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23年目の「5月15日」に

川端康生フリーライター
(写真:岡沢克郎/アフロ)

22年前の「5月15日」

 今年も「5月15日」がやってきた。

 これはもう何度も書いていることだけど、22年前の今日は国立にいた。

 オープニングマッチの入場券は、往復ハガキによる抽選で、僕は家族や親戚の名前を借用して10枚くらい応募したのに、全部外れた。何が何でもあの試合を生で見たいと思っていたから、すごく悲しかった。

 それなのに、あの夜、国立にいることができたのは当時付き合っていたカノジョのおかげだ。働いていた雑貨屋で、出入りの宅急便のお兄さんからチケットを2枚もらってきてくれたのだ。

 試合の前日か、もしかしたら当日だったかもしれない。直前になってもたらされた幸運だった。

 とにかく嬉しくて嬉しくて、千駄ヶ谷の改札を出て、国立に着いて、チケットを手にシートナンバーを探しながらスタンドの階段を登って……と思い出しながら綴っているだけで顔がほころんでくる。

 ようやく見つけた席は最上段の隅の隅だった。僕らの後ろにはもう席はなくて、振り向くと日本青年館があった。でも本当に嬉しかった。嬉しかっただけでなく、胸が熱くなって、恥ずかしい話、涙が溢れそうだった。

 そしてマイヤーのとんでもないミドルシュートやディアスのゴールを目の前で見た。そのたびに僕は隣の彼女にバレないように目元を拭っていた。

 なぜあんなに昂っていたのか。

 確かに華やかな幕開けだった。レーザー光線飛び交うセレモニーも、TUBEの大音響も、目と耳を奪われる盛大なものだった。

 でも、興奮していたのはそんな盛り上がりのせいではなかった。

 日本に初めてのプロサッカーリーグができる。ついに、できる。そのことに込み上げてくるものがあった(実は僕はその数年前にプロリーグを興そうとしていた会社に参加していたことがあったのです。いつか機会があったら「Jリーグ前史」として書きます)。

 けれど、そんな個人的な思い入れだけで興奮していたわけでもなかった気がする。

 Jリーグには、何というか、「予感」のようなものがあったのだ。もちろん希望的な予感だ。

 何かが変わる。何か新しいことが始まろうとしている。

<これまで>とは違う<これから>が、ここから始まりそうな……。

J リーグが醸し出すそんな予感に刺激され、感応し、僕はあんなふうに昂っていたのだ。

 大袈裟に言えば、社会が、人々が、この国が、ここから変わり始める。そんな予感さえ覚えていた気がする。

 たとえば当時喧伝されていた地方分権、そしてラテラル(水平)な社会の実現。Jリーグの思想と構造は、日本と日本人が目指そうとしていたそんな未来のモデルのように思えた。

 つまりJリーグに、サッカーやスポーツを超えた<未来>を予感し、期待し、僕は興奮していたのだった。

22年後の「5月15日」

 あれから22年が過ぎたいま、何かが変わったのか――と問い直してみれば、残念ながらすんなりうなずくことはできない。

 垂直ではなく水平な社会。たとえば中央集権ではなく地方分権に関しても、その土台となるべき自治や自活の覚悟さえ固まらないまま、お上や権威の、金とお墨付きにすがりつく発想に回帰してしまった。

 個人のレベルで言うならば、自治も自活も(そして自由も)、言うまでもなく「自立」なくしてあり得ないのだが、そんな自立への唯一の道であるはずの熟考や内省は、Jリーグ以後に突然訪れたネットをはじめとした大量(しかし分断)情報の洪水に飲み込まれて、波の彼方へ。

 知識を得、考えをまとめ、自らの拠りどころとなる論理や価値を固める作業をしないままに、一日を、それどころか一生を波に飲まれて終えてしまいそうな人々の群れに茫然とするばかりである。

