフタイム付近でボールを持った玉田が、ドリブルで相手をかわし、関口にボールを預けて、そのままスペースへ。そこに関口からのリターンが来た。

飛び出してきたGKより先にボールに触れたのは玉田だった。滑り込みながらキックしたボールがゴールマウスに転がっていく。

セレッソ大阪、先制。

35歳とはいえ、スキルだけでなく個性は色あせない。玉田らしい動きでの、玉田らしいゴールだった。

昇格の大本命、そしてシーズン4位のセレッソ、J1昇格まで、あと30分。

もちろん僕は天を仰いでいた。頭によぎったのは“3位のジンクス”。

J1昇格プレーオフで、レギュラーシーズン3位のチームが勝ったことは、まだ一度もないのだ(これまでこの短期トーナメントで昇格を勝ち取ったのは6位の大分、4位の徳島、6位の山形)。

つまり、それまでならJ1に上がれていたはずのチームが「昇格プレーオフ」なんて制度ができたばかりに、昇格を逃して涙を流すというシーンが毎年繰り返されてきたのである。

その上、今季のアビスパは「これまでの3位」とは訳が違う。

「最後の最後」は、本当に最終節の最後の最後だったのだ。自動昇格(2位)に指にかけたどころか、握りかけていたのだ。

これまでのように4位や5位のチームと競り合った3位ではなく、4位以下を大きく引き離す「トップ3」の一角、「ほとんど2位」のチームなのである(勝ち点「82」は3位チームとしては史上最多)。

「負けるわけにはいかん」理由は、“アウェイ”だけではないのだ。

天を仰いていたのは僕だけではなかった。ウェリントンも天を仰ぎ、それから頭をかかえてグランドに突っ伏していた。

しかし、そのとき――井原監督が飛び出してきた。

ウェリントンに向かって激しく何かを叫ぶ(僕には「立て!」と口が動いたように見えた)。繰り返し叫ぶ。そして、両手を激しく叩き、イレブンを奮い立たせる。

現役時代には感情をむき出しにすることなどめったになかった、あの「アジアの壁」がタッチラインを踏み越えそうな勢いで、全身を戦慄(わなな)かせながら吼えていた。

Jリーグの23年間と故郷の福岡と……色んな思いが混じり合って、気がつくと僕も姿勢を立て直していた。

あと30分。逆転する必要はない。1点とればいいのだ。

2015年最後のゴール

時計の針は刻々と進んでいた。残り時間が確実に減っていく。

先制された後、サッカーの常で、アビスパが攻勢に出る展開に変わった。中村北斗がペナルティエリアに侵入。キックしたボールは茂庭の手に当たったように見えたが、笛は鳴らない。

ボランチの中原秀人に代えて坂田を投入。攻撃の圧力を強める。これにセレッソは橋本に代えて扇原を入れて対応。残りは15分。守り切るハラだ。

万事休す。そう覚悟したのは残りが8分になったときだった。

クリアボールが前線で待っていた玉田のもとへ。攻め上がっていたアビスパは、背後に人がいない。ゴールへ向かう玉田に一人追いすがるが、その向こうにもう一人、田代が待ち構えていた。

パスが通ればドフリー。ダメ押しゴールが決まってしまう。

しかし、田代にパスは渡らなかった。玉田が自らシュートを放ち、ボールはバーの上を通過していったのだ。

これはもしかしたら……。そんな予感がした。

DFの堤に代えて前線に空中戦に強い中原貴之。しかし時計は進む。残りは5分。予感と現実のシーソーが頭の中でぐらぐらと揺れ始める。それが現実の方に少しずつ傾いていく。何とか持ちこたえようと踏ん張……っていたとき、我を忘れる瞬間が訪れた。

自陣右サイドで中村北斗が相手からボールを奪って前へ。中原が頭で落としたボールを、坂田が左サイドに展開。金森、そしてオーバーラップした亀川がそのままゴールラインぎりぎりまで持ち込み、ゴール前へ。

正面で飛び込んだ中原は間に合わなかった。ボールがそのままゴール前を横切っていく。

そこに中村が現れた。数秒前、自陣でボールを奪い返した中村がここまで駆けてきたのだ。角度はない。でも突き刺した。両手でバンザイ。気がつくと、僕も立ち上がってガッツポーズをしていた。

J1昇格を決めるゴール。時計を見たら残りは3分だった。

そして2015年のJリーグ、すべてのゲームが終わった。

ナンダカンダ言いながら

井原監督が胴上げされていた。

ナンダカンダ言いながらも、Jリーグは23年も続いてきた。ナンダカンダ文句を言いながらも、Jリーグを23年も見てきた。

井原や長谷川や森保が目前で逃し、井原だけがやっとの思いで辿り着いたワールドカップに、いまや日本は当たり前のように出場している。

1993年に10チームだったJリーグは、いまやJ1、J2、J3の3部リーグになり、52クラブがまさしく全国津々浦々に存在する。

日本中、どの地方から出てきても、故郷のチームを応援することができる。

勝ったアビスパ福岡は「3位のジンクス」を打ち破った。

しかし、ジンクスはまだある。昇格プレーオフで昇格したチームがJ1に残留したことも、やっぱりまだないのだ。

来季はそんなジンクスへの挑戦になる。

J1並の戦力を有しながら昇格を逃したセレッソ大阪は、来季もJ2で戦わなければならない。地元メディアは早くも「チームを離れる選手たち」の名前を指折り始めていた。楽な戦いではなくなるということだろう。

それでも彼らはどうせ来年もヤンマースタジアムへやってきて、セレッソのゲームを見るのだ。ナンダカンダ言いながら。

深刻なのは、セレッソよりも大分トリニータだ。ホームで行われていた「J2・J3入替戦」の第2戦でも敗れた。

ナビスコカップを獲ったのは何年前だったか。「地方クラブの雄」と讃えられたチームが、J2どころか来季からはJ3だ。

記録によれば観客は1万4217人。少なくはない。でも、4万収容の大銀ドームを思い浮かべれば……。

それでもやっぱりナンダカンダ言いながら来季も通うのだろうな、と大分の御当地記者の顔を苦笑しながら思い浮かべた。

*    *

2015年Jリーグのポストシーズンが終わった。

浦和から大阪、広島、そしてまた大阪。その間に八戸でJFLのチャンピオンシップも見た。

丹羽の“ループシュート”から中村の劇的ゴールまで、8日で5試合。

思うことも、感じることもたくさんあった旅が終わった。(来年につづく……かも)。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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