戦争とイスラム国で心に傷を負ったイラクの子供はどう成長するのか 過激派予備軍にさせないための取り組み

ピース・ヤードの一場面 提供:日本国際ボランティアセンター(JVC)/INSAN

戦争が終わった後の地域では何が起きているのか。

人々が戦争で受けた心の傷は目には見えづらいものの、復興を阻む大きな要因となっている。

イスラム国に苦しんだイラクもそんな課題を抱える場所の1つ。キルクークという街でNGO「インサーン」の代表を務めるアリー・ジャバリ氏はこの状況を冷静に分析し、子どもを対象にした心の傷のケア「ピース・ヤード」の取り組みを行っている。

しかしこのアリー氏の活動が行うのは“純粋”な「心の傷のケア」だけではない。

この心の傷を放置することで、被害者であった子どもが、「加害者」になる、あるいは新たな過激派に取り込まれる可能性を防ぐためのものでもあるのだ。

アリー・ジャバリ氏、イラク・スレイマニアにて。かつて事務所に4度も爆弾を仕掛けられたことも。アメリカのマサチューセッツ大学からは活動を評価されメダルを受賞(筆者撮影)
アリー・ジャバリ氏、イラク・スレイマニアにて。かつて事務所に4度も爆弾を仕掛けられたことも。アメリカのマサチューセッツ大学からは活動を評価されメダルを受賞(筆者撮影)

◆始めのステップは誰にも話すことのなかった心の傷を話すこと

アリー氏が代表のNGOインサーンが行う「ピース・ヤード」では70人の子どもたちを対象に2ヶ月の間定期的に集まり、1回につき3時間、合計20回の心のケアと平和について考えるプログラムを行っている。ピース・ヤードが始まったのはイスラム国が台頭して以降の2015年からだが、子どもを対象にした活動は10年近い経験を持つ。

ピース・ヤードに集まった子どもたちとまず行うことの1つは、熟練の精神科医とともに自分が体験した恐怖と向き合うため、その体験を絵に表現することだ。最近、経験したことを描くように提案されると、子どもたちは戦車や銃の絵を描くそうだ。アリー氏は子どもたちの状況をこう説明する。

「ほとんどの子どもたちは心に深い傷を負っています。イスラム国に父親の首を目の前で切られるのを見た子、兄が銃殺されるのを見た子もいます」

子どもたちが自分の体験を人に話すのはこの時がおそらく初めてとのこと。身近にいる親や家族も傷やストレスを抱え苦しんでいるため子どもの傷を癒す余裕を持つことは難しいのだ。

次なるステップはソーシャル・ワーカーなどと一緒に自分のその体験をどう変えていきたいかを再び絵で描くことだ。

「例えば銃の絵を描いた子がいました。それをどんな風に変えたいかと子どもと話しながら、一緒に銃の絵を花を渡す人の手に描き変えてみるんです。

それから自分が住んでいた街の地図を描く時間もあります。子どもは『ここに学校があったんだ。病院もあった。でも壊れてしまった』といって描きます。私たちは『壊れたままでいいの?この場所をどうしたい?』と問いかけるんです。『学校が好きだから学校を建てたい。病院もいる』そう、子どもたちは返して来ます。未来について話すことも同時に行うのです」

過去の経験と将来についての絵を描く子どもたち 提供:日本国際ボランティアセンター(JVC)/INSAN
過去の経験と将来についての絵を描く子どもたち 提供:日本国際ボランティアセンター(JVC)/INSAN

◆憎しみの対象だった相手も自分と同じ苦しみを持っていたと知る

そしてここからのステップがイラクのキルクークという街で、この取り組みを行うことの難しさであり、強みがある。描いた絵を他の子どもたちと見せ合うのだ。

アリー氏によると、ピース・ヤードのプログラムが始まった一番最初の頃は子どもたちはあるグループに分かれて座るという。

「アラブ人、クルド人、キリスト教徒の子など同じ民族や宗教の人たち同士で固まって座っているんです」

ピース・ヤードが行われているイラクのキルクークとその周辺はイラクの中でも特に民族、宗教的にも異なる多様な背景の人たちが暮らしている。

イラク国内では多数派のアラブ人、国を持たない世界最大の民族と言われるクルド人、トルコ系のトルコマン人キリスト教徒のアッシリア人などがいる。クルド人、アラブ人、トルコマン人は基本的にはイスラム教徒だが、イスラム教徒の間でもスンニ派、シーア派の違いもある。

自分とは異なるグループの人たちに攻撃されるかもしれない。そんな疑心暗鬼な気持ちを子どもたちはずっと持って来たのだ。

それはなぜか。問題はイスラム国だけに始まったわけではないからだ。

2003年のイラク戦争後、スンニ派の人たちは、新たに発足したシーア派中心の政権に抑圧されて来た。一方でシーア派の人はキルクークの地域では少数派なので、スンニ派への恐怖感がある。キリスト教徒はイラク国内ではかなりの少数派だからイスラム教徒を怖がる。

また民族の違いもある。クルド人はサダム・フセイン政権に弾圧されてきた歴史があるからアラブ人を恐れ、憎む。またアラブ人は北部に自分たちの安全な自治区を持つクルド人を軽蔑し、信用しない。

かつてはアラブ人とクルド人、あるいはスンニ派とシーア派の夫婦がいたり、その土地に暮らす人たち同士は自分たちで交流し合う関係を作って来た。しかし長く続く争いや、政治的な力によって、自分とは違うグループの人は敵だという感覚が強化されていった。特に子どもは、大人の話や教育の影響を受けやすい。最近では避難民とそれを受け入れる地域住民との確執もある。