 自立に辿り着けない以上、自由を手に入られるはずもなく、結局のところ「与えられた自由」の中で、「消費者としてはしゃぐ」以外の生き方を見つけられない。

 無論、そこに真の充足はない。得られない充足を覆い隠そうと “から騒ぎ”をすればするほど、さらに虚しさが募るという悪循環の末に、あちこちで苛立ちが爆発する。

 とりわけ昨今の苛立ちは「正義」をまとうからタチが悪い。ネット上で存在感を増すノイジーなマイノリティを、まるで“世論”であるかのように捉える錯覚からは早く目を覚まして方がいい。

 対策(免責事項のオンパレード)と対応(謝罪のお辞儀の角度)に必死な世の中で、幸福に働けるのか。伸びやかにコミュニケートできるのか。

 そのくせ画面上では、感動と勇気と絆と……が誇らしげに叫ばれる不毛。

 もちろんJリーグも、「地域密着」を謳う以上、何よりこの現代とこの社会に根差している以上、そんなすべてと無縁ではいられない。

 これが、あの夜抱いた<これから>です、とは口が裂けても言えない。

Jリーグが変えた

 もっとも「Jリーグ」と「サッカー」だけに目を凝らしてみれば前進している面もある。あの夜抱いた予感(希望)は少なからず具現化している。

 22年前に描いた未来――日本代表がワールドカップに出場する。

 プロリーグ設立の発端は日本サッカーの強化だった。1968年(メキシコ五輪)以降、アジアで負け続けていた日本代表を何とかしなければ、そのために国内リーグを何とかしなければ。

 そんなサッカーマンたちの焦燥感からプロリーグ構想は始まった。

 その意味で、プロ化から5年後のフランス大会以来、5大会連続で出場している事実、これだけでサッカー的には成功である。Jリーグ創設をはさんで<それまで>と<それから>は大きく変わった。

 さらに言えば、2002年にはワールドカップを自国で開催までしたのだから、大成功と言っていいかもしれない。

 描いた未来――日本全国津々浦々にJクラブが誕生する。

<あなたの町にもJリーグはある>。そんなコピーの下、「おらが町」のチームを応援し、支援するスタイルを提示した。

 そればかりか(サッカーだけでなく)あらゆるスポーツと親しめる新たな環境を作るのだと宣言した。この国のスポーツ文化を変えるのだと。

 22年後の今季、Jクラブは創設時の10から52までへと増えている。Jクラブのない空白県を探す方が難しいほど「全国津々浦々」にクラブが存在しているのだ。

 そればかりかサッカー以外の競技に取り組んでいるクラブも少なくない。トップチームだけでなく、多くのクラブが参加型のスクールや教室を行い、地元の人々にスポーツ環境を提供している。

 そういえば(知らない人もいるかもしれないが)Jリーグには、サッカー以外の競技に取り組むと補助金がもらえる制度がある。サッカー協会傘下のJリーグが「サッカー以外の競技」をやることを勧めているのだからすごい。

 まさしく<それまで>には考えられなかったことだ。

 少しだけ視野を広げてみれば、Jリーグが始めた「地域密着」というビジネスモデルは、他スポーツにも波及した。

 野球の四国アイランドリーグやBCリーグ、バスケットのBJリーグ(JBLとの合併にまつわるあれこれは御存知の通り)など地域名を冠したチームが、まさしく全国津々浦々にある。

 旅先で見かけたポスターに「ここにもこんなチームがあるのか」と驚くことは、いまや珍しくない。Jリーグが変えたことの一つである。

興行で文化を創る

 クラブが増えた話をすると、「でも経営難で……」と顔を曇らせる人がいる。中には「ヨーロッパのようなビッグクラブがない」と不満顔の人もいるが、そんなことは22年前に僕が抱いた希望とはあまり関係がない。

