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One Soul――松本山雅、2年目のスタート

川端康生フリーライター

上々のデビューシーズン

「すごいですねぇ」

反町監督が発した第一声に大きくうなずいた。

会場を埋め尽くした1500人の歓声と手拍子。その盛り上がりの中を、迎え入れられた選手たちは、一人一人その名を連呼され、観客とハイタッチしながらステージへと上がっていく。

そして、全員が揃ったところで、スタンド……いや客席から「勝利の街」(チームの凱歌)の大合唱。

本当にすごい……。何より、船出にこれほどの激励の受ける選手たちの幸せ。

しみじみと、そう思わずにはいられない「2013松本山雅FC新体制発表会」だった。

Jリーグ初年度となった昨季は12位(15勝14分13敗)。大方の予想(最下位もあり得る)を裏切っての健闘をみせた。

特に折り返し以後は9勝8分4敗。後半戦だけに限れば、5位の戦績を残した。

39節には7戦負けなしで9位に浮上し、残り3試合を残してプレーオフ進出(6位以内)の可能性さえあった。上出来のデビューイヤーだったというべきだろう。

(ちなみにJ2初年度での勝ち越しは松本山雅が初めて、だという)。

J2で3位の観客動員

大月社長の挨拶。

「6.5億円の予算に対して8.5億円の収益が出ており、いい決算ができると思います」

昨季のホーム入場者数は1試合平均、9531人。ヴァンフォーレ甲府、大分トリニータ(ともにJ1昇格)に次ぐ、3位にランクされる。

注目すべきは、北信越リーグに所属していた時代から毎年着実に観客数を増やしてきていることだ。ざっくり示せば、2000人、3000人(ここまで北信越リーグ)、5000人、7000人(ここまでJFL)、そして昨季9000人台。

Jクラブの収入源の三本柱のうち、「広告収入」が経済環境の変化に伴い、「配分金」がテレビ放映権などの伸び悩みとクラブ数の増加で、ともに頭打ちな昨今、「入場料収入」こそがクラブのファンダメンタルズであることは、より鮮明になってきている。

松本山雅の経営の堅調さを伺える数字である。

もちろん、「親会社のないクラブ」、そして(大都市ではない)「地方のクラブ」にとって、経営規模の拡大は容易ではない。J発足時に「ホームタウン」と改称したフランチャイズ、つまり商圏の規模以上に、経営規模を膨らせることは実質不可能だからである。

それゆえ親会社のない地方クラブが、ビッグクラブとなることは難しい。

「これからは独創的なことを行っていかなければなりません。今年はそんな新しいチャレンジを始めたいと思っています」

今シーズンのスローガン、「One Soul~山雅スタイルへの挑戦」には、ピッチの中だけでなくマネジメントにおいても独自のスタイルを築いていくという思いが込められている。

その行方が興味深い。

「我々はヒヨっ子」

選手代表として挨拶した飯田を皮切りに、ステージ上で続く選手たちのパフォーマンスに客席が沸く。

J昇格の、いわば“お祭り”的なシーズンを納得の成績で終えたことあり、和やかなムードが会場に満ちている。チームとサポーターも親密で甘やかな空気で結ばれていて、心地いい。

しかし、そこは反町監督。第一声で観客を笑わせた後は、引き締めた。

「そうは言っても、我々はJ2年目のヒヨっ子。厳しいシーズンになると思います」

楽観は禁物。楽観は成長速度を鈍らせ、満足は停滞に、ひいては衰退につながりかねない(クラブ経営においても、「周囲の安心感」は支援の熱気を冷めさせるリスクとなる)。

とにかく楽観論は悪魔のささやき、現状維持は凋落の兆し……そのくらいの姿勢でいなければ、ポジティブスパイラルを昇り続けることはできないのがこの世界なのである。

新シーズンに関して言えば、コンサドーレ札幌、ヴィッセル神戸、そしてガンバ大阪がJ1から降格。ジェフユナイテッド千葉や京都サンガFCといったJ2水準を上回るクラブをはじめ、まさに右肩上がりにチーム力を上げているファジアーノ岡山なども居並び、とても楽観できる状況ではない。

松本山雅も全32選手中新加入が16人と大幅に陣容を改めた(昨季からチームの半数以上が入れ替わったあたり、2年目となる反町監督の意向が選手編成にも反映されたということだろうか)。

そのうち移籍組はJ1から3人、J2から2人、JFLから1人。とはいえ、いわゆる“ビッグネーム”は見当たらず、目に見える戦力アップを遂げたとは言い難い。

早い話、昨季同様の成績を残せる保証はどこにもないのである。

松本山雅の歩む道

その一方で、選手編成においてチームの意志を感じさせる一幕もあった。

新体制発表会でひときわ大きな歓声を浴びたのが宮下。地元、創造学園高から入団のMFこそ、クラブにとっても大きな期待の象徴。

育成組織の強化に本格的に乗り出そうとしているのである。

昨秋には、サガン鳥栖、横浜FCトップチーム監督の経験を持つ岸野をユースの監督に招聘。また、これまでNPO法人で運営されていたユースチームを、トップチームと同じ株式会社に移管している。大月社長は「ユースの寮の設置」にも言及しており、環境整備にも邁進している。

クラブ数の増加と、厳しい経営環境もあって、「育成型」から「レンタル型」へと割り切るJクラブも出ている中、松本山雅は目指す方向性を明確に打ち出したと言えるだろう。

もちろん、チームの強化のみならず、地域のサポートを得るためにも、である。

それにしても新体制発表会の会場となった「まつもと市民芸術館」は素晴らしかった。日本を代表する建築家、伊東豊雄の設計。4段のバルコニーが張り出す馬蹄型の空間に、無数の緑のタオルマフラーが掲げられる光景は壮観だった。

松本は城の街であり、水の街であり、そしてやっぱり「楽都」なのだということを実感した。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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