しかしこのピース・ヤードでは不信感を持つグループの子どもたちにも自分の体験したことのを絵を見せ、そのことを話させる。そうすると子どもたちはある発見をするのだ。

「怖い、敵だと思っていたグループの子どもたちも、自分と同じように戦争や対立に苦しんでいたことを理解するのです」

最終段階は実践だ。異なる背景の子どもたちと一緒にアート作品や庭の模型を作ったりする。将来の街の復興のための予行練習。子どもたちは一人ではできないことも、誰かと協力することで達成する強みを疑似体験するのだ。

協力して庭の模型を作る子どもたち 提供:日本国際ボランティアセンター(JVC)/INSAN
協力して庭の模型を作る子どもたち 提供:日本国際ボランティアセンター(JVC)/INSAN

◆社会が分裂してできた隙間にイスラム国は入り込んだ

心のケアから、多様な背景を持つたち同士の助け合いを目指す。引きこもりがちだった子が外に出られるようになったり、嫌っていた民族の言葉を覚え始めたりと変化がある。目には見えづらい成果ではあるが、その意義をアリー氏はこう説明する。

「イスラム国が来た時、もし私たちがもっと結束していたらイスラム国はこの社会の奥深くまで浸透することはなかったはずです。でも彼らは社会の溝や隙間を利用して入り込んで来たのです。人々が結束していたらそんなことは起こりませんでした」

当初、イスラム国は残虐さを隠し、しかもイラク政府を批判していたので、政府に不満を持つスンニ派の人たちはイスラム国を「救世主」だとみなしたのだ。

スンニ派、シーア派、キリスト教徒、あるいはアラブ人、クルド人がバラバラに反応したため、十分に対抗することができなかった。お互いが疑心暗鬼になった社会では、何か非常事態が起きた時に団結して取り込むということが難しい。つながりを失った社会がイスラム国の台頭を許してしまったというのだ。

この多様な民族、宗教の人がいるキルクークの状況がさらに人々の間の協力を難しくしているが、しかしアリー氏はこうも言う。

「多様性は意味があるとも思っています。それは価値なのです。違う文化や考えを知ることができます」

そしてそれは何かを作り出す際の力にもなる。イラク全体の将来を考える際のある壮大なプログラムがキルクークの街で行われているのだ。

◆イスラム国メンバーの親を持つ子どもたちがのけものにされて向かう先は?

もし子どもたちがケアを受けられなかった場合、子どもたちの将来はどうなるのか。今、深刻な問題なのは家族にイスラム国の関係者がいる子どもたちのケースだ。

イスラム国に関係した理由はざまざまだが、親の勝手な判断だったり、親自身も強制されて加わったにもかかわらず、子どもたちまでも地域の人からその過去を理由に除け者にされる事態が起きている。

「親や兄弟がイスラム国のメンバーだったからといって家族全員を罰する必要はありません」

そうアリー氏はいう。昨年のピース・ヤードのプログラムにも数人、家族にイスラム国の関係者がいるという背景を持った子どもがいたそうだ。

「イスラム国のメンバーの家族を持つ子どもをどう受け入れるかを考えないといけません。彼らが地域から除け者扱いされて育ったら、15歳くらいになる頃にはこの社会が自分を追い出し苦しめたんだと思い、世の中に恨みを持つようになります」

そんな子どもたちの行き着く先はどこか。まさにイスラム国のような過激派グループが取り込んでいく可能性があるのだ。実際に2014年の時点で憤りを募らせたスンニ派の人々がイスラム国に傾いた経緯でもある。

またトラウマをケアされずに育つことも、子どもの人格に大きな影響を与える。

「そういう子どもたちはポジティブなことすべてに反対します。社会に協力しないし、社会を憎むようになります。将来の爆弾になります。子供たちのトラウマをケアしなかったら、私たちは新たな世代を失ってしまうのです」

キルクーク市近郊、イスラム国関係者を捜索するために早朝に集められたアラブ人の住民(2017.8)筆者撮影
キルクーク市近郊、イスラム国関係者を捜索するために早朝に集められたアラブ人の住民(2017.8)筆者撮影

◆平和構築の経験はあるが、問題は資金

ピース・ヤードでは親の参加も促し、またプログラムを終えた子どもたちが学んだり、発見したことをそれぞれの生活の中で広げる。約10年の間に参加したのは630人。その630人それぞれが3人の友人に、あるいは10人に影響を与えているかもしれない。元参加者が成長してから「ピース・ヤード」のボランティアになったり、また久しぶりに再会した元参加者の少年がピース・ヤードでのことを周囲の友人に話していると嬉しそうに話してくれるということもあったそうだ。

だが一つ問題がある。資金だ。

イラクで数が少ない精神科医やソーシャル・ワーカーも手弁当で続けられるわけではない。子どもたちの安全を考えて送り迎えのバスも必要だ。アリー氏は活動を続けるために、別の仕事の収入を使ってこれまでも活動を続けて来た。

この「ピース・ヤード」の取り組みには日本のNGO、日本国際ボランティアーセンター(JVC)が立ち上げ当初から資金面などを含めて協力してきた。今年、JVCが行うクラウンド・ファンディングでは400万円の目標を掲げ、あと1週間ほどの日にちを残して目標金額の70%になった。もし達成されなければ、これまで集まったお金はゼロ円になる。(ちなみに達成されなければ寄付者に返金される)詳しくは「イラク ピースヤード クラウドファンデイング」で検索してくれば出てくる。期限は10月3日11時までだそうだ。

つまるところイラクで起きる宗派や民族の問題はイラク人同士で解決するしかない。一方で様々な問題の始まりの1つとなった2003年のイラク戦争開戦時、日本政府は開戦を支持しながらも、その後の混乱に何も有効な打つ手を持たなかったという事実もある。アリー氏の取り組みには未来を見据えた力がある。