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<変わる北朝鮮>家事も稼ぎも大黒柱は女性たち 女性の地位向上で捨てられる男が続出中

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
農村で買い付けたコメを都市部に運ぶ女性たち。平壌市江東郡(2008年)

◆家事をまったくしなかった北朝鮮の男たち

「洗濯機なんてないので全部手洗い。食事は薪か石炭から火を起こして準備します。電熱器を使えるのは余裕のある家。それも停電続きで使い物にならない。水道もほとんど出なくなって共同井戸で水汲みもしなければなりません。全部女の仕事です」

2000年前後に北朝鮮の地方都市から中国に越境してきた女性たちの話だ。男は何してるんですか?と訊くと、「うちの『モンモンイ』は酒飲んで、うだうだ言うだけで家事なんかしませんよ」と、彼女たちは笑うのだった。

日本では犬の鳴き声は「ワンワン」だが、朝鮮・韓国では「モンモン」。「モンモンイ」はさしずめ「ワンちゃん」である。家の留守番しか能がない男たちを、女性たちは外で「モンモンイ」とからかっていのだ。

北朝鮮から一家揃って中国に脱出して来た場合、朝鮮族農村や都市の小さなアパートを借りてひっそり隠れ住むことになる。90年代終わりからそんな家庭をたくさん取材してきた。家の中は何から何まで「北朝鮮式」だ。だいたいの家庭で、男は偉そうにするだけで何もしない。

ある中国朝鮮族の知り合いは、脱北して来た自身の甥一家の面倒を見ていたが、食事の準備と片付け、掃除、洗濯、買い物など家事一切をするのは女性。なのに食事時には酒を求める。その朝鮮族はたまりかねて「北朝鮮が社会主義なんて嘘だ。100年前の李朝時代と同じだ。おい『モンモンイ』、掃除ぐらいやったらどうだ」と甥を一喝した。

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大荷物を抱えて商売に勤しむ平壌の女性たち。寺洞区域の松新市場で(2008年)。
大荷物を抱えて商売に勤しむ平壌の女性たち。寺洞区域の松新市場で(2008年)。

◆稼いでくるのも女たち

家事だけではない。多くの家庭で家計を支えてきたのも女性たちだ。この20数年、北朝鮮では大半の職場で給与も配給も支給されなくなっている。それでも男性は出勤を強要される。

北朝鮮の全ての国民は何らかの組織に属して統制を受けることになっている。成人男性の場合、国によって配置された職場で思想点検を受け、政治集会や労働奉仕に動員される。経済不振でほとんどの工場はまともに稼働していないのだが、それでも毎朝出勤しなければならない。

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無断欠勤が続くと強制労働の処罰が科される。家庭の主婦は、職場を持たない扶養家族ということになっているため、女性が商売に出て現金を稼がなければならないのだ。

北朝鮮の労働者の平均的な月給はざっと1500ウォン程である。現在の実勢レートで18.75円だ(1000ウォン≒12.5円)。社会主義を標榜している北朝鮮では、原則として月給は国が定める。食糧配給が実施されていた時代はこの月給で暮らしていけた。しかし配給制度が破綻している現在、食べ物はもちろん、あらゆる生活必需品は市場で現金で購入しなければならなくなった。

最近の食糧価格は、1キロ当たり白米は4500ウォン、トウモロコシが800ウォン程。4人家族で最低3万ウォンの現金収入がないと飢えることになる。職場の裁量が近年拡大し、公定月給の5~20倍を出す工場も出現しているが、それでも厳しい。

女性の稼ぎが家庭を支えるようになって、彼女たちの立場は当然強くなった。北朝鮮に住む取材協力者の女性たちの中に、夫に三下り半を突き付け離婚する人が年々増えている。「家事すらしない男ならいらない。こりごりです」と口を揃える。

今や妻の商売の手伝いや、水汲み、掃除など家事をする男性は珍しくないという。「モンモンイ」のままでは捨てられてしまうのだそうだ。

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アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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