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「世界最大の大会」の端っこで煌いた「世界最弱チーム」の物語――映画「ネクストゴール!」

川端康生フリーライター

世界最大のワールドカップ

日本代表として出場する23選手も決まり、「いよいよワールドカップ!」なムードが高まってきた。

言うまでもなくワールドカップは世界最大のイベントである。「最大」の理由は、その時間と空間の広がり。

「時間」に関して言えば、ブラジル・ワールドカップの戦いは3年間にわたって繰り広げられる。ワールドカップ本大会出場を目指す各大陸予選が2011年6月からスタートしているからだ。4年に一度のワールドカップだが、その戦いは実に長い。

そして「空間」。今回のブラジル大会に参加したのは、FIFA加盟208ヶ国(地域)のうち、辞退・棄権、そして資格停止処分の5ヶ国を除く、203ヶ国。

つまり、この3年間、地球上のあらゆる場所で、「ワールドカップ」のゲームは行なわれてきたのだ。

「世界最大」と称する所以である。

世界最弱の代表チーム

そんな203チームのうちの一つを追ったドキュメンタリー映画『ネクスト・ゴール!』を見た。カメラを向けたのは、南太平洋の島国、「米領サモア」である。

この米領サモア、実は「世界最弱」の代表チームと呼ばれている。国際Aマッチ史上最大得点差ゲーム、日韓大会の予選でオーストラリアに0対31で敗れた記録的敗者だからだ。当然、FIFAランクも最下位。

ちなみに0対31での大敗以後も、10年間引き分けることすらできず、30戦30敗。その間、200点以上失点し、挙げたゴールはわずかに2というから、「最弱」と呼ばれても仕方ないだろう。

しかし、そんな彼らが――の続きがこの映画の物語なのだが、お決まりの感動ストーリーではない。

そこに汗や涙はない。いや、汗も涙もあるのだが、この映画で描かれるのは(日本風の)人生訓を伴った汗や涙ではなく、もっと根源的で本質的な「PLAY」の喜びのようなものなのである。

31点を奪われ、恥辱を胸に引退し、島を離れていたGKが戻ってくる。

第3の性(身体的な性と自らの性認識が一致しないトランスジェンダー)を生きるDF(ピッチの外では女性として振る舞っている)が、チームのために体を張って守る。

そんな選手たちのそれぞれの心の内を、決して感傷に流れることなく、カメラは記録していく。

スクリーンを通して、湿っぽさではなく、清々しさが漂ってくるのは、美しい島の風景がいつも背景にあるからかもしれない。映像の美しさもこの映画の見どころの一つだ。

ブラジルは遠くても

……と紹介すれば、南の島の、勝負に固執しない素朴なプレーヤーたちの牧歌的な物語と思われるかもしれないが、この映画、そうでもないのだ。

彼らは、本気で、必死に、勝とうとするのである。勝つことに真剣なのである。だからこそ、「PLAY」の本質に触れられるのだ。

アメリカサッカー連盟から派遣されてくるオランダ人監督(U-20代表監督を務めていた彼にとって、そもそもは気乗りのしない仕事だったかもしれない)が、彼らに指導するシーンは極めてサッカー的。理にかなったトレーニングの下、「米領サモア代表チーム」は強化されていくのである。

大一番を前に、監督が選手たちに叫ぶ。

「自分と仲間を裏切るな!」

そして、選手たちは彼らのワールドカップへ向かって行く――。

もちろんブラジルは遥かに遠い。

彼らが戦ったワールドカップは、オセアニア予選。それも1次予選だ。1次予選に出場した4チーム(クック諸島、サモア、トンガ、それに米領サモア)のうち、トップにならなければ2次予選には進めない。

2次予選に勝ち上がっても、そこで上位4チームに入らなければ3次予選には進めない。その3次予選で1位になったとしても、その先には大陸間プレーオフが待っている(結果的にニュージーランドがオセアニア代表となり、プレーオフでメキシコに敗れて、出場権は獲得できなかった)。

ちなみに映画のクライマックスとなるトンガ戦が行われたのは2011年11月。観客は150人だったと記録されている。ブラジルは本当に遠いのだ。

それでも――この映画の原題『NEXT GOAL WINS』(遊びのゲームなどで「(それまでの得点に関係なく)次のゴール決めたら勝ちね」というアレの意)の通り――過去がどうであれ、いまこの瞬間、勝利を目指した彼らこそが勝者、そんな気持ちにさせてくれる映画だった。

*            *

最後に、このドキュメンタリー映画を監督した二人のイギリス人は、大学のサッカー仲間であるらしい。そのことがドラマに陥り過ぎず、スポーツドキュメンタリーとしても一定のレベルを担保しているように感じた。

また、本作はそれまでナイキ、アディダスなどスポーツブランドのコマーシャルを撮影し、ルーニー、イニエスタ、ロッペンらと仕事をしてきた彼らが手掛けた最初の長編ドキュメンタリーとのこと(おまけに100%自己資金!)。

ビビッドな映像とエッジの効いた編集は彼らのキャリアの賜物であり、同時にビジネスとは無縁な、彼ら自身のモチベーションで敢行された撮影だったからこそ、初々しい感動に満ちた作品になったのだと思う。

「世界最大の大会」の端っこで煌いた「世界最弱チーム」の物語。ぜひオススメする。

(5月17日(土)から東京の角川シネマ新宿、大阪のシネ・リーブル梅田で公開)

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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