 ビッグクラブというのはリーグが作るわけでないのはもちろん、クラブがなろうとしてなるものでもない。

 人気があって観客が集まり、収入が増え、強くなり、また人気が上がり……を続けた結果、できあがるものだ(まさかどこかのお金持ちや大企業にポンと大金を出してもらってビッグクラブになりたいと思っているわけではないだろう)。

 もっと言えばマーケット――端的には「サッカー観戦者の人数」次第である。それぞれのホームタウン(フランチャイズ=商圏)においてはもちろん、日本全体においてもそう言えるだろう。

 クラブの規模が、その地域に(あるいは日本に)いるサッカー観戦愛好者の数からかけ離れた大きさになる方が不自然だし、そんなことは起きない(起きない方がいい)。

 経営に関して言えば、収支が均衡していれば潰れない(はずだ)。弱ければ観客が集まらず、強くするためにはお金がかかり……と悩むのは経営陣の常だが、そのさじ加減こそが社長の手腕である。

 極論、すでに3部リーグまでできたのだ。降格(経営規模の縮小)という選択肢も考えられる状況になったと捉えた方がいい。

 上を目指す意欲はもちろん必要。だが、マーケットも含めた“経営的実力”以上の背伸びをしなければクラブは存続する(「J3では存在意義がない」というなら、そんなものははじめからなかったということだ)。

 そもそもJリーグは「興行で文化を創る」という矛盾をはらんだ挑戦なのだ。

 プロスポーツという紛れもない興行で、しかしスポーツ文化の創造をミッションに掲げているのだから、現実と理想がせめぎ合う局面にぶつかる。

 それでも続けていけば、いや、続けていかなければ「文化」にはなりえない。適切な規模で、とにかく存続していく覚悟こそが、クラブに求められることだと思う。

百年の途上

 いずれにしても日本のスポーツ環境はかなり特殊なのだ。サッカーが圧倒的なNo1スポーツである国とはあまりに違う。野球もあれば、相撲もある(他にも人気スポーツがたくさんある)。

 そればかりか何万人もの人が毎日スタンドを埋める高校生の大会があり(しかも全試合がテレビ中継される)、関東学連の襷を受け渡す長距離リレーが正月の風物詩として国民に親しまれている、そんな世界でも類のない独自のスポーツ文化をもった国なのだ(スポーツに限ったことではなく、あらゆることが世界でも特殊な国なのだが)。

 誤解してほしくないが、そんな日本のスポーツ文化を、僕は「豊か」だと思っている。

「ヨーロッパは」「世界は」と事あるごとに言い募る人たちは異論があるかもしれないが(時には「日本にはスポーツ文化がない」とまで言う人がいて驚かされる。こんなに個性的な文化があるのに)、それにはこう返したい。

「ヨーロッパってみんな同じですか?」「世界って広くて、色んな国がありますよ」

 それぞれの国に、それぞれの国民性と歴史があり、それぞれのスポーツ文化がある。

 それぞれ違う。それが前提である。

 そして日本のスポーツ文化は、いま目の前にあるこれなのだ。僕たち日本人が長年かけて培ってきたこれなのだ。

 言い換えれば、Jリーグが日本のリーグである以上、ドイツをモデルにしても、NFLを参考にしても、結局は「日本的」なリーグになっていくということでもある。

 いかに新しくて、革新的で、予感に満ちた夜からスタートしたとしても、この国の文化や社会を、つまり「僕たち」を反映したもの以上にも以下にもならない。

 だから、いま目の前にあるこれ、これは僕たち自身の姿……。

 22年が経った。

 Jリーグは日本のスポーツを少なからず変えた。スポーツだけでなく、たとえば「ボランティア」など社会との関わり方にも小さくない変化をもたらしたと思う。

 けれど、あの夜、国立の最後部のスタンドで、僕が抱いた予感はもっと大きい。23年目の今日、この社会とこの国を生きながら、これがあのとき描いた<これから>です、とはやっぱり言いたくない。

 Jリーグにはまだまだできることがあると信じたい。「百年構想」である。まだ途上なのだ。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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